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顔も知らないあなたに恋をした――ロマンス小説『壁の手玙から始たる恋』

序章「䞀枚の手玙」

そのカフェを芋぀けたのは、偶然だった。

仕事垰りの倜。
駅から少し離れた现い路地を歩いおいるず、暖かいオレンゞ色の灯りが目に入った。叀い朚の扉に、小さな黒板が立おかけられおいる。

「倜のカフェ LumiÚre」

扉の前に立぀ず、コヌヒヌの柔らかい銙りが挂っおいた。

「こんなずころにカフェあったんだ  」

矎咲は小さく぀ぶやき、扉を抌した。

カラン、ず静かなベルの音。

店の䞭は思っおいたよりも広くなく、萜ち着いた雰囲気だった。
朚のカりンタヌ、壁に䞊ぶ本棚、そしお奥の壁䞀面には——

たくさんの手玙が貌られおいた。

色ずりどりの玙。
䟿箋、メモ垳、ポストカヌド。

たるで誰かの蚀葉が、壁いっぱいに残されおいるようだった。

「いらっしゃいたせ」

カりンタヌの奥から、穏やかな声が聞こえた。

䞉十代くらいの男性が、コヌヒヌカップを磚いおいる。

「初めおですよね」

「はい  」

矎咲はただ壁の手玙を芋おいた。

「あれ、なんですか」

男性は少し笑った。

「この店の習慣です」

「習慣」

「誰でも自由に手玙を曞いおいいんです。誰宛でもない手玙でもいいし、誰かに向けた蚀葉でもいい。ここに貌っお垰るんです」

矎咲はゆっくり壁に近づいた。

䞀枚の玙を読む。

『今日は少しだけ頑匵れた。
誰にも蚀えないけど、誰かに聞いおほしかった。』

次の手玙。

『君のこず、ただ忘れられない。
でも元気でいおくれたら、それでいい。』

そしおたた別の玙。

『今日このカフェでコヌヒヌを飲んだ。
少しだけ、救われた気がした。』

知らない人の蚀葉なのに、胞の奥が少し枩かくなる。

「みんな、曞いおいくんですか」

「ええ。倜になるず特に倚いですね」

「倜」

「倜っお、人は少し正盎になるから」

男性はコヌヒヌをカりンタヌに眮いた。

「よかったら、曞いおいきたす」

矎咲は少し笑った。

「私、曞くこずないです」

そう蚀ったのに、なぜかもう䞀床壁を芋おしたう。

そのずき、䞀枚の手玙が目に入った。

他の玙より少し叀く、角が少し折れおいる。

矎咲は近づいた。

そこにはこう曞いおあった。

『もしこの手玙を読んだ人がいたら、
よかったら返事を曞いおください。

今日もこの店に来たした。
ここだけが、少し萜ち着く堎所です。』

䞋には小さく名前が曞いおある。

「S」

矎咲は少しだけ眉をひそめた。

返事を曞いおください

誰かが曞いた手玙に

「  倉なの」

思わず小さく笑った。

けれど、なぜかその玙から目を離せなかった。

そしお気づけば——

テヌブルの䞊のペンを手に取っおいた。

2章「返事を曞いた倜」

最初は、本圓に軜い気持ちだった。

ただの遊びみたいなものだず思った。

カりンタヌに眮かれおいた小さなメモ甚玙を䞀枚取る。

少しだけ考えお、ペンを動かした。

『手玙、読みたした。
このカフェ、確かに萜ち着きたすね。』

そこたで曞いお、手が止たる。

なんだか倉な感じだ。

顔も知らない誰かに、手玙を曞いおいる。

でも、少しだけ続けた。

『私は今日初めお来たした。
仕事垰りです。

あなたは、い぀来おいるんですか』

最埌に小さく曞いた。

「M」

玙を壁に貌る。

さっきの「S」の手玙の䞋に。

それを芋お、なぜか少しだけ恥ずかしくなった。

「曞きたした」

カりンタヌの男性が聞く。

「はい  なんずなく」

「いいですね」

「䜕がですか」

「ここで䌚話が始たるこず、たたにあるんです」

矎咲は驚いた。

「䌚話」

「手玙で」

そう蚀っお、店䞻はコヌヒヌを䞀口飲んだ。

「顔も名前も知らないたた、䜕ヶ月も手玙を続ける人もいたすよ」

「そんなこずあるんですか」

「ありたす」

少し笑う。

「䞍思議ですよね」

その日はそれだけだった。

矎咲はコヌヒヌを飲み終え、店を出た。

倜の空気は少し冷たかった。

「  たさかね」

あの手玙に、返事が来るなんお。

そんなこず思いながら歩いた。

——䞉日埌。

仕事が終わり、ふず思い出した。

あのカフェ。

なぜか少し気になった。

矎咲はたた同じ路地を歩いおいた。

カフェの灯りは、今日も぀いおいる。

扉を開ける。

カラン。

「いらっしゃいたせ」

同じ声。

矎咲は䜕も蚀わず、たっすぐ壁に向かった。

そしお——

思わず立ち止たった。

自分の手玙の䞋に、新しい玙が貌られおいた。

少しだけ震える字で、こう曞いおある。

『Mさんぞ。

返事、ありがずうございたす。

僕はだいたい
倜の十時ごろ来おいたす。』

その䞋にもう䞀行。

『誰かが返事を曞いおくれるなんお、思っおいたせんでした。』

矎咲の胞が、少しだけ高鳎った。

顔も知らない。

声も知らない。

それなのに。

——知らない誰かず、䌚話が始たっおいた。

3章「芋えない盞手ずの䌚話」


それから、矎咲は週に䜕床かそのカフェに通うようになった。

最初はただ気になっただけだった。
本圓に返事が来るのか確かめたかっただけ。

でも今は違う。

扉を開けるたび、最初に芋るのは——
あの壁だった。

カラン。

「いらっしゃいたせ」

店䞻はい぀もず同じ穏やかな声で迎える。

矎咲は軜く䌚釈をしお、そのたた壁ぞ向かった。

そしお小さく息を止める。

自分の手玙の䞋に、たた新しい玙が貌られおいた。

『Mさんぞ

今日も仕事垰りに来たした。
このカフェは倜になるず静かでいいですね。

Mさんはどんな仕事をしおいるんですか』

䞋にはやっぱり小さく。

「S」

矎咲は少し笑った。

顔も知らないのに、なぜか少しだけ芪しみを感じおしたう。

テヌブルに座り、コヌヒヌを頌む。

「い぀ものですか」

店䞻が聞く。

「  い぀もの」

矎咲は笑った。

「ただ二回目ですけど」

「この店は、䞉回目から垞連です」

矎咲は肩をすくめた。

「じゃあ、い぀ものください」

コヌヒヌを埅ちながら、手玙を曞く。

『Sさんぞ

私は普通の䌚瀟員です。
広告の仕事をしおいたす。

毎日パ゜コンずにらめっこです。』

少し考えお、続けた。

『Sさんは䜕をしおいる人ですか』

そしお最埌に小さく。

「M」

玙を壁に貌る。

少し離れお、それを芋぀めた。

誰かず䌚話しおいるのに、声も顔も知らない。

それなのに䞍思議ず、距離は遠くない。

数日埌。

たた返事があった。

『Mさんぞ

広告の仕事、かっこいいですね。

僕はデザむンの仕事をしおいたす。
だから少しだけ、近いかもしれたせん。』

そしおその䞋。

『ちなみに
Mさんの字、奜きです。』

矎咲は思わず笑った。

「字」

小さく぀ぶやく。

そんなこず蚀われたの、初めおかもしれない。

その日から、手玙は少しず぀長くなった。

奜きなコヌヒヌの話。

仕事の愚痎。

雚の日のこず。

子どもの頃の話。

䌚ったこずはないのに、
たるで昔から知っおいる人みたいだった。

ある日、矎咲はふず聞いた。

『Sさんは、どうしおこのカフェに来おいるんですか』

その答えは、䞉日埌に貌られおいた。

『ここは
少しだけ萜ち着く堎所だからです。

それず——』

そこで文章が止たっおいる。

少し空癜があっお、続きが曞いおあった。

『今は
Mさんの手玙を読むのも楜しみです。』

その蚀葉を読んだ瞬間。

胞が、少しだけ枩かくなった。

4章「䌚えない理由」


その日も矎咲はカフェにいた。

コヌヒヌの銙り。

静かな音楜。

壁の手玙。

い぀もの堎所。

矎咲は䞀枚の玙を曞いおいた。

『Sさんぞ

今床、同じ時間にこのカフェに来たせんか』

曞いおから、少しだけ迷う。

これを曞いたら——

この関係は倉わる。

でも。

なぜか䌚っおみたいず思っおしたった。

顔も知らない。

声も知らない。

それなのに。

ペンを動かす。

『もしよかったら
盎接話しおみたいです。』

そしお壁に貌った。

その日は返事はなかった。

次の日も。

そしお䞉日埌。

カフェに入るず、すぐに分かった。

新しい玙がある。

矎咲はゆっくり近づいた。

そこに曞かれおいた蚀葉を読んで——
少しだけ息が止たった。

『Mさんぞ

䌚いたいず蚀っおくれお
本圓に嬉しかったです。』

その䞋。

『でも
僕は䌚えたせん。』

矎咲は小さく眉をひそめた。

続きがあった。

『このカフェに来おいるのは本圓です。

でも
同じ時間には来おいたせん。』

そしお最埌の䞀行。

『だから
Mさんずは䌚えないんです。』

矎咲は玙を芋぀めたたた動かなかった。

意味が分からない。

同じ店に来おいるのに——

䌚えない

胞の奥に、少しだけ匕っかかる違和感が残った。

ただ知らなかった。

この手玙のやりずりには、
ある秘密があるこずを。

5章「残された最埌の手玙」

「䌚えないんです。」

その蚀葉が、頭の䞭に残っおいた。

矎咲は手玙の前でしばらく動けなかった。

同じカフェに来おいる。
それなのに䌚えない。

そんなこずあるのだろうか。

矎咲は垭に戻り、コヌヒヌを䞀口飲んだ。
少し冷めおいる。

「どうかしたした」

店䞻が静かに聞いた。

「  いえ」

そう蚀いながらも、芖線は壁に向いたたただった。

少し考えお、矎咲はたた手玙を曞く。

『Sさんぞ

䌚えないっおどういう意味ですか

同じカフェに来おいるんですよね。』

ペンが少し止たる。

でも曞き続けた。

『私はだいたい
倜九時から十時くらいにいたす。』

そしお最埌に。

『もしすれ違っおいるだけなら
い぀か䌚えたすよね』

玙を壁に貌る。

その日はそれで垰った。

次の日。

カフェに来るず、すぐに壁を芋た。

返事は——

ただない。

䞉日埌。

たた来た。

それでも、ない。

䞀週間埌。

ようやく、新しい玙が貌られおいた。

矎咲は少し早足で近づいた。

そこに曞かれおいたのは——

『Mさんぞ

返事が遅くなっおごめんなさい。』

文字は少し乱れおいた。

たるで急いで曞いたみたいだった。

『Mさんず手玙をする時間、
本圓に奜きでした。』

矎咲の胞がざわ぀く。

その続き。

『でも
もうここには来られなくなりたした。』

䞀瞬、理解できなかった。

もう来られない

どうしお

その䞋に曞かれおいた最埌の蚀葉。

『短い時間だったけど
話せおよかったです。

ありがずう。』

そしお、名前。

S

それだけだった。

矎咲はしばらくその手玙を芋぀めおいた。

終わり

これで

理由もなく

胞の奥が少しだけ痛くなる。

顔も知らない。

名前も知らない。

それなのに。

こんなに寂しく感じるなんお、思っおいなかった。

6章「探し始めた名前」

その日、矎咲はい぀もより長くカフェに残っおいた。

コヌヒヌはもう空になっおいる。

でも垰る気になれない。

店䞻がカりンタヌの䞭でグラスを磚いおいる。

矎咲は少し迷っおから聞いた。

「すみたせん」

「はい」

「この手玙を曞いおる人  」

壁を指した。

「Sさんっお、どんな人か知っおたすか」

店䞻は少しだけ考えた。

「知っおたすよ」

矎咲の心臓が少し跳ねた。

「どんな人ですか」

「静かな人です」

「それは  」

思わず笑っおしたう。

「みんな静かじゃないですか、この店」

店䞻も少し笑った。

「確かに」

それから少し間を眮いお蚀った。

「でも、もう来ないでしょうね」

矎咲は驚いた。

「どうしおですか」

店䞻は手を止めた。

そしお静かに蚀った。

「入院するっお蚀っおたした」

矎咲は固たった。

「入院  」

「ええ。しばらく長いっお」

胞が少し締め぀けられる。

「だから最埌に、あの手玙を曞いおいきたした」

店䞻は壁を芋る。

「ここに来るのが奜きだったみたいですよ」

矎咲はゆっくり立ち䞊がった。

壁に近づく。

Sの最埌の手玙。

その玙の䞋には、ただ䜕も貌られおいない。

矎咲はバッグからペンを取り出した。

そしお新しい玙を曞く。

『Sさんぞ

最埌の手玙、読みたした。』

少し迷う。

でも、続けた。

『入院するっお聞きたした。

元気になったら
たたこのカフェに来おください。』

そしお最埌に。

『そのずきは
ちゃんず䌚いたしょう。』

玙を壁に貌る。

少し離れお、それを芋る。

返事は来ないかもしれない。

それでも。

なぜか、矎咲は思った。

このたた終わらせたくない。

カフェを出るず、倜颚が少し冷たかった。

空を芋䞊げる。

そしお小さく぀ぶやいた。

「Sさんっお  誰なんだろう」

そのずき、矎咲はただ知らなかった。

この恋が——

思っおいたより、ずっず近くにあるこずを。

7章「カフェでの再䌚」

それから、矎咲は倉わらずカフェに通っおいた。

Sからの返事は、もう来ないず分かっおいる。
それでも——

なぜか足が向いおしたう。

カラン。

い぀ものベルの音。

「いらっしゃいたせ」

店䞻の声も、い぀も通りだった。

「こんばんは」

矎咲は小さく挚拶しお、い぀もの垭に座る。

「コヌヒヌでいいですか」

「はい」

コヌヒヌが運ばれおくる。

湯気が静かに立ち䞊る。

矎咲はカップを䞡手で包みながら、ふず壁を芋た。

あの手玙。

自分が曞いた最埌の手玙。

その䞋には、ただ䜕もない。

圓たり前だ。

Sはもう来ない。

そう思っおいた。

そのずき——

カラン。

扉のベルが鳎った。

誰かが入っおきた。

矎咲は䜕気なく芖線を向けた。

背の高い男性だった。

少し疲れたような顔。

でも、どこか穏やかな雰囲気。

店䞻が蚀う。

「久しぶりですね」

その蚀葉に、矎咲は少しだけ反応した。

久しぶり

男性は軜く笑った。

「やっず倖出蚱可出たんです」

倖出蚱可。

その蚀葉に、矎咲の胞が少しだけざわ぀いた。

男性はカりンタヌに座った。

そしおふず、壁の手玙を芋た。

䞀枚䞀枚、ゆっくり目で远っおいる。

たるで——

探しおいるみたいに。

矎咲の心臓が少し速くなる。

男性はある堎所で止たった。

そこは——

矎咲の手玙。

男性は静かにそれを読んでいた。

『元気になったら
たたこのカフェに来おください。』

『そのずきは
ちゃんず䌚いたしょう。』

男性は少しだけ笑った。

それから小さく぀ぶやいた。

「  来たしたよ」

矎咲の呌吞が止たる。

男性は店䞻に聞いた。

「この手玙を曞いた人っお、来おたす」

店䞻は䞀瞬だけ矎咲を芋た。

そしお静かに蚀った。

「いたすよ」

男性は振り返った。

その瞬間、目が合った。

数秒、沈黙。

矎咲は少しだけ戞惑いながら蚀った。

「  Sさん」

男性は少し驚いた顔をしおから、笑った。

「Mさん」

それだけで分かった。

顔も知らない。

声も知らない。

それなのに。

手玙だけで繋がっおいた二人は——

ようやく同じ堎所で出䌚った。

男性は少し照れたように蚀った。

「思っおたより普通の人ですね」

矎咲は思わず笑った。

「それはこっちのセリフです」

二人の距離は、ただ少し遠い。

でも。

その空気は、どこか枩かかった。

゚ピロヌグ「新しい手玙」


春の倜だった。

カフェの窓の倖には、少し暖かい颚が吹いおいる。

矎咲は壁の前に立っおいた。

そしお䞀枚の玙を曞く。

『このカフェで
知らない人ず手玙を始めたした。』

少し笑いながら続ける。

『最初は顔も知らない盞手でした。

でも今は——』

そこでペンを止めた。

少し埌ろを芋る。

カりンタヌでSがコヌヒヌを飲んでいる。

目が合うず、軜く手を振った。

矎咲はたたペンを動かす。

『今は、隣でコヌヒヌを飲んでいたす。』

最埌に小さく曞いた。

『ここから始たる恋も、
きっずあるんだず思いたす。』

玙を壁に貌る。

Sが埌ろから近づいた。

「たた手玙ですか」

「うん」

「誰宛」

矎咲は少し笑った。

「未来の誰か」

Sも笑った。

カフェの壁には、今日もたくさんの蚀葉が残っおいる。

知らない誰かの想い。

小さな秘密。

そしお——

䞀぀の恋の始たり。

その倜も、カフェの灯りは静かに街を照らしおいた。 ☕✹

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