芋出し画像

終点ログ ― 明日、あなたの死が投皿される

あらすじ

深倜零時にだけ開く謎の掲瀺板「終点ログ」。そこには、翌日に死ぬ人間の名前ず死に方が正確に曞き蟌たれおいた。半信半疑で眺めおいた䌚瀟員の真島遌は、ある倜、恋人・䜐䌯未倮の名前を芋぀けおしたう。悪質な悪戯だず笑い飛ばそうずするが、掲瀺板の投皿は珟実ずなり、関係者は次々ず䞍可解な死を遂げおいく。投皿を止めようずするほど、遌の呚囲では“死の予告”が増殖しおいく。そしお遌は知る。この掲瀺板は未来を予蚀しおいるのではない。死そのものを、呌び寄せおいるのだず。

1章「零時に開く掲瀺板」


真島遌がそのサむトを知ったのは、雚の降る火曜の倜だった。

残業を終えお垰宅したのは十䞀時四十分。郜内の倖れにある䞀の叀いマンションは、湿気を吞っお壁玙がわずかに波打っおいた。靎を脱いだずき、廊䞋の奥から、ぱき、ず也いた音がした。朚材が湿床で鳎るこずは珍しくない。そう頭ではわかっおいたが、遌は䞀瞬だけ、誰かが郚屋の䞭を歩いたような気配を感じた。

もちろん、郚屋には誰もいない。

恋人の未倮は今倜、友人たちず食事に出かけおいる。遌はネクタむを緩め、コンビニで買った冷えたパスタを電子レンゞに攟り蟌んだ。回転皿の䞊でプラスチック容噚がかたかたず震える音が、劙に倧きく聞こえる。換気扇を回し、テレビを぀ける。バラ゚ティ番組の笑い声が流れた瞬間、少しだけ郚屋に人の気配が戻った気がした。

食事を終え、シャワヌを济び、ベッドに腰掛けたのは零時少し前だった。眠るにはただ早い。䜕気なくを眺めおいるず、高校時代の友人である小田島祐暹からメッセヌゞが届いた。

「なあ、終点ログっお知っおるか」

意味のわからない文面に、遌は「なにそれ」ず返した。すぐに返信が来る。

「今ネットでじわっず広がっおるや぀。排萜にならん。絶察に怜玢すんなよ」

そう蚀われるず、かえっお気になるのが人間だ。遌は小さく笑い、ブラりザを開いた。怜玢欄に「終点ログ」ず入力する。だが、倧手怜玢゚ンゞンでは関係のない鉄道掲瀺板や郜垂䌝説たずめしか匕っかからない。祐暹は続けお、「普通には出ない。送る」ずだけ打ち、数秒埌、英数字ず蚘号だけで構成された䞍可解なリンクを送っおきた。

遌は䞀床だけためらった。

リンクの文字列は、どこか䞍自然だった。ドメむン名が読めないのではない。芋おいるうちに、文字の䞊びそのものが、少しず぀倉わっおいるように思えたのだ。たずえば最初は「l」があった堎所に「1」があり、次に芋たずきにはそれが倧文字の「I」になっおいる。錯芚だろう。目の疲れのせいだ。遌はそう決め぀け、リンクをタップした。

画面は真っ黒になった。

しばらくしお、癜い文字が䞀行だけ浮かび䞊がる。

終点ログぞようこそ。

その䞋には、泚意曞きも説明もなかった。ただ、真っ黒な背景の䞭倮に、投皿欄のような長方圢がひず぀、その䞋に時刻だけが衚瀺されおいた。

00:00

秒が切り替わった瞬間、画面党䜓がふっず明るくなった。掲瀺板が開いたのだず気づくたでに数秒かかった。

異様に簡玠なデザむンだった。スレッド圢匏ですらなく、時刻ず名前ず本文が時系列で䞊ぶだけ。投皿者名はすべお「乗客」。アむコンも眲名もない。なのに、そこに流れおいる文章は、匿名掲瀺板特有の軜薄さずは違っおいた。短く、簡朔で、どれも事務的だった。

00:00 乗客
明日 東京郜緎銬区 䌚瀟員 男 転萜 頭蓋開攟

00:00 乗客
明日 神奈川県川厎垂 倧孊生 女 感電 济宀

00:00 乗客
明日 埌玉県草加垂 無職 男 瞊死 銖が足りない

遌は眉をひそめた。悪趣味なデスノヌトごっこ。そんな感想が最初に浮かんだ。だが、䞉぀目の投皿の末尟にある「銖が足りない」ずいう䞀文だけが劙に生々しく、喉の奥に冷たいものを残した。

スクロヌルしおいくず、過去ログらしきものもあった。昚日、䞀昚日、さらにその前の日付。いく぀かの投皿には、その䞋に短い远蚘が぀いおいる。

確認枈
ニュヌス化埅ち
回収完了

回収。䜕を。

その蚀葉を芋た瞬間、背埌で、かち、ず小さな音がした。

遌は振り返る。キッチンずの境に吊られた叀びた匕き戞が、五センチほど開いおいた。さっきたで閉たっおいたはずだった。換気扇の颚で動いたのだろうか。けれど、郚屋の窓は閉めおいる。゚アコンも぀けおいない。

立ち䞊がり、遌は匕き戞に近づいた。戞の向こうは狭い台所だ。流し台の䞊に眮いたコップがひず぀、シンクの瞁ぎりぎりたで移動しおいる。自分でそう眮いた蚘憶はない。

胞の奥がざわ぀いた。

「  疲れおんな」

誰に蚀うでもなく呟き、コップを元に戻す。ベッドぞ戻り、スマホを芋るず、掲瀺板の最䞋郚に新しい投皿が増えおいた。

00:03 乗客
芋おいる

遌は息を止めた。

投皿には地域も性別もない。ただ二文字だけが、癜く浮かんでいる。数秒埌、それは消えた。リロヌドもしおいないのに、投皿そのものがなかったこずになっおいる。

その代わり、別の曞き蟌みが远加されおいた。

00:04 乗客
開けるな

ぞっずした。

開けるな。䜕を。

盎埌、玄関のドアが、こん、ず鳎った。

軜いノックだった。郵䟿受けにチラシでも差し蟌たれたのかず思うほど、匱い音。だが時刻は零時を過ぎおいる。この時間に蚪ねおくる盞手などいない。未倮が合鍵を持っおいるから、垰っおきたなら普通に開けるはずだ。

こん。こん。こん。

今床は䞉回。

遌は立ち䞊がれなかった。芖線だけが玄関の方ぞ向く。ワンルヌムの狭い郚屋では、玄関から居宀たでたった数メヌトルしかない。なのにその距離が、暗いトンネルのように遠く感じられた。

スマホが震えた。未倮からのメッセヌゞだった。

「今垰りのタクシヌ乗ったよ。もうすぐ着く」

遌は䞀気に息を吐いた。なんだ、未倮か。そう思った瞬間、玄関の向こうから、ひそひそずした声が聞こえた。

「りょう」

凍り぀いた。

未倮の声ではない。女の声だったが、若くも老いおも聞こえる曖昧な響き。ドアに耳を぀けお話しおいるような、湿った近さがあった。

「りょう、あけお」

喉がひくりず鳎る。遌はスマホを握ったたた埌ずさった。未倮から再びメッセヌゞ。

「ただ着かないよ、道混んでる」

では、今、ドアの倖で自分の名を呌んだのは誰なのか。

こん、こん、こん。

ノックがたた䞉回。今床は少し匷い。

そしお掲瀺板の画面に、䞀行だけ新しい文字が珟れた。

00:07 乗客
返事をするず早い

遌は悲鳎を飲み蟌んだ。

反射的にスマホを䌏せる。郚屋が急に静たり返った。換気扇の回る音も、冷蔵庫の駆動音も消えたように感じる。ただ、自分の心臓の音だけが耳の内偎で暎れおいた。

倖からのノックも止んでいた。

恐る恐る、遌は再びスマホを芋た。掲瀺板は閉じおいた。ブラりザのタブごず消えおいる。履歎にも残っおいない。祐暹ずのメッセヌゞ画面に戻るず、送られおきたはずのも削陀されおいた。

遌はそのたた䞀睡もできず、倜を明かした。

午前䞉時過ぎ、ようやく未倮が到着したころには、玄関のドアノブに、べったりず黒い手圢が぀いおいた。未倮は「䜕これ、汚い」ず眉をひそめたが、それが内偎ではなく、倖偎から掎んだような圢で残っおいるこずに気づくず、二人ずも䜕も蚀えなくなった。

翌朝。

通勀電車の䞭で、遌はニュヌスアプリを開いた。地方欄の小さな蚘事に、昚倜芋た投皿ずよく䌌た内容が茉っおいた。

埌玉県草加垂のアパヌトで四十代男性が銖を吊っお死亡しおいるのが芋぀かった。遺䜓の損傷が激しく、譊察は慎重に捜査しおいる。

銖の損傷が激しい。

その䞀文を芋た瞬間、電車の窓に映る自分の顔の埌ろで、誰かがにやりず笑った気がした。

遌が振り返ったずき、そこには吊り革を握る疲れた通勀客しかいなかった。

だが圌はもう理解しおいた。

昚倜芋たものは、ただの悪趣味な怪談サむトなどではない。

あれは、本物だ。

そしお今、自分はそれに“芋぀かっおいる”。

2章「恋人の名前」


その日の仕事は、䜕をしたのかほずんど芚えおいない。

遌は郜内の䌁業で運甚管理を担圓しおいた。障害報告曞の数字を敎え、顧客からの問い合わせメヌルに定型文を返し、䌚議では䞊叞の顔色を芋お盞槌を打぀。い぀もなら無意識にこなせる単玔䜜業が、今日は䜕床も手からこがれ萜ちた。ファむル名を打ち間違え、送信先を誀り、昌過ぎには䞊叞から「顔色悪いぞ、垰るか」ず蚀われたほどだった。

だが垰りたくなかった。

郚屋に戻れば、あの玄関の前を通らなければならない。あの黒い手圢を思い出す。昚倜、ドアの向こうで自分の名を呌んだ声を思い出す。

昌䌑み、遌は非垞階段で煙草を吞う祐暹に電話をかけた。祐暹は広告代理店に勀めおおり、昔から郜垂䌝説や裏サむトの類に劙に詳しかった。

「おたえ、終点ログのこず、どこで知った」

電話口でラむタヌの音がしお、祐暹が䜎く笑った。

『やっぱ芋たか。だからやめずけっお蚀ったのに』

「冗談じゃない。あれ、䜕なんだ」

『知らねえよ。最初は海倖のデッドりェブ系かず思ったけど違う。でたたに話題になる。芋たや぀の䞭には、身近な人間の名前が茉ったっお隒ぐや぀もいる』

「隒ぐや぀っお」

『その埌、だいたいアカりント消える』

遌は黙った。非垞階段の鉄柵の向こうで、ビル颚がうなっおいる。空は薄曇りで、街党䜓が汚れたガラス越しに芋えた。

『䞀応、噂だけはある』ず祐暹が蚀う。『零時ぎったりに開く。芋おるだけならただ平気。でも、曞き蟌たれた名前を知った時点で、向こうに認識される。だから本圓にダバいのは、そこから先らしい』

「向こうっお䜕だよ」

『知らん。投皿者。掲瀺板そのもの。死䜓集めおる䜕か。奜きなの遞べ』

軜口のはずなのに、祐暹の声には笑いがなかった。

『いいか、今倜は芋んな。絶察芋るなよ。未倮ちゃんにも蚀っずけ。倜䞭に名前呌ばれおも返事するな。ドアも開けるな。鏡を垃で隠せ』

「埅お、䜕で鏡」

『知らねえ。ただ、そうしろっお曞いおあった』

「どこに」

問い返した瞬間、祐暹が答えに詰たった。

数秒の沈黙。やがお小さく舌打ちが聞こえる。

『  悪い。俺、今なんお蚀おうずした』

遌は背筋が冷えた。祐暹の物忘れずは違う。䜕かを思い出そうずしお、その郚分だけ脳が空癜になったような口ぶりだった。

『ずにかく今日は実家垰れ』祐暹は早口で蚀った。『ひずりでいるな。できれば未倮ちゃんずも別々にいろ。名前が茉るず、近い人間から匕っ匵られるっお話もある』

電話はそこで切れた。

午埌六時を回ったころ、未倮から「今日は早く終わりそう。倜ご飯䜜るね」ずメッセヌゞが届いた。い぀も通りの、絵文字の぀いた明るい文面。それだけで少し救われる。遌は仕事を切り䞊げ、急いで垰宅した。

マンションの䞀階に着くず、゚ントランスの掲瀺板に新しい匵り玙が増えおいた。

深倜の悪質な蚪問販売にご泚意ください。決しおドアを開けないでください。

昚倜の件が通報されたのかもしれない。そう思いながら゚レベヌタヌを埅っおいるず、ふいに背埌から声がした。

「真島さん」

振り返るず、管理人の老女が立っおいた。小柄で、い぀も笑顔を厩さない人だ。だが今日は衚情が硬い。

「昚倜、䜕かありたしたか」

「え」

「二階の方が、倜䞭に女の人の声がずっずしお怖かったっお。どなたか来られたんですか」

遌は䞀瞬迷い、「いや、たぶん違う郚屋じゃ」ず曖昧に返した。老女はしばらく遌の顔を芋぀め、それからひどく小さな声で蚀った。

「倜に呌ばれおも、返事しないでくださいね」

゚レベヌタヌの扉が開いた。遌が乗り蟌もうずするず、老女がさらに蚀葉を継いだ。

「名前を知られるず、長いですよ」

ぞくりずした。問い返す前に、扉は閉たった。

郚屋に戻るず、未倮はすでに来おいた。゚プロン姿でキッチンに立ち、鍋をかき混ぜおいる。カレヌの匂いがしお、それだけで遌の匵り぀めた神経が少しほどけた。未倮は振り返り、「おかえり」ず笑ったが、すぐに眉を寄せた。

「どうしたの。ほんずに顔色悪いよ」

「昚日、ちょっず倉なサむト芋おさ」

遌は努めお軜く話した。党郚を話せば、未倮たで怯えさせる。そう思い、終点ログのこずは郜垂䌝説サむトくらいにがかし、昚倜のノックず黒い手圢のこずだけ䌝えた。

未倮は真顔で話を聞いおいたが、最埌には苊笑した。

「それ、誰かの悪戯じゃない 祐暹さんっお、昔からそういうの奜きだったじゃん」

「俺もそう思いたい」

「今日はうち泊たる その方が安心でしょ」

そう蚀われ、遌は䞀瞬うなずきかけた。だが祐暹の蚀葉が匕っかかる。名前が茉るず、近い人間から匕っ匵られる。離れおいた方がいいのかもしれない。

「いや、倧䞈倫。今倜は俺も気にしすぎないようにする」

未倮は玍埗しおいない顔だったが、それ以䞊は䜕も蚀わなかった。

食事を終え、二人で食噚を片づけおいたずきだった。未倮のスマホがテヌブルの䞊で震えた。画面を芋た未倮が、「ん」ず銖をかしげる。

「知らない番号」

「出るなよ」

「うん、出ない」

だが着信はすぐに切れ、数秒埌、今床はメッセヌゞが届いた。

未倮が䜕気なく画面を開き、固たった。

「どうした」

返事がない。遌は未倮の肩越しに画面を芋た。

送信者䞍明。本文は䞀行だけ。

明日 䜐䌯未倮 女 蜢断 癜線の内偎

遌の頭の䞭で、䜕かが真っ癜になった。

「  なにこれ」

未倮の声が震える。冗談だず蚀うには、文面があたりに終点ログそのものだった。挢字の䞊び、無機質な蚘述、そしお最埌の劙に具䜓的な死に方。

遌はすぐに自分のスマホを開いた。ブラりザ履歎には残っおいない。怜玢にも出ない。だが昚倜、確かに芋たあの掲瀺板が頭から離れない。

零時たで、あず二時間。

遌は未倮に「今日は絶察に䞀人になるな」ず蚀い、事情をある皋床たで打ち明けた。未倮は半信半疑のたた、それでも顔を青ざめさせおいた。悪質ないたずらだずしおも、ここたで具䜓的な死の予告は笑えない。譊察に盞談しようずいう話になったが、匿名メッセヌゞだけではたずもに盞手にされないだろうずいう結論に達した。

二人は結局、今倜は遌の郚屋で䞀緒に過ごすこずにした。窓の鍵を確認し、玄関のチェヌンをかけ、掗面所の鏡にはバスタオルを被せた。未倮は「なんかほんずにそれっぜくなっおきた」ず冗談めかしお蚀ったが、笑えおいなかった。

十䞀時五十八分。

テヌブルの䞊に眮いたデゞタル時蚈の秒数が進んでいく。二人ずも無蚀だった。テレビは消しおある。郚屋の䞭は劙に静かで、倖を走る車の音だけが遠くから聞こえおくる。

十䞀時五十九分五十秒。

遌は震える指で、祐暹から消えたはずのをメモアプリに打ち蟌んでみた。なぜか、正確に芚えおいた。自分でも気味が悪いほどに。アクセスできるはずがない。そう思いながら゚ンタヌを抌す。

画面は、昚倜ず同じように真っ黒になった。

未倮が息を呑む音がする。

終点ログぞようこそ。

零時ちょうど。掲瀺板が開く。

䞀番䞊に衚瀺された最新の投皿を芋た瞬間、未倮が喉の奥で短い悲鳎を挏らした。

00:00 乗客
明日 東京郜䞭野区 䜐䌯未倮 女 蜢断 癜線の内偎

遌はスマホを取り萜ずしそうになった。

その䞋に、さらに新しい投皿が远加される。

00:00 乗客
閲芧者 男 同行 遅延あり

「閲芧者っお  遌のこず」

未倮がかすれた声で蚀う。遌は答えられなかった。

盎埌、郚屋のむンタヌホンが鳎った。

ピンポヌン、ずいう普通の呌び出し音。その日垞的すぎる響きが、かえっお異様だった。二人は同時に玄関を芋た。続いお、ドアがこんこん、ず叩かれる。

「䜐䌯さん、いたすか」

女の声だった。穏やかで、どこにでもいそうな若い声。

「宅配です」

未倮の顔から血の気が匕いた。今日は䜕も泚文しおいない。遌は無蚀で銖を振る。するず、倖の声は間をおいお、今床はもっず芪しげに蚀った。

「未倮ちゃん。開けお」

遌の隣で、未倮の肩が倧きく震えた。

それは、未倮の母芪の声だった。地方に䜏んでいお、こんな時間に来られるはずのない人の声。

「未倮ちゃん、お母さんだよ。寒いの。開けお」

未倮は唇を抌さえ、涙目で遌を芋た。倖の声は続く。

「ねえ、駅で転んじゃっおね、痛いの。早く開けお。脚が、脚がちぎれそうで」

最埌の䞀蚀だけ、声色が倉わった。母芪の声ではなくなった。無数の人間の声が重なったような、ねば぀く囁きだった。

掲瀺板に、新しい䞀行が珟れる。

00:02 乗客
癜線の内偎ぞようこそ

同時に、未倮のスマホが鳎った。画面を芋る。発信者は「お母さん」。

だが倖からも、同じ着信音が聞こえおいた。

郚屋の倖にいる䜕かも、同じ盞手から電話を受け取っおいる。

遌はその瞬間、本胜で理解した。

これは脅しではない。予告ですらない。

もう始たっおいるのだ。

第3章「曞き蟌みは珟実になる」

むンタヌホンは、䞉床鳎ったあず静かに途切れた。

だが、倖に“いる”気配は消えなかった。

ドアの向こう偎に、確かに誰かが立っおいる。芖線も、呌吞も、こちらを芗き蟌むような圧も、すべおが扉䞀枚を隔おお存圚しおいる。

未倮はスマホを握りしめたたた、動けずにいた。

画面には「お母さん」からの着信。だが、同じ音がドアの倖からも聞こえおいる。

぀たり――

「同時に鳎っおる  」

未倮の声は、ほずんど空気に溶けおいた。

遌はゆっくりず銖を振る。

「出るな。絶察に」

倖の“声”は、しばらく沈黙したあず、今床は䜎く、ねっずりずした響きで囁いた。

「ねえ」

それはもう母芪の声ではなかった。

「そこにいるんでしょう」

どん、ず鈍い音がドアに響いた。

䞀床。二床。䞉床。

叩いおいるのではない。䜓重を預けるように、䜕かがぶ぀かっおいる。

「未倮ちゃん」

ぐちゃ、ず音がした。

たるで柔らかいものが朰れるような、䞍快な音。

「線の内偎にいないず」

その蚀葉を聞いた瞬間、未倮が小さく悲鳎を䞊げた。

掲瀺板の文面ず、完党に䞀臎しおいた。

――癜線の内偎。

電車のホヌムで聞く、あの泚意喚起。

遌は咄嗟に未倮の手を掎んだ。

「聞くな。あれは誘導だ」

「でも  」

「声に意味を持たせるな。内容を考えるな」

自分でも䜕を蚀っおいるのかわからない。ただ、本胜的に理解しおいた。

あれは“蚀葉”ではない。

聞いた人間の䞭で意味を膚らたせ、行動を匕き出すための“匕き金”だ。

ドアの倖で、䜕かがずるりず床を這った。

ドア䞋の隙間から、黒い圱がにじむ。

指のような圢をしたそれが、ゆっくりず宀内ぞ入り蟌もうずしおいた。

未倮が息を呑む。

遌はずっさにキッチンに走り、床にあったガムテヌプを掎んだ。戻るず同時に、ドアの隙間を乱暎に塞ぐ。テヌプを䜕重にも貌り、圱が入り蟌む隙間を物理的に朰した。

その瞬間、倖から、ぎち、ず歯ぎしりのような音がした。

「だめ」

䜎い声。

「それじゃ、入れない」

ぞわり、ず背筋が粟立぀。

“入れない”ず蚀った。

぀たり、条件さえ満たせば、入っおこれる。

掲瀺板の文面が頭に蘇る。

――返事をするず早い。

――開けるな。

――癜線の内偎ぞようこそ。

遌は歯を食いしばった。

これはルヌルがある。

完党な無秩序ではない。䜕かしらの条件、手順、順序が存圚しおいる。

それを守れば“ただ”助かる。

逆に、ひず぀でも螏み倖せば――

「遌」

未倮の震える声。

「これ  芋お」

差し出されたスマホ。

終点ログの画面が開かれおいる。

そこに、新しい投皿が増えおいた。

00:05 乗客
抵抗 確認

00:05 乗客
䟵入 調敎䞭

遌の喉が也いた。

䟵入。調敎。

たるで、こちらの行動を芳察しながら最適化しおいるような曞き方。

その盎埌。

ガンッ

激しい衝撃がドアを揺らした。

今床は明確に“叩いた”。

さっきたでの詊すような接觊ではない。明確な敵意ず力を持った䞀撃。

チェヌンが軋む音がする。

「未倮、奥行くぞ」

遌は未倮の手を匕き、ベッドのあるスペヌスぞ䞋がった。郚屋の奥。玄関から最も遠い䜍眮。

そのずきだった。

郚屋の䞭で、音がした。

カタ、ず。

遌ず未倮は同時に振り向いた。

掗面所の方角。

さっきタオルで芆った鏡がある堎所。

「  うそでしょ」

未倮の声が震える。

タオルが、床に萜ちおいた。

誰も觊れおいないのに。

鏡が、露出しおいる。

そしお――

映っおいた。

遌ず未倮の埌ろに、“もう䞀人”。

遌は反射的に振り返った。

誰もいない。

だが、鏡の䞭には確かにいる。

ドアの倖にいた“それ”ず同じもの。

茪郭が曖昧で、顔が定たらない。

だが、笑っおいるこずだけははっきりわかる。

未倮が悲鳎を䞊げた。

鏡の䞭の“それ”が、ゆっくりず口を開く。

そしお、珟実ず同時に声が響いた。

「芋たね」

次の瞬間、ドアのチェヌンが、匟けた。

――条件が、揃った。

遌の頭の䞭で、その蚀葉がはっきりず響いた。

第4章「削陀できない投皿」

ドアが、ゆっくりず開いた。

壊されたわけではない。

内偎から鍵を倖したように、静かに、滑るように。

ギィ、ず嫌な音を立おながら、隙間が広がっおいく。

暗い玄関の向こうに、“䜕か”が立っおいる。

それは人の圢をしおいた。

だが、人ではなかった。

顔がない。

あるはずの䜍眮に、ただ黒い穎のような空掞がある。

そこから、さっきの声が挏れおいた。

「芋たね」

同じ蚀葉を繰り返す。

遌は動けなかった。

䜓が凍り぀いたように硬盎しおいる。

未倮は遌の腕を掎み、震えおいる。

“それ”が、䞀歩、郚屋の䞭に入った。

その瞬間、郚屋の空気が倉わった。

重い。粘぀く。呌吞が浅くなる。

たるで氎の䞭にいるような圧迫感。

スマホが震えた。

遌の手の䞭で。

終点ログが曎新されおいる。

00:08 乗客
入宀 完了

「やめろ  」

遌はかすれた声で呟いた。

“それ”は銖のない顔で、こちらを向いた。

いや、向いたように“感じた”。

芖線ずいう抂念がないのに、確実に“芋られおいる”。

「未倮、走れ」

遌は無理やり声を絞り出した。

だが未倮は動かない。

いや、動けない。

足元を芋お、遌は理解した。

未倮の足銖に、黒い“手”が絡み぀いおいる。

ドアの䞋から䟵入しようずしおいた、あの圱。

完党には防ぎきれおいなかった。

それが今、未倮を床に瞫い付けおいる。

「いや  やだ  」

未倮が泣き出す。

“それ”が、ゆっくりず未倮に近づく。

䞀歩。

たた䞀歩。

床に圱が広がる。

その圱の䞭に、無数の“顔”が浮かび䞊がった。

泣いおいる顔。笑っおいる顔。朰れた顔。

党郚が、未倮を芋おいる。

「やめろ」

遌は叫び、近くにあった怅子を掎んで投げ぀けた。

怅子は“それ”に圓たった。

だが、手応えがない。

すり抜けた。

そのたた壁にぶ぀かり、鈍い音を立おお倒れる。

“それ”は䜕も気にせず、未倮の目の前たで来た。

そしお、顔のない“顔”を、未倮に近づける。

「時間です」

その声は、今たでで䞀番はっきりしおいた。

掲瀺板の文章ず同じ、無機質な響き。

未倮が必死に銖を振る。

「いや  ただ  」

「時間です」

繰り返す。

そしお――

未倮の䜓が、ふっず消えた。

音もなく。

血もなく。

ただ、そこに“いなくなった”。

遌は理解できなかった。

目の前で起きたこずが、脳で凊理できない。

空癜。

数秒遅れお、絶叫が喉から溢れた。

「未倮ッ」

郚屋に響く。

だが返事はない。

代わりに、スマホが震えた。

恐る恐る画面を芋る。

終点ログ。

新しい投皿が、远加されおいる。

00:10 乗客
回収完了 䜐䌯未倮

遌の芖界が歪んだ。

呌吞ができない。

手が震える。

「  ふざけるな  」

震える声で呟く。

「返せ  」

画面に觊れる。

スクロヌルする。

投皿の暪に、小さな文字列があるこずに気づいた。

削陀

それは他の投皿にはない。

未倮の名前の投皿にだけ、衚瀺されおいる。

遌の心臓が跳ねた。

「消せる  」

震える指で、その文字をタップする。

反応はない。

もう䞀床、匷く抌す。

画面が䞀瞬だけ暗転した。

そしお、メッセヌゞが衚瀺される。

削陀には代替が必芁です

意味がわからない。

「代替  」

その瞬間。

背埌から、声がした。

「わたしでいいよ」

遌はゆっくり振り返った。

そこに立っおいたのは――

自分だった。

党く同じ顔。

同じ服。

同じ衚情。

だが、笑っおいる。

ありえないほど、䞍自然に。

「ほら」

“遌”が蚀う。

「代わり、いるじゃん」

その蚀葉ず同時に、掲瀺板が曎新された。

00:11 乗客
候補 真島遌

理解した瞬間、遌の背䞭に冷たい汗が流れた。

これは遞択だ。

未倮を取り戻すか。

自分が“代わり”になるか。

そしお、そのどちらでもない第䞉の道は――

最初から甚意されおいない。

第5章「投皿者の正䜓」

「ふざけるな  」

遌の声は、自分でも驚くほど䜎く、也いおいた。

目の前に立぀“自分”は、同じ顔のたた、わずかに銖を傟けおいる。その仕草たで完党に䞀臎しおいるのに、決定的に違うものがあった。

目だ。

光がない。

いや、正確には“奥行きがない”。

ただ黒く塗り぀ぶされたような瞳が、こちらを芗き蟌んでいる。

「代替が必芁です、っお出ただろ」

“遌”が口を開く。

声も同じだった。だが、抑揚が埮劙におかしい。人間の䌚話のリズムを真䌌しおいるだけのような、ぎこちなさ。

「削陀はできるよ」

にやり、ず笑う。

「ただし、等䟡亀換」

遌は無意識に䞀歩埌ずさった。

床に散らばった怅子の脚に足が圓たり、鈍い音がする。

「未倮を返せ」

「返せるよ」

即答だった。

その軜さが、逆に珟実味を垯びおいた。

「ほら、遞べばいいだけだから」

“遌”はスマホを指差す。

終点ログの画面には、さっきの文面がただ衚瀺されおいる。

削陀には代替が必芁です

その䞋に、新しい遞択肢が远加されおいた。

代替候補真島遌

そしお、そのさらに䞋。

芋た瞬間、遌の背筋が凍った。

代替候補閲芧者リストを展開する

「  なんだよ、これ」

遌が呟くず、“遌”は嬉しそうに笑った。

「君だけじゃないっおこず」

軜く指を鳎らす。

その瞬間、画面が倉わった。

リストが衚瀺される。

無数の名前。

スクロヌルしおも、しおも、終わらない。

日本人の名前、倖囜人の名前、挢字、カタカナ、アルファベット。

そしおその䞭に、芋芚えのある名前が混ざっおいるこずに気づく。

「  祐暹」

高校時代の友人、小田島祐暹。

さっき電話したばかりの名前。

「それ、党郚“芋た人”」

“遌”が蚀う。

「終点ログにアクセスした人間のリスト」

遌の喉が鳎った。

「぀たり  こい぀らを代わりにできるっおこずか」

「そう」

あっさりず肯定される。

「君が遞べばね」

遌はスマホを握りしめた。

画面の䞭の名前たち。

その䞀぀ひず぀が、生きおいる人間だ。

誰かの家族で、誰かの友人で、誰かの恋人。

未倮ず同じ。

「  そんなこず、できるわけないだろ」

「でも未倮は戻るよ」

“遌”の声が、すぐ耳元で囁いた。

い぀の間にか距離が詰たっおいる。

顔が、すぐ目の前にある。

「助けたいんでしょ」

甘い声。

誘うような響き。

「だったら、誰でもいいじゃん」

その蚀葉に、遌の䞭で䜕かが軋んだ。

「違う  」

「䜕が」

「未倮は  そんなこずで助かっおも  」

蚀葉が続かない。

正しい答えがわからない。

ただ、これだけはわかる。

ここで誰かを遞べば、自分は終わる。

人間ずしお。

「遞ばないっおこずはさ」

“遌”が、ゆっくりず蚀う。

「未倮を芋殺しにするっおこずだよ」

その䞀蚀が、心臓に突き刺さる。

遌は歯を食いしばった。

未倮の笑顔が浮かぶ。

さっきたで、ここにいた。

手を䌞ばせば届く距離に。

それが今は――

「  本圓に戻るのか」

遌は絞り出すように蚀った。

“遌”が䞀瞬、目を现めた。

「戻るよ」

「どこに」

「ここに」

即答。

「䜕事もなかったみたいに」

「そう」

「蚘憶も」

「うん」

「  お前のこずは芚えおるのか」

その問いに、“遌”は初めお沈黙した。

数秒。

その間に、遌は確信した。

「芚えおないんだな」

“遌”の笑みが、ほんのわずかに歪んだ。

「现かいこずはどうでもいいでしょ」

「よくない」

遌ははっきりず蚀った。

「未倮は、未倮だ」

コピヌじゃ意味がない。

蚘憶を削られた時点で、それは別人だ。

「  ぞえ」

“遌”が、興味深そうに遌を芋る。

「ちゃんず考えおるんだ」

その蚀い方に、ぞわりずした違和感が走る。

「  なんだよ、お前」

“遌”は答えなかった。

代わりに、ゆっくりず埌ろを振り返る。

玄関の方。

そこには、最初に入っおきた“顔のない存圚”が、ただ立っおいた。

動かず、ただそこにある。

「これね」

“遌”が蚀う。

「あれ、投皿者じゃないよ」

遌の思考が䞀瞬止たる。

「は  」

「回収係」

さらりず告げられる。

「曞いおるのは、別」

遌の背䞭に冷たいものが走った。

「じゃあ  誰が」

“遌”は、再び遌を芋た。

そしお、自分の胞を指差した。

「僕」

「  は」

「正確には、“これ”だけど」

“遌”の䜓が、ぐにゃりず歪んだ。

皮膚が波打぀。

顔が厩れる。

目も、口も、茪郭も、すべおが液䜓のように溶けおいく。

䞭から珟れたのは――

無数の“文字”。

黒い塊の䞭に、癜い文字が浮かんでいる。

挢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット。

それらが蠢きながら、䞀぀の圢を䜜っおいる。

人のようで、人ではない。

情報の塊。

「僕はね」

それが蚀う。

「曞いおるだけ」

ぞっずするほど、平坊な声。

「事実を」

遌は理解した。

いや、理解させられた。

この掲瀺板は予蚀じゃない。

“蚘録”でもない。

「決定しおるのか  」

遌の声が震える。

「そう」

“それ”が答える。

「曞いたら、そうなる」

絶望的な構造だった。

原因ず結果が逆転しおいる。

珟実が先じゃない。

曞き蟌みが先だ。

だから倖れない。

だから止められない。

「じゃあ  」

遌は、かろうじお蚀葉を繋ぐ。

「未倮の投皿を消せば」

「消せば」

「なかったこずにできるのか」

“それ”は、わずかに揺れた。

「できるよ」

「  本圓に」

「うん」

間違いなく、嘘ではない。

だが同時に、それが“完党な救いではない”こずも盎感でわかる。

「ただし」

やはり続きがあった。

「垳尻は合わせる」

画面が、再び曎新される。

00:15 乗客
修正凊理 準備䞭

「䞖界はね」

“それ”が蚀う。

「空癜を蚱さないから」

未倮が消えた分。

誰かが埋める。

それが遌なのか。

それずも――

「遞べるだけ、優しいでしょ」

その蚀葉に、遌は初めお、はっきりずした怒りを芚えた。

「どこがだよ」

䜎く吐き捚おる。

“それ”は、たた笑った。

文字の塊が、䞍気味に揺れる。

「じゃあさ」

その声が、わずかに楜しそうに匟んだ。

「遞ばない堎合、芋おみる」

嫌な予感がした。

だが、止める間もなく。

画面が切り替わる。

そこに映ったのは――

未倮だった。

真っ暗な堎所。

癜線。

ホヌムの端。

足元が、わずかに厩れおいる。

そしお、背埌から“誰か”に抌される瞬間。

「やめろ」

遌は叫んだ。

だが映像は止たらない。

未倮が振り返る。

その顔が、遌を芋た。

助けを求める目。

次の瞬間。

映像が、ぶ぀りず途切れた。

そしお掲瀺板に、静かに衚瀺される。

実行たで23時間44分

カりントダりンが、始たっおいた。

第6章「自分の名前」

カりントダりンの数字が、静かに枛っおいく。

23:43:59

23:43:58

秒がひず぀萜ちるたびに、珟実が確定しおいくような錯芚があった。

遌は画面から目を離せなかった。

未倮が、あず二十四時間以内に死ぬ。

それが“決定事項”ずしお衚瀺されおいる。

「止める方法は、ひず぀だけ」

背埌で、“それ”が囁いた。

振り返らなくおもわかる。

あの、文字の塊。

人の圢をした情報。

「削陀」

遌は䜎く呟いた。

「でも、代わりがいる」

「そう」

「誰かを遞べば、未倮は助かる」

「そう」

淡々ずした応答。

たるで機械のように、感情がない。

だが、確実にこちらの思考を誘導しおいる。

「  遞ばなかったら」

遌はあえお聞いた。

“それ”は、少しだけ間を眮いた。

「そのたた」

短い答え。

「予定通り」

぀たり、未倮は死ぬ。

それだけ。

遌はスマホを匷く握った。

画面の䞭のリスト。

無数の名前。

その䞭に、知っおいる名前が混ざっおいる。

祐暹。

䌚瀟の同僚。

孊生時代の友人。

――家族。

スクロヌルする指が、止たる。

「  なんで」

遌の声がかすれる。

「なんで、俺なんだよ」

“それ”が、わずかに揺れた。

「芋たから」

単玔な答え。

「アクセスした」

「それだけで」

「それだけで十分」

理䞍尜だった。

だが、この䞖界ではそれが“ルヌル”なのだ。

理由は関係ない。

条件を満たしたかどうかだけ。

「じゃあ  」

遌は、かすかな垌望にすがる。

「誰も芋なければ、起きなかったのか」

“それ”は、初めおはっきりず笑った。

「もう遅いよ」

その瞬間、画面が曎新される。

00:18 乗客
閲芧拡倧䞭

遌の心臓が嫌な音を立おた。

「  拡倧」

「うん」

“それ”は楜しそうに蚀う。

「今も増えおる」

「䜕が」

「閲芧者」

その蚀葉ず同時に、リストの名前が増えた。

䞀秒ごずに、ひず぀、たたひず぀。

止たらない。

「なんで  」

遌は呆然ずする。

「URL、消えたはずだろ」

「消えおないよ」

即答だった。

「君の䞭にある」

遌の背筋が凍る。

「  は」

「思い出せるでしょ」

蚀われた瞬間、頭の䞭に浮かぶ。

あの文字列。

意味のない英数字。

なのに、完璧に再珟できる。

「それを」

“それ”が続ける。

「どこかで思い出す」

「どこかっお  」

「無意識で」

ぞっずした。

倢の䞭。

がんやりした時間。

ふずした瞬間。

人は蚘憶を反芻する。

そのずきに――

「入力する」

遌の声が震える。

「そう」

「誰が」

“それ”は、にやりず笑った。

「君が」

思考が止たる。

「は  」

「さっきもやったでしょ」

遌は息を呑んだ。

確かに。

URLは消えおいたのに、自分は入力できた。

「぀たりね」

“それ”がゆっくり蚀う。

「広めおるのは、閲芧者」

理解しおはいけない構造だった。

これは“拡散型”だ。

りむルスず同じ。

芋た人間が、次の感染源になる。

意識的にでも、無意識でも。

「  じゃあ、止たらないじゃないか」

遌の声は、ほずんど絶望だった。

「止たらないよ」

あっさりず肯定される。

「だから、終点」

その蚀葉の意味が、じわじわず染みおくる。

終点ログ。

終わりの蚘録。

いや――

終わりぞ“運ぶ”システム。

「ふざけるな  」

遌は顔を歪めた。

「こんなの  」

珟実じゃない。

そう吊定したいのに、吊定できない。

未倮は消えた。

目の前で。

それがすべおだ。

「遞ばないず」

“それ”が蚀う。

「次に進むよ」

その蚀葉ず同時に、画面が倉わった。

新しい投皿。

00:20 乗客
真島遌 男 転萜 詳现未定

遌の呌吞が止たった。

「  は」

自分の名前。

はっきりず衚瀺されおいる。

「なにこれ  」

「仮予玄」

“それ”が軜く蚀う。

「未倮を消すか、君を確定するか」

遌の頭がぐらりず揺れた。

「順番があるのか  」

「あるよ」

「なんで」

「効率」

その答えに、吐き気がした。

人の呜が、ただの凊理順序ずしお扱われおいる。

「君はね」

“それ”が続ける。

「ただ“未定”」

画面を指す。

確かに、未倮の投皿ず違い、遌の死因は「詳现未定」ずなっおいる。

「でも」

“それ”の声が、少しだけ䜎くなる。

「時間が経おば、決たる」

カりントダりンが進む。

23:39:12

「遞ばないず」

「  どうなる」

遌は、かろうじお聞いた。

“それ”は、静かに答える。

「䞡方」

意味がわからなかった。

「は」

「未倮も、君も」

遌の背筋が凍る。

「最初からそうだよ」

“それ”は淡々ず蚀う。

「削陀しない限り、予定は消えない」

぀たり――

䜕もしなければ、未倮は死ぬ。

そしお、遌も死ぬ。

「ふざけるな  」

遌は叫んだ。

「じゃあ遞ぶ意味ないだろ」

「あるよ」

即答。

「どっちかは助かる」

その蚀葉が、鋭く突き刺さる。

「必ず、䞀人は残る」

それが、このシステムの“優しさ”。

そう蚀いたいのだろう。

「  じゃあ」

遌は、震える声で蚀った。

「俺が遞ばなかったら」

「うん」

「誰も助からない」

「そう」

完党な詰みだった。

逃げ道はない。

遞択しないずいう遞択肢も、すでに封じられおいる。

「  くそ  」

遌は膝を぀いた。

思考がたずたらない。

未倮を助けるか。

自分が死ぬか。

それずも、誰かを犠牲にするか。

どれも地獄だ。

そのずき。

ふず、違和感がよぎった。

「  埅お」

遌は顔を䞊げた。

「削陀っお」

“それ”を芋る。

「投皿を消すんだよな」

「そう」

「だったら」

遌の目に、わずかな光が戻る。

「曞き蟌たれる前に消せばいいんじゃないのか」

“それ”が、初めお沈黙した。

数秒。

その沈黙が、答えだった。

「  できるのか」

遌が問う。

“それ”は、ゆっくりず笑った。

「いいずころに気づいたね」

画面が、倉わる。

新しい衚瀺。

投皿者モヌドにアクセスしたすか

遌の心臓が、倧きく跳ねた。

「ただし」

“それ”が付け加える。

「戻れないよ」

その意味は、聞かなくおもわかる気がした。

だが――

「  やる」

遌は即答した。

未倮を救う。

それ以倖、もう考えられなかった。

画面に、確認メッセヌゞが出る。

あなたは投皿者になりたすか

指が震える。

だが、迷いはなかった。

タップする。

その瞬間――

䞖界が、反転した。

第7章「終点ぞ向かう者」

䞖界が、裏返った。

音が消えた。

いや、正確には――“意味のある音”だけが消えた。

遌は、立っおいた。

どこかに。

だが、それがどこなのか認識できない。

䞊䞋も、前埌も、距離も、すべおが曖昧だった。

空間そのものが、均䞀な黒で満たされおいる。

その䞭に、癜い文字だけが浮かんでいる。

無数の文字。

名前。

堎所。

死因。

それらが、空䞭に“貌り付いお”いた。

スクロヌルもしおいないのに、勝手に流れおいく。

「  ここが」

遌の声は、劙に遠くで響いた。

「投皿者  」

答える声はなかった。

代わりに、理解が盎接流れ蟌んでくる。

これは堎所ではない。

局だ。

珟実の䞊に重なった、“蚘述の局”。

すべおの出来事が、ここで“決定”される。

その結果だけが、䞋の珟実に反映される。

遌は、自分の手を芋た。

透けおいる。

いや、手の茪郭はある。

だが、その䞭身が――文字でできおいた。

黒い線の代わりに、びっしりず癜い文字が詰たっおいる。

自分の名前。

過去の出来事。

蚘憶。

それらが、構造䜓のように組み合わさっおいる。

「  俺も、同じかよ」

理解する。

さっき芋た“あれ”。

文字の塊。

あれは特別じゃない。

ここに来た時点で、誰でもそうなる。

「投皿者は、人間じゃない」

思わず口に出る。

その瞬間、背埌から声がした。

「最初はね」

振り返る。

そこにいたのは――

無数の“人圱”。

だが、どれも顔がない。

代わりに、顔の䜍眮に文字が浮かんでいる。

名前。

知らない名前。

芋芚えのある名前。

そしお、その䞭に――

「  祐暹」

小田島祐暹の名前があった。

その“人圱”が、わずかに動く。

「遌か  」

声は、確かに祐暹だった。

だが、どこか遠い。

氎の䞭から聞こえるような、歪んだ響き。

「お前  」

遌は蚀葉を倱った。

「なんで  ここに」

「芋たからだよ」

祐暹が、苊く笑うように蚀った。

「お前ず同じだ」

遌の胞が締め぀けられる。

「  い぀から」

「さっき」

短い答え。

「電話切ったあず、なんか  思い出しおさ」

遌は目を閉じた。

やはりそうだ。

これは止たらない。

誰かが芋れば、次が生たれる。

「ここはな」

祐暹が続ける。

「出口がない」

遌は顔を䞊げた。

「  どういうこずだ」

「そのたんた」

祐暹の“顔”に浮かぶ文字が、わずかに揺れる。

「投皿者になった時点で、戻れない」

その蚀葉は、第六章で聞いたものず䞀臎する。

「じゃあ  」

遌の声が震える。

「未倮を助けおも」

「お前は垰れない」

即答だった。

遌は、䜕も蚀えなくなった。

理解しおいたはずだった。

だが、珟実ずしお突き぀けられるず、重さが違う。

「  でも」

遌は、かろうじお蚀う。

「未倮は助かるんだろ」

祐暹は、少しだけ黙った。

その沈黙が、䞍安を煜る。

「  助かるよ」

やがお答える。

「ただし」

やはり続きがある。

「“そのたた”じゃない」

遌の心臓が跳ねた。

「蚘憶  か」

「たぶんな」

祐暹が蚀う。

「ここに関わった分は、党郚消える」

遌は拳を握った。

未倮は戻る。

だが、自分のこずは芚えおいない。

この出来事も、䜕もかも。

「  それでもいい」

遌は䜎く蚀った。

「生きおれば」

祐暹は䜕も蚀わなかった。

その代わり、呚囲の文字がざわめく。

新しい投皿が、次々ず生たれおいる。

明日 ○○ 事故死

明日 △△ 倱血

明日 □□ 転萜

止たらない。

終わらない。

「これを  党郚、お前らが曞いおるのか」

遌が呟く。

「違う」

祐暹が銖を振る。

「勝手に出おくる」

「は」

「俺たちは  遞ぶだけだ」

その蚀葉に、遌は息を呑む。

「候補が出る」

祐暹が続ける。

「それを、確定させる」

「じゃあ  」

遌の声が震える。

「止められないのか」

祐暹は、ゆっくりず銖を振った。

「止めるっおいう抂念がない」

絶望的な構造だった。

候補は無限に出る。

誰かが確定する。

それが珟実になる。

「じゃあ  未倮の投皿も」

「もう出おる」

遌は画面を芋る。

確かにある。

消しおいない。

ただ。

「  消せるのは、今だけか」

「そうだな」

祐暹の声が䜎くなる。

「時間が経おば、“固定”される」

カりントダりンが脳裏に浮かぶ。

残り時間。

「  やるしかない」

遌は前を向いた。

目の前に、未倮の投皿が浮かんでいる。

觊れられる。

文字なのに、実䜓がある。

「遌」

祐暹が呌ぶ。

「䞀個だけ、蚀っずく」

「なんだ」

「消したあず」

少しだけ、間があく。

「代替は、匷制的に決たる」

遌の手が止たる。

「  遞べないのか」

「遞べない」

祐暹ははっきり蚀った。

「投皿者になった時点で、“公平性”が適甚される」

「なんだよそれ  」

「知らん」

短い返答。

「でも、俺が来たずきもそうだった」

遌の背䞭に冷たい汗が流れる。

぀たり――

未倮を助ける。

その代わりに、誰かが死ぬ。

それは遞べない。

ランダム。

完党な無差別。

「  くそ」

遌は歯を食いしばった。

だが、手は止めない。

「それでも」

䜎く呟く。

「やる」

未倮を芋殺しにはできない。

たずえ、その結果で誰かが死ぬずしおも。

それを遞んだのは、自分だ。

「  ああ」

祐暹が小さく蚀う。

「そういう顔、しおるず思った」

遌は、未倮の投皿に手を䌞ばした。

文字に觊れる。

冷たい。

感觊がある。

珟実だ。

「未倮」

名前を、最埌に呌ぶ。

そしお――

削陀した。

その瞬間。

䞖界が、軋んだ。

文字が䞀斉に乱れる。

無数の投皿が、同時に曞き換わる。

悲鳎のようなノむズが響く。

そしお、ひず぀の名前が浮かび䞊がる。

倧きく。

はっきりず。

小田島祐暹

遌の思考が、止たった。

「  は」

振り返る。

祐暹が、そこにいる。

だが、その䜓が――厩れ始めおいた。

「おい  」

遌の声が震える。

祐暹は、静かに笑った。

「ほらな」

その声は、䞍思議ず穏やかだった。

「遞べないっお蚀っただろ」

「埅お  埅およ  」

遌は駆け寄ろうずする。

だが、足が動かない。

空間が、固定されおいる。

「なんで  お前なんだよ」

叫ぶ。

祐暹は、ゆっくりず銖を振った。

「理由なんおない」

䜓が、文字に分解されおいく。

「ここは、そういうずこだ」

「ふざけるな」

遌の声が響く。

「俺が  遞んだのに  」

祐暹は、最埌に蚀った。

「だからだよ」

遌の動きが止たる。

「お前が遞んだから」

静かな声。

「俺が圓たった」

その蚀葉ず同時に。

祐暹は、完党に厩れた。

文字ずなっお、消えた。

遌は、その堎に立ち尜くした。

䜕もできなかった。

遞んだのは、自分だ。

未倮を助けた。

その代わりに、祐暹が死んだ。

その事実だけが、重く残る。

そしお。

画面が、静かに曎新される。

回収完了 小田島祐暹

遌は、目を閉じた。

終わっおいない。

ただ。

珟実がどうなったのか、確認しなければならない。

「  戻る」

遌は呟いた。

その瞬間、芖界が暗転する。

萜ちる。

深く、どこたでも。

そしお――

気づいたずき。

遌は、自分の郚屋に立っおいた。

第8章「゚ピロヌグ ― 次の投皿者」

郚屋は、静たり返っおいた。

あたりにも、䜕事もなかったかのように。

倒れた怅子もない。ドアの砎損もない。床に貌ったはずのガムテヌプすら、跡圢もなく消えおいる。

たるで昚倜の出来事そのものが、最初から存圚しなかったかのように。

遌は、ゆっくりず息を吞った。

空気が、普通だ。

あの粘぀くような重さも、喉に絡み぀くような圧もない。

ただの、い぀もの郚屋。

「  未倮」

声に出す。

返事は――

「なに」

背埌から、あった。

遌は匟かれたように振り返る。

そこに、未倮が立っおいた。

゚プロン姿で、銖をかしげおいる。

「どうしたのそんな顔しお」

遌は蚀葉を倱った。

生きおいる。

確かに、そこにいる。

血も、傷も、䜕もない。

「  未倮」

もう䞀床、名前を呌ぶ。

未倮は少し笑った。

「さっきから呌びすぎ。どうしたのほんずに」

その声は、い぀も通りだった。

違和感はない。

だが――

「  昚日のこず、芚えおるか」

遌は慎重に聞いた。

未倮はきょずんずした。

「昚日普通にご飯䜜っお、䞀緒に食べお  それから垰ったじゃん」

「垰った  」

「うん。泊たっおないよ」

遌の背䞭に、冷たいものが走る。

蚘憶が違う。

いや――

“修正されおいる”。

「なんで」

未倮が少し䞍安そうに蚀う。

「䜕かあったの」

遌は、蚀葉を飲み蟌んだ。

蚀っおも、意味がない。

この䞖界では、もう“なかったこず”になっおいる。

「  いや」

小さく銖を振る。

「なんでもない」

未倮はしばらく遌の顔を芋おいたが、やがお肩をすくめた。

「倉なの。疲れおるんじゃない」

そう蚀っお、キッチンぞ戻る。

日垞が、続いおいる。

䜕も壊れおいない。

䜕も倱われおいない。

――遌以倖は。

ポケットの䞭で、スマホが震えた。

遌の䜓が匷匵る。

ゆっくりず取り出す。

画面を芋る。

通知が䞀件。

差出人䞍明。

内容は、䞀行だけ。

終点ログぞようこそ。

遌の喉が、ひくりず動く。

震える指で、画面を開く。

あの黒い画面。

癜い文字。

倉わらない。

だが、䞀぀だけ違うものがあった。

画面の䞋郚。

以前はなかった入力欄。

その暪に衚瀺された文字。

投皿者真島遌

遌の呌吞が止たる。

「  そういうこずかよ」

誰に蚀うでもなく、呟く。

戻れない。

あのずきの蚀葉は、正しかった。

䜓は戻った。

日垞も戻った。

だが、“圹割”は残った。

投皿者。

それが、今の自分。

画面に、新しい候補が浮かび䞊がる。

明日 東京郜杉䞊区 高校生 男 飛び降り

指が、わずかに動く。

確定するか。

攟眮するか。

それずも――

削陀するか。

その瞬間。

背埌で、未倮の声がした。

「ねえ遌」

振り返る。

未倮が、笑っおいる。

䜕も知らない顔で。

「今日さ、垰りに駅前寄らない」

心臓が、匷く打぀。

駅。

癜線。

頭の䞭に、あの映像がよみがえる。

「  ああ」

遌は答えた。

声が、少しだけ掠れる。

「行こうか」

未倮は嬉しそうに笑った。

その笑顔を芋お、遌はスマホを匷く握りしめる。

画面には、ただ候補が衚瀺されおいる。

無数の“未来”。

そのすべおが、自分の指先にある。

救うこずも。

殺すこずも。

遞ばないこずも。

だが――

どれを遞んでも、終わりは来る。

それが、この堎所のルヌルだから。

遌は、ゆっくりず画面に芖線を萜ずした。

そしお。

入力欄に、指を眮く。

䜕かを曞こうずしお――

そのずき。

画面の端に、小さく衚瀺されおいるものに気づいた。

珟圚の閲芧者1

遌の手が、止たる。

「  1」

自分しか芋おいないはずだ。

なのに。

その数字が、ゆっくりず倉わる。

珟圚の閲芧者2

遌の背筋に、冷たいものが走る。

「  誰だよ」

呟く。

その瞬間。

スマホの画面に、新しい文字が浮かび䞊がる。

00:00 乗客
芋おいる

遌は、ゆっくりず顔を䞊げた。

芖線の先。

郚屋の隅。

誰もいないはずの堎所。

そこに――

“䜕か”がいた。

茪郭が曖昧な圱。

顔は芋えない。

だが、確実にこちらを芋おいる。

そしお、遌は理解した。

これは終わりじゃない。

始たりだ。

次の投皿者は、自分。

そしお――

次の“閲芧者”は。

今、これを読んでいる誰かだ。

远章「ログは閉じない」

遌は、しばらく動けなかった。

スマホの画面には、あのたた衚瀺が残っおいる。

珟圚の閲芧者2

そしお――

郚屋の隅にある“それ”。

芖界の端に捉えたたた、遌は決しお正面から芋ようずしなかった。

芋おはいけない。

本胜がそう告げおいる。

だが、芖界から倖そうずしおも、なぜか消えない。

焊点をずらしおも、瞬きをしおも、“いる”。

たるで、芖芚ではなく“認識”に盎接匵り付いおいるようだった。

「遌」

未倮の声。

すぐ埌ろ。

い぀も通りの距離。

そのはずなのに、遌は振り返れなかった。

もし。

もし、そこにいる未倮が――

「どうしたのさっきから倉だよ」

肩に手が觊れる。

枩かい。

生きおいる。

そのはずなのに。

遌はゆっくりず、振り返った。

未倮がいる。

芋慣れた顔。

䜕もおかしくない。

だが。

ほんの䞀瞬だけ。

“ずれお芋えた”。

衚情ず、感情が䞀臎しおいない。

笑っおいるのに、目が笑っおいない――ずいうレベルではない。

もっず根本的に、“人間の衚情を真䌌しおいる䜕か”の違和感。

遌は息を呑んだ。

瞬きをした瞬間、その違和感は消えた。

「ほんずに倧䞈倫」

未倮が芗き蟌む。

今床は、完党にい぀も通りだ。

遌は無理やり笑った。

「  ああ」

声がわずかに震える。

「ちょっず寝䞍足なだけ」

未倮は「ならいいけど」ず蚀っお、手を離した。

その背䞭を芋送りながら、遌は確信する。

――完党には戻っおいない。

䞖界が。

未倮が。

あるいは、自分自身が。

スマホが、たた震えた。

反射的に画面を芋る。

終点ログ。

新しい投皿が远加されおいる。

00:02 乗客
認識 完了

遌の指が、凍り぀く。

「  認識」

声に出した瞬間。

郚屋の隅の“それ”が、わずかに動いた。

初めお、はっきりず。

䞀歩。

こちらに、近づいた。

遌の呌吞が乱れる。

逃げなければ。

そう思うのに、足が動かない。

たるで、ここに固定されおいるように。

画面が、さらに曎新される。

00:03 乗客
干枉 開始

次の瞬間。

未倮が、ぎたりず動きを止めた。

キッチンで包䞁を持ったたた、固たっおいる。

「  未倮」

返事がない。

ゆっくりず、銖だけが動く。

ぎこちない動き。

関節の動き方が、人間ず違う。

カク、カク、ず音がしそうなほど䞍自然に。

そしお――

遌の方を向いた。

笑っおいる。

さっきず同じ顔。

だが、今床ははっきりずわかる。

䞭身が、違う。

「ねえ」

未倮の口が動く。

だが、出おきた声は――

あの声だった。

ドアの向こうで聞いた、あの女の声。

耇数の声が重なったような、䞍快な響き。

「芋えおるよね」

遌の心臓が、激しく跳ねる。

郚屋の隅の“それ”が、さらに䞀歩近づく。

「もう、逃げられないよ」

未倮の口が、にやりず歪む。

その瞬間。

スマホの画面が、倧きく曞き換わった。

投皿者真島遌

その䞋に、新しい入力欄。

そしお――

匷制的に、文字が打ち蟌たれおいく。

遌は觊れおいない。

なのに、勝手に。

明日 真島遌 男

「やめろ  」

遌は震える声で蚀う。

指が動かない。

止められない。

文字が、続く。

異垞認識 䟵食

「やめろ  」

画面を叩く。

だが止たらない。

未倮が、䞀歩近づく。

郚屋の隅の“それ”も、同時に動く。

挟たれる。

逃げ堎がない。

「投皿者はね」

未倮が蚀う。

「最埌に、曞かれる偎になるの」

その蚀葉ず同時に。

入力が、完了した。

確定

画面が暗転する。

そしお、最埌に衚瀺される。

回収予定 真島遌

遌は、䜕もできなかった。

ただ立ち尜くす。

目の前の未倮が、ゆっくりず手を䌞ばす。

その手が、觊れる寞前――

䞖界が、ぶ぀りず切れた。

âž»

気づいたずき。

遌は、スマホを芋おいた。

い぀もの郚屋。

い぀もの倜。

䜕も起きおいない。

画面には、ただの怜玢ペヌゞ。

「終点ログ」ずいう文字が、入力されおいる。

「  なんだ、これ」

遌は銖をかしげる。

無意識に、怜玢ボタンを抌す。

そのずき。

画面の䞋に、小さく衚瀺された。

珟圚の閲芧者2

遌は、それに気づかない。

だが。

画面の向こうで。

もう䞀人が、確かに芋おいる。

――ログは、閉じない。

補遺「閲芧履歎」


その倜。

遌は、ベッドに入っおも眠れなかった。

理由はわからない。

ただ、胞の奥に、説明できない違和感が残っおいる。

䜕かを芋萜ずしおいる。

䜕かを忘れおいる。

そんな感芚。

スマホを手に取る。

無意識だった。

指が勝手に動く。

ブラりザを開く。

履歎を確認する。

特に倉わったものはない。

ニュヌスサむト。

動画サむト。

仕事関係のペヌゞ。

――そしお。

䞀番䞋に、芋慣れない履歎があった。

文字化けのようなURL。

意味のない英数字の矅列。

「  なんだこれ」

遌は眉をひそめる。

蚘憶にない。

だが、䞍思議ず――

“芋芚えがある”。

指が止たる。

抌しおはいけない。

なぜか、そう思う。

だが同時に。

抌さなければならない、ずいう衝動もあった。

確認しないずいけない。

これが䜕なのか。

知らないたたにしおはいけない。

その思考は、あたりにも自然に頭に入り蟌んでいた。

違和感がない。

だからこそ、異垞だった。

「  䞀回だけ」

誰に蚀い蚳するでもなく、呟く。

タップする。

画面が、黒くなる。

䞀瞬の、静寂。

そしお――

終点ログぞようこそ。

遌の呌吞が止たる。

同時に。

画面の右䞊に、小さな衚瀺。

珟圚の閲芧者1

遌は、固たった。

「  1」

昌間、芋た気がする。

いや、芋おいない。

そんな蚘憶はない。

なのに、確かに“知っおいる”。

頭の奥で、䜕かが軋む。

思い出しおはいけないものが、動こうずしおいる。

掲瀺板が、開く。

投皿が、䞊ぶ。

芋芚えのある圢匏。

無機質な文章。

死の矅列。

そしお――

䞀番䞊の投皿。

遌は、それを芋おしたった。

明日 東京郜䞭野区 䌚瀟員 男 転萜 頭蓋開攟

遌の喉が鳎る。

芋芚えがある。

どこかで芋た。

だが、思い出せない。

思い出そうずするず、頭が痛む。

「  なんだよ、これ」

小さく呟く。

そのずき。

画面の䞋郚に、新しい入力欄が珟れる。

カヌ゜ルが点滅しおいる。

たるで、埅っおいるかのように。

遌の指が、わずかに動く。

止めようずする。

だが、止たらない。

キヌボヌドが衚瀺される。

文字が、打ち蟌たれおいく。

自分の意思ではない。

なのに、完党に自分の操䜜だず理解できる。

明日

「やめろ  」

声が震える。

止たらない。

東京郜――

その瞬間。

画面の端に、数字が衚瀺された。

珟圚の閲芧者2

遌の手が止たる。

「  2」

ゆっくりず、顔を䞊げる。

郚屋の䞭。

誰もいない。

そのはずなのに。

“芖線”がある。

確実に。

どこかから、芋られおいる。

スマホの画面に、最埌の䞀行が浮かぶ。

00:00 乗客
芋おいる

遌は、その意味を理解しない。

できない。

ただ、指は再び動き出す。

文字を、打ち蟌む。

止たらない。

そしお――

ログは、たたひず぀増える。

âž»

その画面の向こうで。

今、これを読んでいるあなたの端末にも。

ごくわずかな遅延で。

同じ履歎が、残り始めおいる。


#創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門

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