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安心できる場所を知らずに生きてきた

はじめに

「私も同じです。」

noteを始めて間もない頃、ある方からいただいたコメントに、そんな一言が書かれていた。

それは励ましの言葉でも、何かを教えてくれる言葉でもなかった。

ただ、そっと隣に座って、「一人じゃないですよ」と手を重ねてくれるような温かさがあった。

私は、その一言がこんなにも嬉しいものだとは知らなかった。

振り返れば、私はずっと「安心できる場所」を知らずに生きてきたように思う。

人が嫌いだったわけではない。

むしろ、人と心を通わせたい気持ちは、ずっとあった。

でも、その距離の縮め方が分からなかった。

近づきすぎてもいけない気がして、離れすぎても寂しい。

自然に人と関わるということが、私にはとても難しかった。

少し心を開いてみては、怖くなって閉じる。

また少し開いては、閉じる。

そんなことを、気づけば何十年も繰り返してきた。

だから、見ず知らずの誰かが「私も同じです」と言ってくれたことは、私にとって小さな出来事ではなかった。

世界が変わったわけではない。

変わり始めたのは、きっと私の心だった。

心を閉ざしたまま見ていた世界と、少しだけ心を開いて見た世界は、同じ世界とは思えないほど違って見えた。

この一か月、私はその変化に何度も驚き、戸惑い、そして救われてきた。

これは、安心できる場所を知らずに生きてきた私が、初めて世界を少しだけ信じられるようになるまでの、小さな足跡である。

安心できる場所を知らなかった



思えば、新しい環境は、いつも苦手だった。

特に、学生の頃のクラス替えは今でもよく覚えている。

始業式の日、教室に入ると、みんな同じ条件のはずなのに、不思議なくらいあっという間に仲のいいグループができていく。

数十分も経たないうちに、お昼には机を寄せ合って楽しそうに話している。

私は、その輪の外で、その光景を眺めていることが多かった。

どうしてみんな、そんなに自然に人と話せるのだろう。

何をきっかけに声をかければいいのか。
どのくらい近づけばいいのか。

私には、それが分からなかった。

気づけば一歩遅れ、その一歩が埋められないまま時間だけが過ぎていく。

何となく同じように一人になった人と一緒にいることもあれば、グループの近くに机を寄せて、そこにいるようないないような気持ちでお昼を食べたこともあった。

細かな記憶はもう曖昧だけれど、「いつも乗り遅れていた」という感覚だけは、今もはっきり残っている。

社会に出てからも、その感覚はあまり変わらなかった。

人は驚くほど自然に距離を縮めていく。

私はその輪の外で立ち止まり、「どうすれば自然に人と関われるのだろう」と思いながら、大人になった。

「ありのままでいればいい」という言葉をたまに聞く。

幸いなのか、不器用なのか、私は昔から、ありのままの自分でいるしかなかった。

だから学校でも職場でも、どこか異物のように浮いていたのだと思う。

それでも、そんな私を受け入れてくれる人たちがいた。

長く一緒にいるうちに、自然に話しかけてくれる人もいた。

今思えば、本当にありがたいことだったと思う。

でも、当時の私は素直にそう思えなかった。
先に浮かぶのは、「ありがとう」ではなく、「申し訳ない」という気持ちだった。

合わせてもらっているのではないか。

気を遣わせてしまっているのではないか。

周りに迷惑をかけているのではないか。

そんなことばかり考えてしまい、人の優しさを、そのまま受け取ることができなかった。

周りの人は、思っていたよりずっと優しかったのかもしれない。

でも私は、その優しさを信じるより先に、自分を責めてしまっていた。

今思えば、その頃の私は、「安心する」ということを知らなかったのだと思う。

世界は怖い場所なのだと思っていた


「どうして私は、安心するということを知らなかったのだろう」

そんなことを考えるようになってから、子どもの頃の記憶を少しずつ思い出すようになった。

不思議なことに、思い出されるのは特別な出来事ではなくて、ほんの小さな出来事ばかりだ。

小学校に入って間もない頃だったと思う。
ある日、一人ひとりに消しゴムが配られた。

先生からだったのか、お土産だったのか、詳しいことはもう覚えていない。

でも、私の手に渡ったその消しゴムが、とても特別なものに思えたことだけは覚えている。

「これは私のために来てくれたもの。」

そんな気持ちで、大事に眺めていた。

ところが、その直後だった。
クラスで発言力のあった男の子が、「それ、こっちがいい」と言って、私の消しゴムを持っていってしまった。

返してほしいと言っても、

「こっちが欲しいから。」

その一言で終わった。

代わりの消しゴムを渡されたけれど、私の消しゴムは戻ってこなかった。

当時の私は、何が一番悲しかったのか、ずっと分からなかった。

でも今なら少し分かる気がする。

消しゴムを失ったことよりも、

「そんなことがあってもいい」と思っている人がいること。

そのことに驚いたのだ。

私にとって当たり前だったことは、その子にとっては当たり前ではなくて。

そして、その違いは、その子一人だけのものではなく、その子が育ってきた世界そのものなのだと、幼い私は感じ取っていたのかもしれない。

それからも、似たようなことは何度もあった。

大切にしていた国語辞典を貸したら、ページの端に鉛筆で「あいうえお」が書き込まれて返ってきた。

大好きだった本を貸したら、そのまま戻ってこなかった。

最初は、たまたまだと思っていた。

でも、同じようなことが重なるうちに、少しずつ思うようになった。

「私が大切だと思っているものは、他の人にとっては、そうではないのかもしれない。」

それ以来、私は、人に物を貸すときは「なくなってもいいもの」しか貸さなくなった。

子どもながらに、自分を守る方法を覚えていったのだと思う。

今思えば、それは消しゴムや本の話ではなかった。

人それぞれ、大切にしているものが違う。

見ている世界も違う。

その違いを、私は幼い頃から何度も感じることになった。

そして中学生の頃に経験した、いじめ。

助けてくれた先生もいて、その時間は決して長くはなかったけれど、「世界は突然、自分に牙を向くことがある」という感覚だけは深く残った。

そして少しずつ、
「世界は安心できる場所ではない。」

そんな思いが、自分の中に積み重なっていったのだと思う。

今思えば、私が世界を怖い場所だと思うようになった理由は、学校だけではなかった。

外で感じた緊張や戸惑いは、家に帰れば消えるものではなかった。
でも、そのことは、今の私にはまだうまく言葉にできない。

だから今回は、その先を書くことはやめておこうと思う。

書けないということも、今の私にとっては一つの事実だから。

変わりたかった。でも、変われなかった。

大人になってからの私は、「変わりたい」と思い続けていた。

もっと楽に生きられるようになりたい。

人を怖がらずに話せるようになりたい。

安心して、この世界に立っていたい。

そんな思いから、本を読んだ。
心理学、自己啓発、スピリチュアル。

「これなら変われるかもしれない。」

そう思って読み進めるたびに、その瞬間は心が軽くなった。

なるほど、そういうことだったのか!
と、そう思う。

でも、数日経つと、また元の自分に戻ってしまう。

頭では理解できる。
でも、心がついてこない。

その繰り返しだった。

瞑想にも挑戦した。

続けることはできなかったけれど、一度だけ忘れられない体験をしたことがある。

ほんの短い時間だった。

それなのに、不思議なくらい安心していた。

何も守らなくていい。
何も怖がらなくていい。

ただそこにいるだけで満たされているような感覚だった。

「ああ、こういう世界があるんだ。」

そのとき初めて知った。

でも、その感覚も長くは続かなかった。

また、すぐにいつもの私に戻ってしまう。

ワークにも取り組んだ。

「手放せば変われる。」
「受け取るためには、まず差し出すこと。」

そんな言葉にも何度も出会った。

どれも、その通りなのだと思った。

でも、私には難しかった。

世の中には、たくさんの講座やセミナーがある。

どれも決して安い金額ではない。

私は、高額なお金を払えない自分を責めた。

変わりたいと言いながら、その覚悟すら持てない。
本気ではないのだ、と。

「対価を払わずに変わろうなんて、甘えている。」

そんなふうに、自分を責め続けていた。
また、そうまでしないと変われない自分というものを、恥じていた。

だから、いつしか諦めるようになった。

私はきっと、このままなのだろう。
心を閉ざしたまま、この世界を眺めながら生きていくしかないのだろう、と。

もちろん、心が動く瞬間がなかったわけではない。

美しい景色に息をのんだり、一冊の本に励まされたり、誰かの言葉に胸が熱くなったり。

そんな時間は、確かにあった。

でも、それはいつも長くは続かなかった。

少しだけ心の扉が開いても、気づけばまた静かに閉じてしまう。

閉じている方が安全だった。
傷つかずにすむ。

だから私は、知らず知らずのうちに、心を閉ざしたまま世界を見ることが当たり前になっていた。

それでも、心のどこかでは、諦め切れていなかったのかもしれない。

「いつか、心を開いて、安心して生きられる日が来るのではないか。」

そんな小さな願いだけは、消えずに残っていた。

私は変わりたかったのではない。

本当は、安心して生きたかっただけなのかもしれない。

小さな奇跡

台風の日にnoteを始めたけれど、当初、誰かに読んでもらえるとも思っていなかった。
自分の思っていることを書いてみよう、それくらいの気持ちだった。

でも、書き始めてからの日々は、私が想像していたものとはまったく違っていた。

記事を読んでくださる方がいて、コメントをくださる方がいる。

私も気になった記事を読んでコメントを書き、その返信をいただく。

また別の記事を読んでは、心が動く。

そんな小さなやり取りを重ねるうちに、これまで私があまり出会ったことのない空気を感じた。

正しさを競うのではなく、

誰かを変えようとするのでもなく、

お互いの気持ちを持ち寄るような交流があった。

自分と似たことで悩み、自分自身と向き合いながら生きている人たちが、こんなにもいることを初めて知った。

私は、少しずつ安心していった。

恐る恐る開いた心は、否定されることなく、静かに受け止められた。

だからまた、少しだけ開いてみようと思えた。

これまでの私なら、本を読んでも、美しい景色に心を動かされても、その感覚は数日もすれば元に戻っていた。

だから今回も、きっと同じだろうと思っていた。

でも一か月たった今も、心は半分ほど開いたまま、この世界を見つめている。

そのことが、私には小さな奇跡のように思えてならなかった。

世界は変わっていなかった。変わったのは、私だった。


この一か月で、現実が大きく変わったわけではない。

仕事は相変わらずで、家族のことも、自分自身の課題も、まだ目の前にある。

取り組まなければならないことは山ほどあって、道のりは決して短くはない。

だから、「幸せになりました」と言えるわけじゃない。

でも、一つだけ確かに変わったもの。

それは、この世界の見え方だった。

安心できる場所を知らずに生きてきた私は、ずっと世界を脅威として見ていた。

傷つかないように。

期待しすぎないように。

心を閉ざすことが、自分を守る方法だった。

でも今は、その扉が半分ほど開いたままになっている。

全部ではない。

きっと、これからも怖くなる日はある。

疲れてしまう日もあるだろう。

また心を閉じてしまうことも、きっとある。

それでも、一度知った景色は、もう知らなかった頃には戻れないような気がしている。

過去を思い出すことは、正直とても苦しい。

書きながら手が止まる日もある。

思い出したくない記憶も、まだたくさんある。

家のことも、そのすべてを今はまだ書けない。

でも、それでいいのだと思う。

これまで私は、自分の心を置き去りにしたまま生きてきた。

だから今は、急いで前へ進むよりも、置いてきてしまった心を、一つひとつ迎えに行く時間なのかもしれない。

これからも、日々感じたことや、考えたことを書いていくのだと思う。

今はまだ、過去を振り返る話が多い。
けれど、いつか少しずつ違う景色も書けるようになれたら嬉しい。

そんな日が来ることを、自分でも楽しみにしている。

変わることはないと思っていた私が、こんな日を迎えるなんて思ってもいなかった。

生きていると、本当に予想もしないことが起こる。

人生は、気づかない小さな奇跡の数々がちりばめられているのかもしれない。

今日も心は、半分ほど開いたまま、この世界を見つめている。

そのことが、今の私には何よりも嬉しい。

おわりに

書き終わったあと、「ああ、私はこんなふうに感じていたんだ」と、自分でも初めて気づくことが何度もあった。

きっと、この文章を書かなければ、気づけなかったことばかりだ。

これからも、焦らず、自分の歩幅で。
少しずつ前へ進んでいけたらと思う。

安心とは、どこか特別な場所のことではなかった。

心を開いたままでいられる時間のことだったのかもしれない。

私がnoteを通して受け取った温かさが、今度は誰かへ、ほんの少しでも渡っていく。

そんな小さな循環が生まれたら、それ以上のことはない。

ありがとう!


冷たい風が通り抜ける街
どこへ向かえばいいのだろう
誰もいない影を探しても
帰る場所なんて知らなかった…

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