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シェルターから顔が見える。それだけでちょっとうれしい。


爬虫類を飼っていると、「今日はほとんど姿を見なかったな」という日があります。
ケージを覗いても、シェルターの中。
朝見ても中にいる。
仕事から帰ってきて見ても、やっぱり中にいる。
尻尾の先だけ見えていることもあれば、完全に隠れていて何も見えないこともあります。
でも、それは別に珍しいことではありません。
シェルターは、その子が安心して隠れたり、休んだりするための場所。
だから、姿が見えなくても、
「まあ、中にいるんだろうな」
くらいで、普段はそっとしておきます。

見たい。でも、出さない。
もちろん飼育している以上、姿は見たいです。
今日はどんな様子かな。
何してるかな。
そんなことを思ってケージを覗くのは、毎日の習慣になっています。
それでも、姿が見えないからといって、シェルターを持ち上げて無理矢理出すことはしません。
せっかく安心して休んでいるのに、
「飼い主が見たいから」
という理由だけで外へ出す必要はないかなと思っています。
見えないなら、見えないままでいい。
出てきたくなったら、自分のタイミングで出てくればいい。
そんな感じです。

だから、顔が見えるだけでちょっとうれしい。
そんな普段があるからこそ。
ケージを覗いたとき、シェルターの入口から顔がちょこんと見えていると、ちょっとうれしくなります。
「あ、今日は顔が見える。」
本当に、それだけです。
こちらに近づいてくるわけでもない。
何か特別な行動をしているわけでもない。
シェルターから顔だけ出して、じっとしている。
それなのに、少し立ち止まって見てしまいます。
こちらが無理に出したわけではなく、その子が自分からそこにいる。
その姿をたまたま見ることができた。
爬虫類を飼っていると、そんな小さなことが意外とうれしかったりします。

見えていると、つい観察してしまう。
そして、ただ「かわいいな」と見ているだけでもありません。
目の様子。
呼吸の仕方。
顔つき。
いつもと違うところはないか。
シェルターから顔しか出ていなくても、飼育者の目線では自然といろいろ見ています。
もちろん、それだけですべての健康状態が分かるわけではありません。
必要であれば全身を確認することもあります。
でも普段なら、見える範囲で様子を確認して、
「今日も特に変わらなそうだな」
と思ったら、それ以上は邪魔をしない。
またそっとしておきます。

ただし、掃除の日は話が別。
ここまで、
「無理に出さない」
「そっとしておく」
と書いてきましたが――。
掃除のときは容赦なくシェルターから出します(笑)。
床材を交換したい。
排泄物を取りたい。
シェルターを洗いたい。
ケージ全体を掃除したい。
そんなときまで、
「気持ちよさそうに寝ているから、今日はやめておこう」
とはいきません。
そこは飼育者の仕事。
「せっかく寝てたのに……」
と思われているかもしれませんが、一旦出てもらいます。
そして掃除が終わったら、また戻ってもらう。
普段はなるべく邪魔をしない。
でも、必要な管理はきちんとする。
「そっとしておく」と「何もしない」は、少し違います。
健康チェックが必要なら確認する。
掃除が必要なら掃除する。
普段は、その子の時間を邪魔しない。
自分の中では、それくらいの距離感がちょうどいいと思っています。

「何もしない」時間も、結構好き。
爬虫類との暮らしは、触っている時間よりも、見ている時間のほうがずっと長い気がします。
シェルターの中で寝ている。
少しだけ顔を出している。
いつの間にか場所が変わっている。
夜になったら出てきている。
餌の気配には反応する。
そんな小さな変化を眺める。
何か大きな出来事が起きるわけではありません。
むしろ、何も起きない日のほうが多い。
でも飼育を続けていると、そんな何でもない時間が好きになってきます。

今日も「あ、いた。」
今日も、いつものようにケージを覗く。
シェルターを見ると、入口から顔が少しだけ見えている。
「あ、いた。」
それだけ。
わざわざ外へ出したりはしません。
写真を撮ることはあっても、その後はまたそっとしておく。
次に見たときには、シェルターの奥へ引っ込んでいるかもしれません。
逆に、いつの間にか外へ出ているかもしれない。
それは、その子の気分次第。
見たいから出すのではなく、出てきたときに見る。
普段は、それくらいでいい。
ただし――。
掃除の日だけは、諦めて出てきてもらいます(笑)。
シェルターから顔が見える。
たったそれだけのことなのに、ちょっとうれしい。
爬虫類との暮らしには、そんな小さな楽しみが結構たくさんあります。

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