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「99%の人が間違えている」失敗の捉え方|できない自分を作らない「成長マインドセット」


失敗を「できない証拠」にしないために

うまくいかなかったことと、向いていないことは同じじゃない

昔の私は、何かに挑戦してうまくいかないと、

「やっぱり自分には向いていないんだ」

と考えていた。

一度失敗すると、

「自分には才能がない」

「こういうことは苦手なんだ」

「もうやらなくていい理由ができた」

そんなふうに、失敗を自分の限界として受け取っていた。

今思えば、失敗したことよりも、

失敗に自分で意味をつけていたこと

のほうが問題だったのかもしれない。

そんな私の考え方を少し変えてくれたのが、心理学者キャロル・ドゥエックが提唱した**「成長マインドセット(グロース・マインドセット)」**という考え方だった。


能力は「今の結果」だけで決まらない

成長マインドセットとは、簡単に言えば、

「能力や知性は、努力や学習などによって伸ばしていける」

という考え方だ。

これと対になるのが、「固定マインドセット」。

こちらは、

「能力は生まれつき決まっている」

「自分はこういう人間だから、変えるのは難しい」

という捉え方に近い。

この二つの違いは、単なる考え方の好みではない。

何かに失敗したとき、その出来事をどう解釈するかが変わる。

たとえば、英語の勉強を始めて、思ったように話せなかったとする。

固定マインドセットなら、

「自分は英語が苦手なんだ」

となる。

でも、成長マインドセットなら、

「今のやり方では、まだ話せない」

と考えられる。

同じ「話せなかった」という事実でも、その後の行動は大きく変わる。

前者なら、そこでやめるかもしれない。

後者なら、

「何が足りなかったんだろう」

と考えて、次の方法を試せる。

私は、この違いがすごく大きいと思っている。



「失敗した」と「できない」は別の話

ここが、私が一番意識したいところだ。

何かがうまくいかなかった。

それは事実。

でも、

「うまくいかなかった」=「自分にはできない」

ではない。

この二つの間には、大きな違いがある。

たとえば、文章を書いて反応がなかったとする。

「自分には文章の才能がない」

と考えることもできる。

でも、

「タイトルが弱かったのかもしれない」

「読者が求めている内容とずれていたのかもしれない」

「伝え方を変えたらどうなるだろう」

とも考えられる。

失敗という一つの結果から、

「自分の能力」ではなく「改善できる部分」

を探す。

私は、この視点を持っているだけで、失敗の重さがかなり変わると思っている。


失敗したときは「才能」より「方法」を疑う

何かがうまくいかなかったとき、私はすぐに、

「自分には向いていない」

と結論を出さないようにしたい。

その代わりに、

「方法を変えたら、結果は変わるだろうか?」

と考えてみる。

たとえば、

勉強しても覚えられない。

なら、勉強時間が足りないのかもしれない。

そもそも勉強方法が合っていないのかもしれない。

一人でやるより、人に教えてもらったほうがいいのかもしれない。

仕事がうまくいかない。

なら、自分の能力だけが原因とは限らない。

進め方に問題があるのかもしれない。

相談する相手が違うのかもしれない。

そもそも目標設定がずれているのかもしれない。

失敗した瞬間に、

「自分がダメだった」

と結論づけてしまうと、そこで考えることが終わる。

でも、

「何を変えればよかった?」

と考えれば、次の一手が生まれる。

私は、こちらの考え方を持っていたい。


「できなかった」を細かく分解する

失敗したときに、

「全部ダメだった」

と考えてしまうことがある。

でも、本当に全部ダメだったのだろうか。

たとえば、資格試験に落ちたとしても、

「勉強時間が足りなかった」

のかもしれない。

「苦手な分野だけ点数が低かった」

のかもしれない。

「時間配分を間違えた」

のかもしれない。

「本番で緊張してしまった」

のかもしれない。

こうして細かく見ていくと、

「自分には無理だった」

という大きな結論が、

「次はここを変えればいい」

という具体的な課題に変わる。

私は、失敗したときほど、出来事を小さく分解することが大切だと思っている。


失敗した日に「向いていない」と決めない

もう一つ、私が気をつけたいことがある。

それは、感情が強いときに自分の能力を評価しないことだ。

失敗した直後は、

「もう無理だ」

「自分には才能がない」

「やっぱり向いていない」

と思いやすい。

でも、その瞬間は冷静ではないかもしれない。

悔しい。

恥ずかしい。

落ち込む。

そんな感情の中で出した、

「自分にはできない」

という結論を、本当に信じていいのだろうか。

私は、少し時間を置いてから考えたい。

「今日はうまくいかなかった」

と、

「私はこれができない」

は分けて考える。

前者は今日の事実。

後者は未来まで決めてしまう判断だ。

たった一度の結果から、そこまで大きな結論を出す必要はないと思う。


成長マインドセットは「頑張れば何でもできる」という話ではない

ここも大切だと思っている。

成長マインドセットを、

「努力すれば、誰でも何でもできる」

という意味で捉える必要はない。

現実には、向き不向きもある。

環境によってできることも違う。

どれだけ努力しても、思った結果が出ないこともある。

だから私は、

「諦めてはいけない」

という話ではないと思っている。

むしろ、

「諦めるにしても、失敗だけを理由に決めない」

ということなんじゃないかと思う。

何度試しても合わない。

方法を変えても改善しない。

やってみた結果、本当に別の道のほうが自分に合っている。

そう分かったなら、方向転換してもいい。

それは「逃げ」ではない。

自分について新しい情報を得た結果の判断だ。


失敗は「評価」ではなく「データ」として見る

私は、失敗をこう考えると少し楽になる。

失敗は、自分を評価する通知ではなく、次の行動を決めるためのデータ。

うまくいかなかった。

何が原因だった?

何を変えられる?

もう一度試す。

この流れにすると、失敗そのものに振り回されにくくなる。

もちろん、毎回前向きに考えられるわけではない。

落ち込む日もある。

もうやりたくないと思うこともある。

それでも、

「失敗したから、自分には無理」

と結論を急がない。

まず、

「今回の失敗から、何が分かった?」

と考えてみる。

それだけでも、失敗の意味は変わると思う。


今日からできる「失敗の受け止め方」3ステップ

私なら、何かに失敗したとき、次の3つを考える。

① 何がうまくいかなかった?

まずは感情ではなく、事実を見る。

「全部ダメだった」ではなく、

「どこで止まった?」

「何が足りなかった?」

と細かくする。

② 方法を変えられるところはある?

「自分に才能があるか」

ではなく、

「やり方を変えられるか」

を考える。

勉強時間、方法、環境、相談相手、目標など、変えられるものは意外と多い。

③ 次に一つだけ変えるなら何?

全部を改善しようとしない。

一つだけ変える。

そして、もう一度試す。

その結果をまた見る。

私は、この繰り返しが「成長」というものに近いんじゃないかと思っている。


失敗した自分を、未来の自分まで決める材料にしない

昔の私は、一度の失敗を見て、

「自分には向いていない」

と判断していた。

でも今は、

「今回はうまくいかなかった」

と考えるようにしている。

この二つは、似ているようで全然違う。

前者は、自分の未来まで決めてしまう。

後者には、まだ続きがある。

私は、失敗をなくすことよりも、失敗したときに、そこで自分の可能性まで閉じないことのほうが大切だと思う。

うまくいかなかった。

だから、次は方法を変える。

それでもダメなら、また変える。

それでも合わなければ、別の道を考える。

その判断をするためにも、まずは一度の失敗だけで、

「自分にはできない」

と決めつけない。

失敗は、終わりを知らせるものではない。

少なくとも私にとっては、

「今のやり方では、まだうまくいかなかった」

と教えてくれる、一つの情報なんだと思う。

私は、失敗した自分を「できない人」にしたくない

私は、失敗したときに、自分の能力まで否定したくないと思っている。うまくいかなかったことは事実でも、それが未来の自分まで決めるわけではない。私は失敗を「できない証拠」ではなく、「次に何を変えるかを教えてくれる材料」として受け取りたい。

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