長く待って、少しずつ好きになる力。
昔好きだったブランドや作品が、前ほど刺さらなくなる寂しさを最近感じてる。
昔は追っていたものに、今はそこまで気持ちが動かない。
その代わりに、自分の欲求にクリティカルで、短時間の満足をくれるものに寄っているような気がする。
そのことに、少し複雑な気持ちがある。
そもそも趣味だから、楽しめればいいのかもしれないし、楽しい方向に行くべきなのかもしれない。
だけど、楽しみ方を狭めたくないという思いもある。
あと、自分がひどく単純で浅いやつになっているような気がしてしまったこともある。
単に、今の自分が求めているものが「長く濃密な物語体験」より、「短時間で強く刺さる体験」にシフトしているだけなのかもしれない。
それ以外は、そこまで変わっていないようにも見える。
ただ、短時間で強く刺さる体験には少し怖さもある。
ショート動画とか、そういう短時間で強く刺さる体験って、自分の思い込みや欲求を加速させるものに思える。
雰囲気やランキングやセールに押されて、「欲しい」と思った瞬間に買って、すぐ満たされて、また次の刺激を探す。
そういう流れの中で、自分が本当に選んでいるのか少しわからなくなる。
そこを懸念している。
大事なのは、昔は良かったとか、長い作品がいいとか、そういうことではない。
短い作品でも刺さるものは深いし、短時間で届くからこその強さもある。
一瞬のものが、あとから長く残ることだってあるってわかってる。
だから、問題は作品がどうだこうだということではない。
不安なのは、自分の感じ方や作品との向き合い方が、知らないうちに変質していくんじゃないかということだ。
自分は趣味としてそれを選んでいるのか。
それとも、即効性のある刺激に選ばされているのか。
短い刺激に慣れすぎて、長く深く味わう力が落ちているんじゃないか。
そういうことを考えてしまう。
昔の自分は、
「長い物語を読む」
「そのキャラをゆっくり好きになる」
「物語の中での日常の積み重ねを味わう」
「シナリオの山場まで待つ」
みたいな体験を楽しめていた。
でも今は、生活の疲れや時間のなさや刺激への慣れで、そこに入る前にだれてしまうことが多くなっている気がする。
その結果、短時間で確実に刺さるものへ行く。
すると、ますます長い作品の初速が重く感じる。
それがなんだか怖い。
深い物語に入る体力が落ちているようで。
たぶん、ただ疲れているだけという面もある。
昔より時間や体力の余裕がないだけなんだろうか。
だから、今の自分に合う楽しみ方に変わっているだけなのかもしれない。
それでも、昔できていた楽しみ方に入るまでの助走が長くなっている感覚がある。
そこに少し寂しさを感じてしまう。
有料作品を気づいたら買っている、というのも、ある意味では選べなかったと言えるのかもしれない。
だから、そういうものは一度ほしい物リストやお気に入りに入れるだけにして、しばらく見ないで放置する。
それでも記憶に残っていたら買う。
私には、それくらいがいいのかもしれない。
よく言えば余白。
悪く言えば、自分の欲を満たすにあたっての無駄。
だけど、その余白や無駄の中に、昔好きだった作品の良さがあったりする。
短時間で刺さる作品も楽しむ。
短時間で刺さるものを楽しむ自分や周りを軽蔑しないことも、大事にしたい。
わがままかも?
でも、長く味わう枠も少しずつ残しておきたいと思う。
即効性のある楽しみと、遅効性のある楽しみがある。
もちろん、その二つをどちらも持っている作品もある。
その中で、自分の受け取り方が即効性のあるものだけに固定されていくことへの不安。
一番不安なのはそこなのかもしれない。
ただ、長く待って、少しずつ好きになっていく力まで失いたくない。
そういう思いを持てることが、今の自分にとっての安定なのかもしれない。
