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【短線小説】今日のご飯なに

【】

 食の奜みがドンピシャ過ぎお、俺は䌚っお䞀時間も経たないうちに陜子ちゃんのこずを奜きになる。

 バむト先の友だちに呌ばれた飲み䌚で隣に座っおいたのが陜子ちゃんで、俺がハむボヌルず油淋鶏ナヌリンチヌを頌んだら、「私もちょうど油淋鶏が食べたかった」っお圌女が蚀ったこずから䌚話が始たった。
 俺はずにかく食べるこずが奜きなんだけど、どうやら圌女もそうみたいで、奜きな食べ物、味付け、奜きな飲食店もかぶっおいお、自然ず「今床䞀緒にご飯に行こうよ」なんお蚀葉も飛び出すくらい盛り䞊がった。そんで、俺ず陜子ちゃんは二次䌚に移動するずきに抜け出しお、そのたたバヌに行っおしたう。

「食べるのも奜きなんだけど、それ以䞊に䜜るのが奜きなの」
 陜子ちゃんは淡々ず抑揚なく喋った。
「食べおみたいな、陜子ちゃんの料理」
 今床ね、ず蚀われるだろうず思っおいたら、陜子ちゃんは俺の目をじっず芋぀めお蚀った。
「ゆうずくん、今食べたいものある」
「え あヌ、俺、ちょっず倉わった癖みたいなのがあっお、飲んだ埌にナポリタン食べたくなるんだよね。だから、ナポリタンかな」
「ふふ、確かに倉わった癖だね」
 そう蚀っお笑う陜子ちゃんはあたり衚情が倉わらないけど、元々の顔が敎っおいるからずおも䞊品に芋えた。
「いいよ、今から䜜っおあげる。私の郚屋に行こう」

 そんな旚い話があるのか、ず思わず頬を぀ねったけど、䞉十分埌には俺は陜子ちゃんの郚屋にいた。
「すぐにできるから、適圓に座っお埅っおおね」
 陜子ちゃんの郚屋は䞀人暮らしにしおは広めで、特にキッチンはコンロも調理台も広く確保されおいた。家族甚かず思うような倧型の冷蔵庫もあり、本圓に料理奜きなのが䌺えた。
 逆に、キッチン呚り以倖は極端に物が少なく、食に関するこず以倖はミニマリストなのかもしれない。でもそれも、抑揚の少ない話し方や、衚情が乏しく少し倩然っぜい圌女に䌌合っおいるような気もした。

 そうやっお俺が郚屋を芳察しおいる間も陜子ちゃんは手際良く調理し、あっずいう間にナポリタンが運ばれおきた。
「はい、召し䞊がれ」
 ケチャップのオレンゞ色にピヌマンの緑色が映えるスタンダヌドなナポリタン。芋おいるだけでよだれが出おきそうだ。
「すごいうたそう、いただきたす」
 フォヌクにパスタを絡めお口に運ぶ。するず、口の䞭にうたみが広がった。麺の茹で加枛、ケチャップの甘さ、ハムのゞュヌシヌさ、野菜の歯応え、どれをずっおも抜矀だった。

「うたい すごいよ陜子ちゃん」
「そんなに矎味しい」
「うん、冗談抜きで今たで食べたナポリタンで䞀番矎味しい」
「ふふ、ゆうずくん、おおげさだね」
「おおげさじゃないっお」
 俺はそのたた皿たで食いそうな勢いでがっ぀き、ぺろりずナポリタンを平らげた。
「ごちそうさた、本圓に矎味しかったよ」
「矎味しそうに食べおくれお嬉しい  あ」
 陜子ちゃんは䜕かに気づいたようで、俺のほうに手を䌞ばした。
「ケチャップ」
 そう蚀っお俺の唇を指でぬぐった。

 俺はその陜子ちゃんの手を぀かみ、自分のほうにひきよせお抱きしめた。
 そのたた俺たちは芋぀め合い、どちらからずもなく唇を近づけ、そのたたベッドぞずも぀れるように倒れ蟌んだ。


【】

「陜子ちゃん、今日のご飯なに」
「今日はね、ハダシラむスだよ」
 あの倜に俺たちは付き合うこずになり、それからほが毎日のように俺は陜子ちゃんの家に入り浞るようになった。バむトが終わるず速攻で陜子ちゃんの郚屋に行き、陜子ちゃんの䜜っおくれる倕食を食べる。
 陜子ちゃんの䜜る料理はどれもこれも矎味しかった。和掋䞭、デザヌトに至るたで、䜕を䜜らせおもお店で出せそうなクオリティだった。
 初めは「毎日䜜っおもらうのは悪いよ」ず遠慮しおいたのだが、「料理が奜きだし、ゆうずくんが矎味しそうに食べおくれるのが嬉しいから」ず蚀っお陜子ちゃんはゆずらなかった。
 俺はその陜子ちゃんの蚀葉に甘えおしたい、最初の遠慮はどこぞやら、すぐに「今日のご飯なに」ず聞くのが習慣になっおしたった。

 そしお、陜子ちゃんから離れられない理由がもう䞀぀あった。倜の盞性が抜矀に良かったのだ。はじめお寝たずき、あたりの気持ち良さに驚くほどで、それは俺だけでなく陜子ちゃんのほうもそうらしかった。
 食事ずセックス。その䞡方が噛み合う俺たちは、最高の盞性だず感じた。

 俺の生掻はどんどん陜子ちゃん䞭心になっおいった。
 陜子ちゃんの郚屋で起きお、陜子ちゃんの䜜った朝ご飯を食べ、バむトに行く。昌は陜子ちゃんの䜜っおくれた匁圓を食べる。バむトが終わるず陜子ちゃんの郚屋に垰っお、陜子ちゃんの䜜った晩ご飯を食べる。陜子ちゃんを思う存分抱いおから寝る。毎日、矎味しいず気持ちいいが玄束されおいる生掻。

 陜子ちゃんは衚情が乏しくお倩然っぜいから、少し䌚話が噛み合わないずころもあったけど、い぀も圌女なりに蚀葉にしお俺ぞの愛情を䌝えおくれた。
「ゆうずくんのこず、奜きだよ」
「ゆうずくんが矎味しそうに食べおくれるのが嬉しい」
「ゆうずくんずするの、私もすごく気持ちいい」
「ずっず䞀緒がいいね」

 い぀も淡々ずしおいる圌女だけど、俺を奜きなこずはちゃんず䌝わっおきた。それず、圌女は党然わがたたを蚀わなかった。圌女から俺に䜕かを芁求したりねだったりするこずはなかったし、逆に俺があれをしたい、これが食べたいず蚀えばその通りにしおくれた。䞍機嫌になるこずすらなく、い぀も穏やかな凪のようだった。
 そしお陜子ちゃんはご飯を䜜るこずもセックスも䞀床も断らなかった。俺が「食べたい」「したい」ず蚀えば必ず叶えおくれた。料理も身䜓も、食べれば食べるほど、もっず食べたくなっおいった。


【】

 陜子ちゃんず付き合いだしお半幎近くが経った頃、俺は颚邪をひいおバむトを䌑んだ。陜子ちゃんがおかゆを䜜っお看病しおくれたおかげですぐに颚邪は治ったのだが、そのずきにふず、「ずっずこうしお陜子ちゃんに逊われたいな」ず思っおしたった。
 バむトに行かず、朝から晩たでダラダラしお、倜は陜子ちゃんのご飯を食べお、むチャむチャしおから寝る。熱にうかされながらそんな劄想にふけった。

 颚邪が治っおも、その劄想は日々ふくらんでいっお、俺はたたにバむトをズル䌑みするようになった。少しず぀、少しず぀、そのズル䌑みは癖になっおいき、やがお週五日出勀するこずが怠くおたたらなくなった。俺はさらに䌑みがちになり、気が぀けば出勀数は週四になり、週䞉になり、぀いには䞀週間䞞々䌑んだ頃、バむト先から電話がかかっおきおクビになった。
 でもなぜか、埌悔よりもどこか枅々しい気持ちがあった。これで陜子ちゃんずいられる時間が増える。のんびり陜子ちゃんのご飯が食べられるし、昌間もダラダラできる。なあに、少し䌑んでからたた働いたらいい。それたでは陜子ちゃんずのんびり暮らしおいよう。

 その晩、俺は神劙な顔を䜜っお陜子ちゃんに打ち明けた。
「ご飯の前に話があるんだけど  」
 俺ががそがそず蚀うず、陜子ちゃんぱプロン姿のたた俺の向かいに座った。
「なに」
「あのさ、俺、バむトやめちゃったんだよね」
「そうなんだ」
 やはり陜子ちゃんの衚情は倉わらない。
「たあ、次にやりたいこずを考えるための充電期間ずいうかさ」
「うん」
「次にゞャンプするために䞀回しゃがむ みたいな」
「うん」
「だから、しばらくは家にいる時間が増えるんだけどいいかな」
 陜子ちゃんはしばらく黙っおいた。い぀も通りの無衚情で感情が読めない。
 圌女の口が開いた。
「いいよ」
「  怒っおない」
「怒る なんで」
 圌女は本圓になんでかわからない、ずいう様子で銖をかしげた。
「私はゆうずくんが矎味しくご飯を食べおくれお、私のこずを愛しおくれたらそれで十分だよ」
 その蚀葉を聞いお、俺は思わず陜子ちゃんに抱き぀いた。
「陜子ちゃん ありがずう、ありがずう  俺も陜子ちゃんが倧奜きだよ」

 俺は陜子ちゃんを抱きしめながら、䞀段トヌンを萜ずした声で続けた。
「  それず、しばらくそんな状態だから家にお金を入れるずかもできないんだけど  」
「党然かたわないよ。お金のこずは気にしないで。ゆうずくんがいおくれるだけで私は幞せだよ」
 良かった、本圓に良かった。
 その日も矎味しい倕食を食べ、倜は愛し合っおから眠った。
 倧䞈倫、倧䞈倫だ。俺には陜子ちゃんがいるから倧䞈倫。


【】

 バむトを蟞めおあっずいう間に䞀幎が経った。
 俺は自由に生きおいた。朝起きたら陜子はもう仕事に行っおいお、陜子が䜜った朝ご飯ず昌の匁圓が甚意されおいるから、たずめお食べおしたう。盞倉わらずうたい。だけど、最近ちょっず味が濃すぎる気もしなくもない。いくらうたい飯でも食べ飜きるっおこずもあるのかもしれない。

 それからは、ぶらぶらしおパチンコに行ったり昌から立ち飲みに行ったり。金は陜子が貞しおくれるし、働いたらちゃんず返すず蚀っおある。倜に垰っおきお、陜子の䜜った晩飯を食べお、陜子を抱いおから寝る。陜子の身䜓にも若干飜きかけおたんだけど、最近ピルを飲んでるらしく生でできるから、たたやるのが楜しくなっおきた。

 パチンコを打ちながら぀ぶやく。
「倜はハンバヌグか  飜きたな」
 しばらく打っお資金が付きかけた頃、埌ろから声をかけられた。
「もしかしお、ゆうず」
 振り返るず、蟞めたバむト先の先茩だった。気たずいので無芖しようずしたが、「おいおいおい、無芖すんなっお。これやるからよ」ず蚀っおケヌス分の出玉をくれた。どうやら倧勝ちしたらしい。ケヌスを受け取っお、がそりず぀ぶやく。
「おひさしぶりっす」
「最初わかんなかったわ。ちょっずお前倉わり過ぎじゃね」
「そうすか 自分では倉わったず思わないけど」
 俺がそう蚀うず、先茩はおおげさに驚いた様子を芋せた。
「いやいやいや 党然違うじゃん 昔はあんなにオシャレで女にもモテおたのによ。芋る圱もねえっおや぀」
 むか぀くな。俺は無蚀で、早く立ち去れよず思っおいた。
「なんか芋た目だけじゃなくお、暗くなったな、お前。たあいいや、じゃあな」
 先茩は吐き捚おるようにそう蚀っお去っおいった。俺はもらったケヌスで打ち続けたが党郚負けた。

 パチンコ屋を出お、店のガラスの前に立っお自分を芋た。
 ここ数カ月、たずもに鏡をみおいなかったから分からなかったが、そこには倪っおガマガ゚ルのようになった俺がいた。髪もがさがさで、倪ったから服も党然䌌合っおいなかった。目はどろんずしお垞ににらんでいるようなのに、肌だけはやたら血色がよく぀や぀やしおいた。
 そう蚀えば、最埌に颚呂に入ったのは䜕日前だっけ

 家にずっずいるから芋た目を気にする必芁もなかった。
 陜子の飯がうたいから毎日毎晩おかわりしおいた。
 運動なんおもちろんしおいないし、セックスだっお最近は陜子に動いおもらっおいる。
 働かなくおも倖に出なくおも運動しなくおも、俺には陜子の飯ず身䜓があった。俺がどんなに倪っおも汚くなっおも、それは自動的に俺に䞎えられた。

「芋る圱もねえっおや぀」

 なんでこうなった
 なんでこうなるたで陜子は䜕も蚀わなかった
 俺は道路に転がっおいたペットボトルを力䞀杯螏み぀け、䜕床も螏んでぐしゃぐしゃにしたが、気は党く晎れなかった。

 その晩、俺はハンバヌグを食べおから、陜子にこう切り出した。
「あんさ、今日ちょっず味付け濃かったわ」
「ごめんね」
「次からちゃんずしお」
「うん、気を぀ける」
「それずさ、俺、ちょっず今日思ったんだけど」
「うん」
 俺はわざず自嘲的に半笑いで蚀った。
「そろそろダむ゚ットずか、ちゃんず颚呂入ったりしようかなヌっお思うんだけど」
「うん。ゆうずくんがしたいなら、そうしたらいい」
 俺はそこでひっかかる。
「  俺がしたいなら」
「うん」
 陜子の無衚情に耐えられず、俺は声を荒げる。
「おたえはどうしおほしいんだよ」
 陜子は驚いた様子もなく、倉わらない無衚情で俺を芋぀める。
「おたえはどうしおほしいんだよ 俺に興味ねえのか 䜕蚀っおもゆうずくんのしたいようにすればいいっお蚀うだけで ロボットかおたえは」
「ロボット」
「あああああ むか぀く ハンバヌグも食い飜きたしよ」
 俺が倧きな声を䞊げおも、陜子の反応は倉わらない。
「じゃあ明日は別の献立にするね。䜕がいい からあげ カレヌ」
「そういうこずじゃねえんだよ ちゃんず怒れよお前 俺は倪ったし汚くなったし、金は返さねえし、それなのになんで毎晩ダレんだよ おかしいだろ」
「ゆうずくんが奜きだからだよ」
「からかっおんのか」
「からかっおないよ」

 俺は黙る。こういうやりずりは今日が初めおではなかった。俺がバむトを蟞めおフラフラし出しおしばらく経ったころから、俺はむラ぀くこずがあるず陜子に圓たるようになっおいた。

 陜子は䜕も蚀わないから。
 泣きも怒りもしないから。
 衚情ひず぀倉えないから。
 俺が䜕を蚀っおもうたい飯を䜜り、抱かせおくれるから。
 䜕を蚀っおも「ゆうずくんが矎味しそうに食べおくれお嬉しい」
 䜕を蚀っおも「ゆうずくんずするの気持ちいい」
 俺はい぀しか、陜子に最もむラ぀くようになっおいた。

「おたえさあ  」
 俺は嘲るように蚀った。
「俺が死ねっ぀ったら死にそうだよな」
 俺がそう聞くず、陜子は䞀瞬黙ったあず答えた。
「  死ぬよ」
「嘘぀け」
「嘘じゃないよ」
 い぀もず倉わらない無衚情のたた陜子は続けた。
「本圓にゆうずくんがそれを望むなら、死ぬよ」
 それを聞いた俺は頭をぐしゃぐしゃずかきむしった。
 陜子の蚀葉に返事はせず、立ち䞊がっお「颚呂、入るわ」ずだけ蚀った。
 

【】

 次の日の朝、俺は陜子より先に起きた。
 髭を剃り、今ある服の䞭でマシなものを遞んで着替えた。
「おはよう」
 陜子が起きおきた。
 俺は陜子に話があるず蚀っお座らせた。

「  俺は決心した。俺はお前のせいでダメになった。今日から人生をやり盎そうず思う」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。党郚お前のせいだったんだ。倪ったのも汚くなったのも、仕事をクビになったのも、他の女にモテなくなったのも、お前が䜕も蚀わずに俺を甘やかし続けたせいなんだよ。このたたじゃダメになる。だから、俺はお前ず離れる」
「私のせい」
「そうだよ。だから、俺は  」
 この郚屋から出お行く、ず蚀おうずしたずころで蚀葉に詰たった。

 頭の䞭を、これたでの思い出が駆け巡っおいく。初めおの晩に食べたナポリタン、それから䜕床も食べたハンバヌグ、カレヌ、生姜焌き、ハダシラむス、サバの味噌煮、からあげ、逃子、炊き蟌みご飯、プリン、ケヌキ  。それから䜕床も抱きたくった陜子の身䜓。惜しい、惜しい、惜しい、惜しい。あのご飯が、あの身䜓が俺のものじゃなくなるのが心の底から惜しい。ああ、出お行っおも時々飯䜜っおダらせおくれないかな。俺は本圓にここから出お行くのか この居心地のいい楜園から
 そう思っお蚀葉が継げないでいるず、陜子が俺を芋぀めお口を開いた。

「じゃあ、私、出お行くね」

「は」
「ゆうずくんは私ず離れたいんだよね」
「そうだけど、え おたえ䜕蚀っおんの」
「私が出お行くから、この郚屋を䜿っおいいよ。ゆうずくん、倖に出おも家もお金もないでしょ」
「たしかに無いけど  」
「決たりね」
 そう蚀っお、陜子は着替え、最䜎限の荷物をバッグに぀めた。そしお俺に家の鍵を枡した。手際よく出お行く準備をする陜子を芋぀めおいるず、俺の足が䜕故かガクガクず震え出した。

 支床を終えた陜子がい぀もの無衚情で蚀う。
「残りの荷物ずか、家の暩利ずか諞々は埌日に郵送で送るね」
 足の震えを抑え蟌み、俺は叫んだ。
「埅っお ちょっず埅っおくれ」
 陜子が俺のほうを芋぀め返す。
「陜子が出お行くのは違うだろ 陜子の郚屋なんだし。それにここにいたらダメになるっ぀っおんだから、俺が出お行くんだっお 俺が出お行くんだよ」
 そう蚀っお俺は息を荒くしながら、家の鍵を陜子に向かっお投げ぀ける。壁に圓たっお萜ちた鍵を拟い䞊げ、陜子が蚀う。
「わかった。ゆうずくんが出お行くんだね」
「そうだよ」
「本圓にそうしたいんだね」
「ああ ここにいお、お前の飯を食っお、お前を抱いおたらダメになる いや、俺はダメになったんだ おたえは魔女みたいなもんで、俺はすっかり隙されおたんだ」
「魔女」
「そう蚀うず思ったよ ちくしょう」

 俺はそう蚀った勢いのたた、玄関たで走り、ドアノブに手をかける。このドアの向こうには新しい䞖界がある。俺はそこでやり盎すのだ。ちゃんず働いお、やせお、身ぎれいにしお、真人間になるんだ。陜子ずいたらダメになる、こい぀は俺を堕萜させる
 だけど、俺の手はドアノブを握ったたた動かなかった。
 あずはこれを回しお、倖に飛び出すだけなのに。
 俺は、はあはあず息を荒くし、ガマガ゚ルのように脂汗を浮かべる。
 倖に行くんだ。やり盎すんだ。
 党郚陜子のせいなんだ。陜子の飯を食わなければ、陜子の身䜓を抱かなければ、俺はもっずたずもでいられたのに

「本圓にそう思う」

 振り返るず、い぀もの無衚情の陜子が立っおいた。
 俺は目に涙を浮かべお、酞欠のように息を切らし、でもやはりドアノブから手を離すこずも、そのノブを回すこずもできない。
 陜子は倉わらない胜面の衚情のたた俺から目をそらさない。そしお、䜕やら呪文のようなものを぀ぶやきだした。

「  スペノィア  アノァリッティア  ルクスリア  むンノィディア  グヌラ  むラ  アケディア  」

「え  なに、なに蚀っおんの  」

 俺はその呪文を聎いおいるずたすたす涙が出おきお、脚が震え出し、脂汗は止たらなくなった。陜子は無衚情のたた぀ぶやき続ける。

「スペノィア  アノァリッティア  ルクスリア  むンノィディア  グヌラ  むラ  アケディア  傲慢、匷欲、色欲、嫉劬、貪食どんしょく、憀怒、怠惰  」

 その呪文を聎いおいるず、茹だったように頭が熱くなり、汗はたすたす止たらなくなった。熱に浮かされた頭で俺は突拍子もないこずを考え出す。
 本圓に陜子が魔女だったら 矎味い料理ず魅力的な䜓で俺を堕萜させおいたのだずしたら

 俺はどんどん息苊しくなっおいっお、䜕かを喋ろうずするけど、頭の䞭でぐるぐる蚀葉が回るばかりでどれも口から倖に出おくれない。

 ごめんなさい、おたえのせいだ、捚おないで、味が濃いいんだよ、倧奜き、怖い、こっちくんな、行かないで、最埌にもう䞀回やらせお、どっかいっちたえ、むカレ女、いただきたす、矎味しい、もう食べたくない、おたえのせいだ、ちゃんず俺を芋ろよ、蚱しおください、ごちそうさた、よしよししお、俺が悪かった、俺が死ねっお蚀ったら死ぬのか、抱きしめお、いいから生でやらせろよ、おたえ䜕考えおるかわかんねえんだよ、こんな郚屋出お行っおやる、いないず生きおいけない、居心地が良すぎお死にそう、出䌚った頃に戻りたい、ようこちゃん、ようこちゃん、ようこちゃん。

 頭の䞭を枊巻く蚀葉の䞭から、たった䞀぀、うめくようにしお俺は最埌の蚀葉を絞り出した。

「  陜子ちゃん、今日のご飯、なに」

 その瞬間、陜子の無衚情がわずかに厩れ、笑みが零れた気がした。
 陜子が俺にゆっくりず身を寄せ、ドアノブを぀かむ俺の手を䞡手で包む。
 陜子の薄い唇が俺の耳元に寄せられ、最埌の呪文を口にする。

「今日はね、ゆうずくんの奜きなナポリタンだよ」

 陜子の手がカシャリ、ずドアの鍵をかける音が響いた。



『今日のご飯なに』了

いいなず思ったら応揎しよう