定年退職日記:人事異動の慶事
役員会が閉会したあとの午後は、いつも少しだけ空気が薄くなるような気がする。
廊下の掲示板に貼り出された新しい人事異動の告知——「人令」——の周りには、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように人々が集まっていた。
かつての僕も、その砂鉄の一粒だった。
自分の名前がどこに運ばれ、誰と隣り合わせになるのか。
言いようのない不安と、希望に引き寄せられ、一喜一憂し、強力な磁力に身を任せていた。
けれど今年の春、その掲示板は僕にとって、ただの紙切れに変わっていた。
定年をひと月後に控えた人間に、劇的な異動など起こり得ない。
もし僕を驚かせるような内示があるとするなら、それはよほどの天変地異か、人事部長がひどい冗談を思いついた時くらいだろう。
昼休み、賑わう掲示板の前を、僕は興味もなさそうに通り過ぎる。
その賑わいを避けるように。
戻る道すがらも、皆の視線は廊下の掲示板に吸い寄せられていた。
自分の名前が載る可能性のない名簿を眺めるのは、他人の家の家計簿を覗き見るような、所在のなさを伴うものだ。
しかし、ふと足が止まる。
その白い紙のいちばん下、隅の方に、それは静かに腰を下ろしていた。
2026年7月25日 定年退職
退職届は、ずいぶん前に僕自身の手で提出したものだ。
だからそこに自分の名前を見つけるのは、物理の法則と同じくらい当たり前のことではあった。
けれど、それが活字となって公に掲示された瞬間、透明な何かが急に色を帯びて動き出した。
会社という場所は、不思議な作法を好む。
正式な発表が出るまでは、誰もがすべてを知りながら「何も起きていない」ふりをして過ごす。
それが掲示板に貼られた瞬間に、堰を切ったように事務手続きが流れ出すのだ。
まるでその一枚の紙が、時間をせき止めていたダムの役割を果たしていたかのように。
僕の退職届は、どこかの引き出しで眠っていたわけではなかった。
ただ、この静かな午後を、解禁の合図を、じっと待っていたのだ。
これで、ようやく踏ん切りがついた。
この日付までの通勤定期券を購入し、余った有給休暇を指折り数える。
ハローワークを訪れる日をカレンダーに書き込み、自分が「会社員」として存在し続ける残りの時間を、一滴ずつ計量カップで量るような作業が始まる。
それは僕の長いキャリアにおいて、もっとも静かで、もっとも確かな掲示。
そして、おそらくそれは、これから起こる事に対しての慶事なのだ。
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