芋出し画像

䌏脈領域 南暺倪

人は郜合よく忘れ郜合よく蚘憶を曞き換え、郜合よく神を䜜る。

恐怖は信仰に倉わり、眪は隠される。

そうしお土地に残るはずだった事実は、郜合の良い物語ぞず曞き換えられおゆく。

だが、人ならざる者達は倉わらずあり続ける。

消された川筋、埋められた井戞、誰も觊れぬ祠。

そこには郜合よく䜜られた神たちが、信仰をなくしおもなお存圚する。

私はそういったものを蚘録しおいる。忘れ去られゆく者たちを。

先生――柳田國男のように。




分からない、ずいう䟝頌

支揎者から暺倪からふずの話を聞かされた時、私は少し戞惑った。

これたでの䟝頌には、必ず糞口があった。

支揎者は、それなりの情報を掎んでから䟝頌しおきおいるのだろう。土地の名ず共に、小さな違和感を瀺しおくれた。

だが今床は違った。

「暺倪ずいう地は、私もよく知らないのです」

支揎者はそう蚀っお、珍しく蚀葉を遞んでいた。

「あそこは新しい土地ですから。内地の物語が、ただ行き枡っおいない」

「䜕も無いずいうこずですか」

「いえ」

支揎者は少し笑った。

「䜕も無い、ずいうのずも違う気がするのです。䜕かが圚るのに、誰もそれを名付けおいない。そういう気配がする」

それきり、支揎者は具䜓的なこずを䜕も蚀わなかった。

「今回は浅くでいいので、広く芋おきおいただけたすか。䞭心地の豊原ずよはらだけでなく」

なんずたあ、頌りない䟝頌だ。

「調査のための調査、ずでも蚀いたしょうか。珟状では、䜕を芋たらいいのかはっきりしない。取っ掛かりが欲しいのです」

孊者ずしおは、目的のない調査ほど苊しいものはない。

䜕を探せばいいのか分からないたた土地を歩くのは、糞の切れた凧を远うに等しい。

それでも私はその頌りなさに、劙に匕かれるものを感じおいた。

私が今たで芋おきたのは、䞊曞きの䞋にわずかに残った叀い声。

暺倪は、ただその䞊曞きが終わっおいないのではないか。

あそこは日本になったばかり。物語が固たる前の、柔らかい土地。

そんな堎所に立ち䌚える者は、滅倚にない。これは、今たでずは違う仕事になる。

私は皚内行きの汜車を予玄した。



皚泊ちはく航路

皚内駅で連絡船の乗船刞を求めた。䞉等で二円五十銭。所芁はおよそ八時間だずいう。内地の物䟡からすれば、砎栌に安い。

劙に思っお尋ねるず、駅員は「これは鉄道省が盎営する連絡船ですから」ず答えた。

桟橋に係留されおいたのは、亜庭あにわ䞞ずいう名の船だった。砕氷船ずいう船皮を、盎接芋るのは初めおだ。

宗谷海峡は冬になるず流氷で閉ざされるため、これほど倧柄な船䜓を囜費で造ったらしい。

普通の連絡船ずは、喫氎の圢が違う。

甲板に出るず、颚が急に冷たくなった。海は灰色で、船腹に波が圓たっおいた。

流氷の季節に来おみたいような、ちょっず怖いような。䜕ずも蚀えない気持ちになった。

興味はあるが、きっずそれは私の想像を絶する環境だろう。

同じ船に乗っおいた男が、私の隣で煙草を吞いながら蚀った。

「暺倪は初めおですか」

「ええ」

「隅々たでずはいきたせんが、栄えおいる堎所は内地ず倉わりたせんよ」

男は開拓地の圹人らしい。

「この船も、立掟なものでしょう。冬になれば、氷を割っお進むのです。内地では、たずこんな船は芁りたせんからね」

誇らしげな口ぶり。

砕氷船があるずいうこずが、この男にずっお「内地に劣らない」こずの蚌であるらしい。

私は黙っお聞いおいた。この亜庭䞞が、ある皮の誇りか。

こういった感情が育っおいっお、やがお郷土心になっおいくのだろうか。そうしお、暺倪を故郷ずする人間が増えおいく。

面癜い。しかし、内地ずの比范に瞛られおいるようにも芋える。

垝郜のあれやこれが遂に我が街にも。などず曞き立おる地方の新聞を想起した。䜕かに察しお肩を䞊べた、远い越した。だから自信が持おる。

暺倪以倖でも、どこでも芋られる珟象。開始地点が違うだけで、人の心の動きに特殊さはない。

考えおみれば、新倩地に移る皋床で人が倉貌するのもおかしな話だ。倱望よりも、安心が倧きい。

悪くはない。奜い具合に、過床な期埅を削ぎ萜された気がする。

甲板の向こうに、薄く陞圱が芋え始めた。



倧泊おおどたり

船が倧泊枯に着いたのは、昌を少し過ぎた頃だった。

甲板から芋る枯は、思ったより倧きい。蒞気船が䜕隻も䞊び、荷揚げの音ず人の声が絶え間なく響いおいた。

埠頭に降りるず、朮の匂いに混じっお煀の匂いがした。倉庫が建ち䞊び、貚車が線路の䞊で䜕床も切り替えられおいる。

圹人の男は、汜船を降りるなり「これでも昔より萜ち着いたものですよ」ず蚀った。

「昔は、もっず賑わっおいたのですか」

「ええ。十幎ほど前は、暺倪䞀の町でしたから」

そう蚀っお、男は少し懐かしむような顔をした。

「今はもう、豊原に远い越されたしたがね」

それだけ蚀っお、男は迎えの銬車ぞ歩いおいった。私には䌚釈だけを残しお。

私は䞀人、駅前の通りをしばらく歩いた。今だっお、十分賑わっおいる。想像以䞊だ。

だが、どこか軒先の塗装が叀い。新しい看板の隙間に、塗り盎されおいない朚の壁が芋えるこずがあった。

ふず、この土地の名前のこずを考えた。

倧泊、ずいう名に定たったのは、日露の戊圹から数えお䞉幎ほど埌のこずだ。

それたでの間、この枯には定たった名がなかった。

パッコトマリ、ポロアントマリ。

和人が圓お字で呌び分けおいた二぀の地名が、しばらく䞊び立っおいたのだずいう。

統䞀されるたでの数幎、この土地は名を決めかねおいたこずになる。

それ以前、ここにはたた別の名があった。ロシアの統治が続いおいた時期の名で、この湟を芋䞋ろす堎所には流刑の民を収容する斜蚭があったずいう。

今の地図にその名は残っおいない。

さらに遡れば、この地にはクシュンコタンずいう名があった。アむヌの蚀葉で、察岞にある村ずいう意味だずいう。

束前藩の頃から、この地には運䞊小屋が眮かれ和人ずの亀易が行われおいた。

クシュンコタン。監獄のあった時代の名。名を持たなかった数幎。倧泊。

少なくずも四床、この土地の名は曞き換えられおいる。

か぀おあった暺倪庁も、既にここにはない。行政の䞭心は豊原ぞ移り、この街は足がかりずいう圹目を果たし終えた。

それでも、枯の重芁性は倉わらない。

この亜庭湟は、倩然の良枯ず聞いおいる。倧きな防波堀を䜜らずずも、そのたた䜿える凪いだ海だず。

駅の近くで、荷車を匕く老人に道を尋ねた。

「亜庭神瀟はどちらでしょう」

老人は顔も䞊げずに、坂の方を指した。

「あっちです。あすこは、昔からの瀟の䞊に建おたっおいう話ですがね」

「昔からの瀟、ですか」

「詳しいこたぁ、知りたせんが」

老人はそう蚀うず、そのたた荷車を匕いお行っおしたった。

その「昔からの」が䜕を指しおいるのか、この時点では刀別が぀かなかった。



亜庭神瀟


この瀟には䞀床だけ、内地の新聞に茉るほどの賑わいを芋せた日がある。

昭和二幎、砕氷船亜庭䞞が就航したずきのこずだ。

私が倧泊で乗ったあの船が、初めおこの枯に入った日。町は号砲ず花火でそれを迎えたずいう。

埠頭のはしけは満船食を斜され船内にはこの亜庭神瀟の分霊が移されお、盛倧な遷座匏が執り行われた。

぀たり私は知らぬたた、この瀟の分霊ず同じ船に乗っお海を枡っおきたこずになる。

あの日だけは、この瀟は暺倪䞭の目を集めおいたのだ。今は、参道に人圱は芋えない。

坂を䞊るず、急に静かになった。

枯の喧隒が遠ざかり、代わりに杉の匂いがしおきた。鳥居は新しい。

朚材の色がただ癜く、内地の瀟にあるような颚栌はただない。

境内の案内板には開拓に功のあった神々を祀る、ずいう皋床のこずしか曞かれおいなかった。

参道は短く、瀟殿もさほど倧きくはない。それでも、地面の据わり方が劙に叀めかしく感じた。

瀟殿の基瀎郚分に、灰色の石が䜿われおいる。新しく切り出した石ではない。

角が䞞く、衚面が長い幎月で湿っお光っおいた。瀟殿の朚材がただ新しい癜さを持っおいるのず、奇劙な察比だった。

䞊に乗るものず䞋に据えられるものずが、幎代を違えおいる。

私はしばらく、その石組みを芋おいた。

箒を持った老人が裏手から出おきた。神職ではなく、掃陀のために雇われおいる者らしかった。

「ここの瀟殿は、い぀頃のものですか」

そう尋ねるず、老人は箒を止めお考え蟌んだ。

「さあなあ  わしが来た時には、もう建っずりたしたけえ」

「基瀎の石は、瀟殿より叀いように芋えたすが」

老人は、私が指した方をちらりず芋た。

「䜕かご存知ですか」

老人はしばらく石組みを芋぀めた。

「知っずる者は、おらんでしょうな」

「由緒を知る方は誰も」

「  昔は、おった」

そこたで蚀うず、老人は口を閉じた。

「先生」

私が埅っおいるず、老人は声を朜めた。

「䞀぀だけ」

「昔は、そこぞ䟛え物を眮く人がおりたした」

「どこぞ」

老人は裏の名もない祠を指した。

「神瀟が建っおからも、しばらくは」

「䜕を䟛えたのです」

「魚です」

老人は、それだけ蚀うず螵を返した。

忘れ去られた信仰、か。”取っ掛かり”が早くも芋぀かった。



豊原

豊原に着いたのは、翌日の昌前。あからさたな掻気があった。

駅前から䌞びる倧通りは暺倪䞀の目抜き通りだず聞いおはいたが、立掟なものだ。

幅は内地の県庁所圚地に劣らない。道端には街灯が芏則正しく立぀。

煉瓊造りの北海道拓殖銀行の支店が角に建ち、その向かいには掋颚の看板を掲げた呉服店が軒を連ねおいる。

この町が垂制を敷いたのは、ほんの数幎前のこず。それたで日本最北の垂は、旭川だった。

それがkm以䞊北䞊し、この豊原が最北の垂ずなった。

十幎ほど前には二䞇人あたりだった人口が、今では四䞇に迫ろうずしおいる。

呉服店の䞀぀を芗くず、ガラス窓の䞭に内地から運ばれたばかりらしい着物が䞊んでいた。

少し先に、四坪半ほどの小さな店が新しく構えられおいた。県鏡店だずいう。

道行く人々の話し蚀葉も、内地の方蚀が入り混じっおいる。

公園のそばを通るず、競銬堎の方から歓声が聞こえた。旗が立ち䞊び、人々が列をなしお賭け札を求めおいた。

競銬堎の客に話しかけおみた。

「ここたで来るず、内地ず倉わらないでしょう」

そう蚀っお笑った。

”内地ず倉わらない”。皆が同じ蚀葉で、この暺倪を誇っおいた。

私は、その倉わらなさは誰かの意図によっお䜜られたように芋えおいた。

内地ず倉わらない街䞊み。暮らし。嚯楜。そしお神たでもが、内地から運び蟌たれたもの。

その移し替えの速さず䞁寧さには、感心ず共にどこか萜ち着かないものを感じる。

暺倪が日本になっおから、十数幎あたりしか経っおいないずいうのに。

これならば、か぀おあったものを芆い隠すこずは難しくはなさそうだ。



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