掌編小説「芽」
名もない小さな村。
何十年も、何百年も前から「発展」を知らず、
変わらない時間が過ぎていく。
村の生命線は「作物」。
何年かに一度、災害が起こる。
ある時は水害、
ある時は干ばつ、
地震、冷害、虫害、植物病……。
人々はそのたびに「神の怒りに触れた」と騒ぎ、
神を称え、祭った。
初めは、なんでもなかった。
綺麗な水。
新鮮な果物。
それが、災害が起こるたびに、
「足りない」
「足りない」
と、命あるものに移っていった。
次は、動物だった。
鶏、一羽から五羽に増えた。
さらに大きな命が必要だと、誰かが言った。
豚を捧げた。
足りない。
牛。
そして、馬。
馬は貴重だ。
誰かが言った。
生き血ならどうだろう。
働き手が不足するようになった。
赤ん坊になった。
おかしい。
赤ん坊なら、痛いと言わない。
怖いとも、
やめてとも。
みんな「仕方のないことだ」と言った。
唯一、母親だけ。
泣いた。
ただ、それは、
なぜ私の子だけ?
道連れにすればいいじゃない。
と、
ものでも扱うかのように。
皆、おかしくなっていた。
災害は、また起こる。
じゃあ、次は?
******
ここがどこなのか、見当もつかない。
ただ、村の範囲には入っているんだろう。
それでなければ、意味がない。
ここまで目隠しで連れてこられた。
道を覚えてしまっては、帰れてしまう。
大人何人かに担がれ、
その間、手も足も縛られていたから、あちこちが痛い。
今は、私だけ。
目に映るのは、洞窟の入り口と、生い茂った草木だけ。
足を見る。
靴は履いている。
怪我は、大したことない。
(歩ける)
私は先週、10歳になったばかりだ。
みんな、子どもを産まなくなってしまった。
一番若かった。
ただそれだけ。
もうずっと雨が降っていない。
川が干上がり、
作物が駄目になった。
村の人は、いつもの通り「神」の名を出した。
そして、
「私」を差し出した。
贄だ。
おとなしく贄になるつもりはない。
村には帰らない。
食べてはいけない草と、茸の判別はつく。
大丈夫。
生きていける。
いや。
ここで死ななければ、それでよかった。
村のために死んでやるつもりはない。
踵を返し、
さぁ、どこに行こうか。
と、はじめの一歩を踏み出したときだった。
足に何かが絡まり、
転んだ。
とっさに手をついた。
擦りむき、血が出た。
真っ赤な血。
まだ生きていることを実感する。
足元に視線をやる。
紫色の何かが巻き付いている。
「蛇?」
足を伝い、膝まで登ってくる。
「贄が逃げてどうする」
やたら高い声がした。
まわりを見渡す。
私と、この紫の蛇しかいない。
「今しゃべったの、あなた?」
聞いてみる。
「いかにも?」
村の人の中にも、鳥や豚に話しかけている人がいた。
これから殺す家畜に対して。
淡々と、独り言のように。
正直、気が狂っていると思っていた。
「私も気が狂ったのかな」
ぽそりとつぶやくと、蛇が言った。
「神はしゃべれる」
自分を神と言う蛇は、
神話に出てくる八岐大蛇や、他の神々のような偉大さはまったくなく、
掴んで投げれば終わり。
といった弱さしか感じられない。
「……」
「?神だが?」
また言った。
とりあえず聞いてみた。
「その神様が何をしてるの?」
「贄が逃げそうだったからな」
私をちゃんと「贄」として認識しているらしい。
「食べるの?」
こんな小さな蛇だ。
食べきるのに何年もかかりそうだな。
嫌だな。
と思いながら、一応聞いてみた。
「食うわけなかろう。何と恐ろしいことを」
化け物を見るような、心から軽蔑するような声を出す。
先ほどの高い声が嘘のようだ。
「だって、今までも贄はあったでしょ?」
「我は食べん。どこぞの狼は食っていたがな。気持ち悪い奴らだ」
今まで贄にされてきた赤ん坊を哀れに思った。
獣に食べられていたなんて。
そんなの、
ほんとう、浮かばれないな。
胸が痛くなった。
「じゃあ、逃がしてくれる?」
「馬鹿を言え、お前は贄だろうが」
腕に巻きつく。
先ほどより力が強い。
ただ、全然痛くない。
「食べないんでしょ?何のために?」
「一緒に生きる。お前が死ぬまで」
淡々と答える。
「それだけ?」
「それだけだ」
「何のために?」
もう一度同じことを聞くと、蛇はうんざりした顔をした。
私と生きて、私が死んだら土に還すらしい。
「あと60年は生きるかも。私、まだ10歳だし」
蛇は満足そうな顔をする。
それでいい、と。
その間、
好きなことをして、
たまに信仰してくれれば、それでいいと言った。
大昔は、頭が八つに分かれていたらしい。
人の信仰が減るたびに、頭が減り、体も小さくなって、こうなった。
「何か自分で捕まえて食べればいいのに」
と言ったら、
神は、命は食べない。
信仰を食べる。
と言った。
人は変わった。
いつの間にか、畏敬が畏怖に変わり、
神聖なものから、恐ろしいものを寄こすようになった、と。
蛇は私の首元まで這い上がってくる。
尻尾を、首に巻き付ける。
「絞め殺す?」
そう聞くと、
「寒かろう」
と一言。
確かに寒かった。
息が白い。
首巻みたいだ。
時折尻尾が動いて、くすぐったい。
「信仰すれば、災害もなくなる?」
そう聞いたら、蛇は「馬鹿を言え」と言った。
「そんなの無理だ。自然には勝てん」
とのことらしい。
「ただ」
「ただ?」
「すこしだけ、大きくなる」
先ほどより、尻尾が大きく動く。
「信仰の仕方なんて、わからないよ」
蛇は首を伸ばし、顔を寄せる。
視線があう。
「一緒に生きれば、それでよい、よい。」
そんなものかなぁ、と思いながら、
とりあえず、
どこに行こうか。
と、小さな神に相談した。
行先はまだ、未定だ。
