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国際商取引は「伝言ゲーム」でできている

「モノを買う」だけなのに、国際商取引はなぜこんなに複雑なのか?

初めまして、ABCD株式会社 代表の塩野です。
今日は、当社が事業展開している、国際商取引・貿易の市場についての話をしていきたいと思います。
皆さんにとって馴染みがない領域で、とっつきにくい領域ではあるかと思いますが、この市場のインパクトや、構造に興味を持っていただけたら嬉しいなと思い、内容をまとめました。
これから多数の連載をしていきますので、味わっていただけると嬉しく思います。


この記事の結論


会社で軍手を買うとき、取り交わす書類はゼロで済む。
一方、同じ会社が「モノを買う」という行為は同じでも「タイル(※直接材としての例)」を輸入すると、平均で36種類の書類と240部のコピーが必要になる。

この差は2つの理由があります。
ひとつは、買っているものが直接材であること。
もうひとつは、国境をまたぐこと。

結果として、
関係者・工程・時間軸・データ連携という4つの軸が、掛け算で効いてくる。そしてその複雑さは、工程と部門をまたぐたびに情報が手渡され、
途切れ、消えるという形で現れる。

私はこれを「取引業務の断絶」と呼んでいる。

同じ「モノを買う」行為なのに、この違い

軍手を買うとき、実質的には何も起きない

会社で軍手を買う。総務の担当者が発注する。

複雑な承認ワークフローは回さない。複数社から見積を取って比較することもない。要件定義のすり合わせも、納品後の検品も、実質的には発生しない。品物が届き、請求が来て、支払って終わる。

取り交わす書類は、基本ゼロである。

なぜ何も起きないのか。軍手が間接材だからである。
自社の中で使って消費されるもので、顧客の手には渡らない。仕様は既に世の中で決まっていて、こちらから作り込む必要がない。品質が多少ぶれても、事業そのものは止まらない。だから、確認すべきことがほとんどない。

同じ会社がタイルを輸入すると、36種類・240部になる

では、その同じ会社が、同じ「モノを買う」ために、セラミックタイルを海外から輸入するとどうなるか。

経済産業省は貿易手続のデジタル化に関する資料の中で、
一般的な貿易取引においては平均して36種類の書類と240部のコピーを、
複数の事業者間で取り交わす必要があると指摘しています。
行き交うデータ項目は1件あたり約5,000。
そのうち価値を持つのは**約1%**とされる

書類ゼロと、36種類・240部・5,000項目。
買っているのは、どちらも同じ「モノ」だ。

では、この差はどこから来ているのか。


2つの理由がある

まず、直接材であること

タイルは、自社で消費して終わるものではない。加工され、あるいはそのまま、自社の商品として顧客の手に渡る。
冷凍食品も同じだ。これが直接材である。

顧客に渡るものである以上、確認すべきことが一気に増える。仕様を指定して作り込む。品質を検査する。同じものを来月も再来月も確保する。販売価格を決めるために、原価を1円単位で把握する。

工程が多いのは、無駄が多いからではない。
商品の性質が、その工程を要求している。

仕様書があるのは仕様を作り込むからで、検査証明があるのは品質を保証するからで、原産地証明があるのは関税と原価に直結するからだ。ひとつひとつに、必要な理由がある。

間接資材と直接資材の違い

そのうえに、国境をまたぐこと

そこに、さらに層が乗る。通関があり、輸出国と輸入国の双方で規制と関税の判定を受ける。海上輸送に数週間かかる。契約から支払いまでのあいだに為替が動く。言語も商習慣も法体系も違う。そして相手の信用を、こちらから直接確かめる手段がない。

直接材だから工程が増え、国境をまたぐから関係者と時間軸が伸びる。

つまり、複雑さの一つひとつには理由がある。だからこそ「国際取引は難しいものだ」で片づけてはいけないと、私は考えている。
どこが、なぜ、どう難しいのか。分解すれば、必要な複雑さと、そうでないものが見分けられるはずだ。

分解すると、4つの軸に整理できる。


軸1|関係者 — ひとつの取引に、15前後の主体が関わる

国内の軍手の購買に関わるのは、実質的に総務担当者ひとりである。

国際商取引はそうはいかない。社内だけでも、調達部門、在庫管理部門、法務部門、物流部門、貿易実務部門、品質管理部門、財務部門と、7つ以上の部門を通過する。

そして社外には、サプライヤー、フォワーダー、船会社、通関業者、銀行、保険会社、検査機関、そして税関がいる。

合わせて15前後の主体が、ひとつの取引に関与する。それぞれが、異なる組織で、異なる目的を持ち、異なるシステムを使っている。国境をまたぐ以上、言語も、商習慣も、法体系も違う。

「関係者が多い」というのは、単に人数の話ではない。
確認を取るべき相手が15いるということであり、その全員の足並みが揃わないと、取引は次に進まないということだ。

軸2|工程 — 9つの工程と、そのあいだにある8つの継ぎ目

国際商取引は、おおむね次の順に進む。

サプライヤー探索 → 受発注・在庫販売管理 → 契約(電子署名) → 輸送レート取得・予約 → 輸送トラッキング → 貿易書類作成 → 通関・官公庁対応 → 貿易コンプライアンス(規制・関税・検査) → 決済・資金管理。

そしてこの工程は、そのまま部門の移動でもある。調達が探し、在庫管理が受け、法務が契約を見て、物流が運び、貿易実務が書類と通関を処理し、品質管理が検査を確認し、財務が支払う。

ここで触れておきたいのは、この9つの工程それぞれには、すでに優れた専門システムが存在しているということである。(あくまで事例として)契約にはDocuSign、通関にはNACCS、決済にはSwift。
探索にも、輸送にも、書類作成にも、それぞれ専業のプレイヤーがいる。

どれも、それぞれの領域では正しく機能している。優秀な会社が、優秀なプロダクトを作っている。

問題は工程ではない。継ぎ目にある。

9つの工程には、8つの継ぎ目がある。そしてその継ぎ目には、システムがない。そこにあるのはメールであり、電話であり、チャットであり、担当者の記憶である。前の工程で確定した情報を、人が読んで、理解して、次のシステムに打ち直している。

これが伝言ゲームだ。誰も嘘をついていない。全員が善意で、正確に伝えようとしている。それでも情報は変質する。数字が一桁ずれる。仕様の但し書きが落ちる。「前回と同じ条件で」の「同じ」が、送り手と受け手で別のものを指す。

そして厄介なのは、この変質が、その場では誰にも見えないことである。
気づくのは、コンテナが着いてからだ。

軸3|時間軸 — 数か月にわたって、非同期に進む

国内の購買は、発注から納品まで数日で終わる。始まりと終わりが近いから、途中で情報が失われる余地が少ない。

国際商取引は違う。生産のリードタイム、海上輸送の日数、通関の処理時間を積み上げれば、発注から入庫までは数か月かかる。

この長い期間、各部門は同期せずに動く。法務が契約条項を詰めているあいだに、物流はスペースを押さえ、品質は検査基準を確認し、財務は資金繰りを組んでいる。それぞれが自分の持ち場で正しく進んでいる。だが、取引全体の現在地を見ている人が、どこにもいない

だから「あの案件、いまどうなってる?」という単純な問いに、即答できる場所がない。誰かが受信箱を遡り、誰かに電話をかけ、記憶を頼りに答えを組み立て直す。これが取引のたびに繰り返される。

時間軸の長さは、そのままリスクを抱える期間の長さでもある。この数か月のあいだに、為替は動き、運賃は変わり、規制が変わることさえある。

軸4|データ連携 — 同じ事実を、何度も書き写す

5,000項目のうち99%が重複・転記になる理由がここにある。

ひとつの取引で確定する情報は、実はそれほど多くない。商品名、数量、単価、重量、容積、荷印、仕向地、船名、HSコード、インコタームズ、支払条件。一度決まれば、原則として変わらないものばかりだ。

にもかかわらず、これらは繰り返し書き写される。インボイス、パッキングリスト、船荷証券、原産地証明、保険申込書、輸入申告、L/C関連書類。それぞれ異なるフォーマットで、異なる担当者が、異なるタイミングで。

同じ事実を、何度も書いている。

そして書き写す回数が増えるほど、どこかで一箇所ずれる確率は上がっていく。

これは誰かがサボっているのではない。むしろ逆で、担当者は極めて真面目に、何度も書いている。真面目にやればやるほど時間が溶けていく構造の中で、優秀な人材が消耗している。


4つは、足し算ではなく掛け算になる

ここが本質だと思っている。

15前後の主体 × 9つの工程と8つの継ぎ目 × 数か月にわたる非同期 × 繰り返される転記。

どれか一つが特別に重いわけではない。ひとつずつ見れば、どれも「まあ、そういうものだ」で済む話である。だがこれらは掛け算で効いてくる

関係者が多いから、継ぎ目での確認回数が増える。
工程が長いから、非同期の期間が延びる。
非同期の期間が長いから、その間に状況が変わり、変更が発生する。
変更が発生すれば、すでに書き写した書類をすべて追いかけて直す必要が出る。
そしてその修正が、また15の主体に伝言される。

桁が変わるのは、掛け算だからだ。

そして、この構造が誰か一人の怠慢によるものではないことを、もう一度言っておきたい。
調達担当者も、フォワーダーも、通関士も、銀行も、全員が自分の持ち場では正しく、しかもかなり高度に、仕事をしている。
書類の一枚一枚にも、工程の一つひとつにも、必要な理由がある。

問題は、持ち場と持ち場のあいだに、誰もいないことである。


これを「非効率」ではなく「断絶」と呼ぶ

ここまで見てきた通り、工程が多いことには理由がある。
直接材を扱い、国境をまたぐ以上、確認すべきことは実際に多い。
複雑さそのものは、必要なものだ。

問題は、その必要な複雑さが、繋がっていないことである。

呼び名は、打ち手を決めてしまう。これを「非効率」と呼ぶなら、打ち手は効率化になる。書類の枚数を減らす。RPAで転記を自動化する。テンプレートを整える。どれも意味のあることで、実際に効果も出る。
この20年、多くの企業がそれをやってきたと思います。

だが継ぎ目そのものは残る。工程と工程のあいだが繋がっていないという事実は、そのままだ。
しかも減らせる書類には限度がある。仕様書も検査証明も原産地証明も、必要だから存在しているのだから。

「断絶」と呼ぶなら、打ち手は接続になる。

私が「取引業務の断絶」という名前を選んでいるのは、そういう理由である。書類の枚数も、5,000項目も、この断絶の結果として現れた症状にすぎない。

では、なぜその継ぎ目は、20年経っても空いたままなのか。それは技術の問題ではないと、私は考えています。この点は次回以降に記載します。


難しい。だからこそ、解く意味がある

最後に、この構造の上に何が乗っているかを書いておきたいと思います。

日本が1年間に輸入する額は、110兆円を超える。
食料も、部品も、素材も、エネルギーも、そのほとんどがこの伝言ゲームを通って国内に入ってくる。
世界に広げれば、モノの貿易だけで年に24兆ドルを超えます。

私は、グローバルサプライチェーンを、道路や電力と同じ意味でのインフラだと捉えている。
企業が何かを作るにも、店に品物を並べるにも、その手前で必ず誰かが海外から何かを買っている。
目に見えないだけで、経済のほぼすべてがこの上に乗っている。

そのインフラが、いまだに伝言ゲームで動いている。

これは「輸入業務が大変だ」という話ではない。
何を、どこから、どれだけ速く調達できるかという能力そのものが、この構造に縛られているということだ。調達先を分散したくてもコストが見合わない。新しい相手と組みたくても信用が測れない。そうした判断の制約が、すべてここから来ている。

だから、ここを解く意味は大きい。継ぎ目が繋がるだけで、企業が取れる選択肢の幅が変わる。

同時に、簡単ではないことも分かっている。ここまで書いてきた4つの軸が、そのまま難易度になる。関係者は多く、法体系は揃わず、各工程には既に強いプレイヤーがいる。だから20年経っても、この継ぎ目は繋がっていない。簡単に解けるものなら、とっくに誰かが解いていると思います。

規模が大きく、社会的な意味があり、そして本当に難しい。
私はこれを、いま最も取り組むべき価値のある市場だと考え、この市場で事業の展開をしています。


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