言葉のオカルト 湯水のごとく
湯水のごとく。
モノ、時間、お金を、惜しみなく消費するときに使われます。
しかしよく考えると、水とお湯が無尽蔵にあるかのようなとんでもない言い回しです。
ではこの言葉が生まれた日本という地は、実際に「湯水」に満ちているのでしょうか。
言葉の出どころ 江戸という都市の豊かさ
「湯水のごとく」が文献に登場するのは江戸時代のこと。
近松門左衛門の『女殺油地獄』(1721年)には「大事の金銀を湯水の様に川遊び」という一節があります。

17世紀のロンドン・パリ・江戸は世界三大都市とされていましたが、上水道がもっとも発達していたのは江戸でした。
神田上水・玉川上水が整備され、130万人に水が行き渡る都市。
「水はあって当たり前」という感覚が、この言葉の土台にあります。
水だけでなく、湯もふんだんに使われていました。
江戸の町には銭湯(湯屋)が非常に多く、町ごとに何軒もあったと言われています。
水道で水が行き渡ったことに加え、燃料となる薪も江戸近郊から豊富に供給されていたため毎日大量の湯を沸かすことが可能でした。
江戸っ子は仕事前と仕事終わりの1日2回、湯屋に通うことも珍しくなかったといいます。
現代人でも毎日入浴する習慣を持つ人は少なくないですが、1日2回はかなりのもの。
さらに興味深いのが、江戸っ子は何度も湯屋に通うため肌が乾燥してしまい、それを「垢ぬけた」と粋がっていたという話です。
体に悪いほどの消費ぶりを、むしろ誇っているのが"粋"だったのでしょうか。
そして湯屋は、ただ体を洗う場所ではなかったようです。
二階に上がると別料金でお茶を飲んだりお菓子を食べたり、囲碁や将棋をさしながら会話を楽しめるスペースがあり、長居前提の構造になっていました。

一方で、江戸の町はもともと湿地を埋め立てた場所で、井戸を掘っても塩分の混じった水しか得られませんでした。
上水道が整備されるまでの期間、水は高価で貴重なものでした。
では上水道が整備された後の日本、そして現代の日本は、本当に『湯水のごとく』水を使える国なのでしょうか。
日本の水事情、本当に「水資源大国」なのか
日本の年平均降水量は約1,690mmで、世界平均(約810mm)の約2倍にあたります。
この数字だけを見ると「水に恵まれた国」というイメージが浮かびますが、実態はズレがあります。
国土が狭く人口密度が高いため、1人あたりの水資源量で見ると世界平均の約3分の1にとどまります。
国土交通省「日本の水資源の現況」によれば首都圏の一人当たり水資源量は年間849m³にとどまり、これは北アフリカや中東諸国と同程度の水準だとされています。
それにもかかわらず、1人あたりの水使用量は1日200リットル以上と、世界平均の約2倍に達しています。
降水量は多い、一人当たりにすると少ない、使う量は多い、というやや不安定な構造を抱えています。
量の課題はあれど、水質面では日本は際立った存在です。
川が短く急峻な地形のため地層のミネラルをほとんど含まない軟水が多く、水質基準の厳しさもWHO・米国EPA・EUと同等以上で世界最高水準とされています。

雑学 森と水
水によくつなげられる話で、森林の保水力があります。
日本は国土の約67%が森林に覆われており、先進国ではフィンランド、スウェーデンに次ぐ森林大国とされています。
しかし、この「67%」という数字が示すのは木が生えている面積であって、機能している森の面積ではない、という点には注意が必要です。
実際に水を蓄えているのは木そのものではなく、森林の土壌です。
樹木自体は根から水を吸い上げ葉から蒸散させるため、水の収支でいえばむしろ消費側に働きます。
さらに大雨の際には森林域からも雨水はほぼそのまま流出するため、治水はダムと森林の両方があってはじめて成り立っているのが実情です。

加えて、戦後に整備された人工林の多くは、その後手入れがされず放置されたまま荒廃が進んでいます。
「森林率67%」という数字の裏には、こうした機能不全の森も含まれているということです。
降水量の多さや森林率の高さといったものは、水の豊かさを保証してくれないという話でした。

温泉大国 文句なしの「世界一」
「湯」の方はどうでしょうか。
日本は源泉総数が約27,932本にのぼり(環境省「令和4年度温泉利用状況」調べ)、国内に湧く温泉の量そのものが圧倒的です。
さらに温泉地の数で見ても約2,900カ所にのぼり、世界でも類を見ない密度を誇ります。
温泉が湧出するには「地下の熱」「地下に染み込む水」「地表へ戻る経路(断層や地層の割れ目)」の3つがそろう必要があり、火山列島の日本はそれが高密度で揃っています。
熱水現象の数だけで見ると、世界で最も密集しているのはアメリカのイエローストーン国立公園です。
地球上に存在する温泉・間欠泉・泥水泉などの熱水現象のうち、約半分がこの一帯に集中しているとも言われています。
一方、単一の温泉地としての湧出量で世界トップクラスなのが別府温泉郷で、毎分約83,000リットルにのぼります。
イエローストーンは別府の70倍ほどの広さがあるため、人が実際に入浴できる温泉湧出量という条件で見れば別府が世界一です。
「湯水のごとく」という言葉がそのまま当てはまる光景が、そこにあります。

江戸の人々が感じた「あって当然」という実感は、少なくとも「湯」については今も続いています。
「水」については、思われているほど余裕はなさそうです。
それでも「湯水のごとく」が廃れないのは、そうであってほしいという願いが込められているからでしょう。

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