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心の暗がりに光を当てた人|Nouq Journal 006

「不治」とされた心の病に、回復という視点を与えた人

つい先日、Yahoo!ニュースが若年層のうつ病について扱っていた。
身近な世代の心の不調について考えているうちに、ひとりの精神科医に目が留まる。

あまり表に語られないが、かつて、日本で初めて医学的に「精神病はなおる」と語った人物がいた。
その名は、塩入円祐(しおいり・えんすけ)

1973年、日本精神神経科診療所協会の前身である「日本精神神経科診療所医会」が結成されたとき、初代会長を務めた人物だ。


そして1985年。彼が世に出した本のタイトルは、
『精神病はなおる――不治からの脱出』

現代では、「治るなんて当たり前だろ」と思う人もいれば、「治るわけないだろ」と思う人もいるであろう。

1980年代当時の日本では、「精神病は治るのか、治らないのか」という問いは、医学だけでなく、時にオカルト的なものとして語られることさえあった。その中で、治癒の可能性を医学の言葉として正面から掲げたことは、かなり前衛的な試みだった。

ここでいう「なおる」は、すべての人が同じ状態になることや、症状が完全に消えることだけを意味するものではない。精神疾患の経過や治療への反応は一人ひとり異なり、症状が軽くなること、再発を予防しながら生活を続けること、支援を受けながら自分らしい暮らしを取り戻すことなど、回復の形はさまざまだ。

また、回復には時間がかかることもある。治療を始めてもすぐに変化が現れるとは限らず、薬物療法、心理療法、休養、家族や地域の支援などを組み合わせながら、その人に合う方法を探していく場合もある。本人の意思やペースを尊重することも欠かせない。

今も阿佐ヶ谷でご子息が病院を経営されているようだ。

ひとりの医師の言葉を辿っていくと、そこには、その時代が「人間」をどう見ていたのかまで浮かび上がってくる。


豊かになった国で、なぜ心は病むのか


戦後の日本は、驚くほどのスピードで豊かになった。
家には電化製品が増え、食卓は豊かになり、暮らしは便利になった。
けれど、そんな時代に新しい問いも生まれた。

「生活が豊かになれば、人は幸せになるのだろうか?」

当時、特に裕福な家庭の女性について、生活に困らなくても社会との接点や役割が少なく、時間を持て余すことが心の不調につながるのではないか、という見方が語られることもあった。

もちろん、うつ病を「暇だから」と説明することはできない。
けれど、ここには戦後日本が直面した、
「物質的な豊かさと、心の豊かさは同じではない」
という問題が見えてくる。


「この人には、まだ人生がある」


塩入円祐が向き合ったのは、病名だけではなかった。
精神疾患を抱えた人を病院の中だけで考えるのではなく、

「入院から退院へ」
「病院から地域へ」


という方向へ。地域精神科医療の発展にも携わった。(med.or.jp⁠)

つまり、「この人は精神病患者である」というところで、その人を見るのを終わらせない。

その先には、家族がいて、仕事があり、暮らしがあり、好きなものがあり、まだ見ていない未来がある。

「この人には、まだ人生がある。」

そんな視線が、そこにはあったのかもしれない。
ひとつの病名の向こう側に、その人の人生全体を見ようとする。
そこにも、塩入円祐という人物の先進性があったように思える。


「今」と「人生」は、同じではない


これは、私たち自身にも少し似ている。
人生がうまくいかないとき、「今の自分」がそのまま「これからの自分」になるような気がする。

でも、
今こうであることと、これからもずっとこうであることは、同じではない。

人は変わる。環境も変わる。
そして、人生には思ってもみなかった続きを持つことがある。

だから、誰かを「今の状態」だけで判断しない。
それは病気を抱える人にも、自分自身にも向けられる、優しい視線なのかもしれない。

現代では、回復の形は人それぞれであり、必ずしも症状が完全になくなることだけを意味しない。
それでも「精神病はなおる」という言葉は、
「あなたの人生は、まだ終わっていない」
という力強いメッセージにも聞こえる。


Nouq Observatory 🔭


医学も、建築も、芸術も。
一見すると別々の領域に見えるものも、少し遠くから眺めてみると、その奥には同じ問いが浮かび上がってくる。

人間とは、何なのか。何を感じ、何をできるのか。

Nouqは、そんな問いを眺めるための、人類の膨大な歴史と一人ひとりを繋ぐ天文台。
歴史の中に残された人物や言葉を手がかりに、人間の営みを少し遠くから眺めてみる。

すると、昨日まで知らなかった世界が、ほんの少し違って見えてくる。

限りある時間は、人生を美しくする。 

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