社史は、本棚で眠っていませんか
「創立記念でつくった社史、配ったきりで…誰も開いていないと思います」
承継の現場で、そう聞くことは少なくありません。
周年の記念として編纂され、配られた社史は、本棚にきちんと収まったまま、次の周年イベントのタイミングまで開かれないことが多いようです。
もったいない!です。
社史には、過去の経営判断の軸を読み解く材料が眠っているかもしれないからです。
社史に書かれているのは、出来事だけではない

社史を開くと、年表として出来事が並んでいます。
いつ何があったか、という記録です。
けれど本当に読み解く価値があるのは、その出来事の奥にある「なぜその判断をしたのか」の部分です。
・なぜこの事業にチャレンジしたか。
・危機のときに何を優先したか。
・この時、移転したのはなぜか。
・大きな転換期でどんな葛藤があったのか。
出来事の記録がコンテンツだとすれば、判断の軸や文化の形成のされ方はコンテクスト。
社史は、この二つが同居した資料だと捉え直せます。
たとえば、こんな二択です。
価格を上げるか、原価を飲み込んで品質を守るか
人を増やすか、今のメンバーで踏ん張るか
こうした場面で何を選んできたかの積み重ねが、いつの間にかその会社の判断の癖になっていることがあります。(もちろん、今でみると良い癖も捨てたい癖もあります)
経営資料として使うというと大げさに聞こえるかもしれません。
ただ、新しい方針や計画を社内に説明するとき、「なぜうちはこうするのか」の根拠を、社史のなかの一場面から借りてくることはできます。
環境が変わっても、引き継ぎたいものは何か

市場も、組織の体制も、代替わりのたびに変わっていきます。
何を変え、何を変えずに残すか。
この判断は、後継者にとって重くのしかかるものです。
環境の変化には、外側から来るものと、内側から来るものがあります。
市場や技術のように会社の外で起きる変化と、代替わりや組織体制の見直しのように会社の中で起きる変化です。
厄介なのは、この二つが重なる時期があることで、事業承継はまさにその時期にあたります。
ブリコラージュという考え方があります。
今すでにあるものを活かして、まだないものをつくる、という発想です。
社史も、今すでに手元にある資源のひとつだと考えると、扱い方が変わってきます。
創業から数十年の間に、事業の柱を一度も変えていない会社は、むしろ少ないはずです。
・そのとき何を優先し、何を後回しにしたか。
・誰を説得し、誰の反対を受け止めたか。
そうした経緯は、記念誌の華やかな文面の裏に、漂っています。
先代の判断をそのまま真似る必要はありません。
ただ、先代がどんな前提でその判断をしたかを知っておくと、変えるときの説明がしやすくなります。
自社らしさというのは、変えない一点を決めることでもあるように思います。
全部を守ろうとすると変化のスピードは鈍りますし、全部を変えようとすると、社員も取引先も付いてこられなくなります。
どこを変えないかが先に決まっていれば、残りは思い切って変えられる。
その「どこを変えないか」の手がかりが、社史のなかに散らばっているのです。
正解のない判断をする経営幹部にこそ

経営幹部が直面する判断の多くは、正解が用意されていません。
前例のない状況で、限られた情報の中で決めるしかない場面が多いものです。
社史の中に、先代やそれ以前の経営陣が悩みながら下した判断の跡が残っています。
その判断を追体験してみると、自分だけが手探りで決めているわけではない、という感覚が持てるかもしれません。
特に、周囲に相談しづらい葛藤を抱えている経営幹部ほど、こうした先人の迷いに触れておく意味があると思います。
経営者は孤独だとよく言われますが、正確には「相談していい相手が見えにくい」孤独です。
社内では立場上言いにくく、家族には心配をかけたくない。
そんなとき、もう会社にいない先代の判断を紙の上でたどるのは、利害関係のない壁打ち相手を持つことに近いのかもしれません。
今悩んでいる論点に近い場面を探しながら読むと、得るものは多いはずです。
たとえば、こんな問いを持って開いてみます。
人を増やすかどうかで揉めた場面はないか
値上げを決めた経緯はどこかに書かれていないか
問いを一つ持つだけで、同じ社史でも見え方は変わってきます。
まとめ

社史は出来事の記録(コンテンツ)であると同時に、判断の軸や文化形成の源(コンテクスト)を映した資料でもある
何を変え、何を変えないかを考えるとき、社史のなかの判断の経緯がヒントになることがある
正解のない判断をする経営幹部ほど、先人の迷いを追体験しておく意味がある
承継期は、事業の引き継ぎと組織の更新が重なる時期で、何を手放し、何を残すかは立場によって見え方が違います。
社史を開くと、その会社が長年「当たり前」としてきた判断の癖が見えてくることがあります。
手放していい当たり前と、保ち続けたい当たり前を分け、事業の判断と並走させながら小さく触れ始める。
そう置くと、いま自分が変化を「止めている」のか「急ぎすぎている」のかが見えやすくなり、どこから手をつけるかの手がかりになります。
今やるべきなのは、本棚の社史を、記念品ではなく資料として開いてみることかもしれません。
どこから読み始めるか、よかったら一緒に考えましょう。
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