毎日、自分に採点されていた。
洗面台の前に立って、顔を洗う。泡を立てて、顔にのせて、指で回して、水ですすぐ。タオルで押さえる。
そのあいだ、わたしは一度も鏡を見ない。
◇
いつからそうなっていたのだろう。二年前か、三年前か。とにかく、気づいたらそうなっていた。
顔を洗うとき、水がかかる瞬間は目を閉じる必要がある。その閉じた目を、そのあとすぐには開かない。
タオルで押さえて、鏡の前から離れて、洗面所を出て、別の部屋に戻って、そこで初めて目がちゃんと開く。
そういう動きを、いつの間にかするようになっていた。
◇
別に、鏡の中の自分が嫌いなわけではない。きれいだとは思わないけれど、見るたびに落ち込むほどの顔でもない。ただ、毎朝、洗面台の前で、自分の顔と向き合うことをしなくなっていた。
◇
たぶん、疲れたのだ。
確認することに、疲れた。
◇
人は、一日に何回、自分を確認しているだろうか。
朝、鏡を見る。出かける前にもう一度、鏡を見る。ガラスに映った自分の姿を、電車の窓で、エレベーターの扉で、確認する。スマホのインカメラで、髪を直す。
会議中は自分の声の張り方を確認する。LINEを送る前は文面の温度を確認する。
一日の大半を、わたしたちは、自分が「大丈夫」かどうか確認するのに使っている。
◇
鏡の中の自分を確認しなくなってみると、少し楽になった。
鏡は、わたしに対して、何も言わない。でも、わたしをじっと見ている。
肌の調子、目の腫れ、髪のはね、表情の重さ。
毎日、自分に、採点されていた。
自分に。
◇
鏡を見なくなって、それが止まった。止まると、自分の顔が、「良い」とか「悪い」とかの対象ではなくなる。
ただ、顔。
洗うべきもの。水がついたら、拭くべきもの。
そのくらいの、関係になった。
◇
今朝、ふと、一度だけ目を開けてみた。鏡の中の自分は、思っていたより少し老けていた。
一瞬、また点をつけそうになった自分がいた。
けれど、その前に目を閉じた。
◇
わたしは、わたしに、採点されなくていい。
もう、自分を確認しないまま、今日を始めていい。
