渇きのあとで
何かが欲しかった。
けれど、それが何なのかは分からなかった。
満たされたいと思っていた。
でも、何を差し出されても、どこか違う気がした。
何かしたいのに、何もしたくない。
動きたいのに、動く意味が見つからない。
そんなふうに、心の奥だけが乾いていく日があった。
自分が弱いのだと思っていた。
動いたって、満たされない。
みんなはちゃんとやっているのに、
自分だけが立ち止まって、
同じ朝を嫌がって、
同じ教室を遠く鬱陶しく感じて、
同じ一日を繰り返すことに耐えられなくなっていた。
でも、あの頃の自分は、
たぶん、感じてしまったのだ。
人が人を好きになるより先に、
誰が上で、誰が下か。
誰が中心にいて、誰が外にいるか。
誰の言葉が笑いになって、
誰の沈黙が変なものとして扱われるのか。
そんなことを、
みんな無邪気にやっているように見えて、
でもその実、とても必死だった。
人気を奪い合うこと。
空気を読み合うこと。
自分の居場所を守るために、
誰かを虐げることになって。
最初は、それが分からなかった。
人はもっと自然に助け合って生きるものだと思っていた。
優しい人は、優しいまま報われるのだと、
子どもなりに信じていた。
けれど、そうではない場面を見てしまった。
不器用で、まじめで、
人の痛みに気づきやすい人ほど、
都合よく使われることがある。
まっすぐな人ほど、
うまく立ち回る人の下で、
言葉にならないまま削られていく。
その事実を知ったとき、
世界は少しずつ色を失っていった。
最初は涙が出た。
そのあと、力が抜けた。
やがて、何かをすること自体が、
ひどく馬鹿らしく思えてきた。
頑張った先に、
ほんとうに信じられるものがあるのか分からなかった。
正しいことをしても、
正しさは必ずしも守ってくれない。
悪いことをした人に、
ちゃんと悪いことが返るとも限らない。
表に出た罪だけが裁かれて、
見えないところでは、
もっと見えにくいやり方で、
誰かの痛みが押しつけられていく。
そんな世界の中で、
まじめに生きようとすることが、
急にひどく空しくなった。
あの頃の自分は、
この社会に、かってに失望していたのかもしれない。
それとも、人が生き延びるために作る縄張りの仕組みに?
教室は小さい。
けれど、小さいからこそ残酷だった。
たった数十人の世界の中で、
人はもう、位置を作り、
役割を作り、
正しさを作り、
そこからこぼれるものを生み出していた。
それはきっと、
大人の世界にあるものの縮図でもあったのだと思う。
権力。
肩書。
空気。
見えない序列。
人は、
いや私は、それらを嫌いながら、
同時に頼りにもしている。
だから私は今でも、
「正しさ」という言葉を、
少しこわいものとして見てしまう。
正しさは、ほんとうに人を守ることもある。
けれどときどき、
違うものを切り捨てるための光にもなる。
明るい場所ほど、
影は濃くなる。
正しさが高く掲げられるほど、
その外にいる者は、
暗がりの中にいるように見えてしまう。
でも、外にいることは、
ただ敗れたということではないのかもしれない。
教室から離れたあと、
世界はしばらく色褪せたままだった。
何をしても楽しくない。
意味がない。
そんな感覚は、簡単には消えなかった。
けれど、本当に不思議なことに、
すべてが終わったわけではなかった。
学校の話をしない時間の中で。
ただ外を眺めるだけの日。
景色に触れること。
好きなものに、少しだけ近づくこと。
そんな、役に立つとも言えない小さなことの中で、
完全には死にきれない何かが残っていた。
渇ききったあとでも、
人の中にはまだ、
自分のための水を探そうとする場所があるらしい。
誰かの正しさではなく、
誰かの期待でもなく、
自分が静かに汲み上げる水。
それは、すぐに人生を変えるようなものではない。
過去の傷を消すものでもない。
失った時間を埋めるものでもない。
それでも、その水を少し口に含むだけで、
自分の輪郭がわずかに戻る瞬間がある。
人の中には、
縄張りをつくる獣のような部分もある。
正しさに隠れて誰かを切る冷たさもある。
けれど同時に、
差異をそのまま受け取ろうとしたり、
言葉にならないまま隣にいてくれる優しさも、
たしかに存在している。
あの頃の私は、
それをまだうまく見つけられなかっただけなのかもしれない。
あるいは、
見つけるには傷が深すぎたのかもしれないとも思う。
それでも今、
あのときの渇きが無意味だったとは思わない。
世界に馴染めなかったこと。
うまく笑えなかったこと。
みんなと同じ温度で教室にいられなかったこと。
それらは全部、
自分の中に井戸を探すための、
長い遠回りだったのだと思う。
他人の水ではなく、
自分の水を汲むこと。
違いを消されないまま、生きること。
意味がすぐに見つからなくても、
意味を見失ったままの自分を、
切り捨てないこと。
たぶんそれが、
あの頃の自分が、今の自分に残してくれたものだ。
世界は今も、
ときどきまぶしすぎる。
正しい声は高く、
強い光は多く、
そのぶん、影も濃い。
それでも、
塔の外にも灯はある。
大きくなくていい。
誇れるほど強くなくてもいい。
ただ、消えきらないものとして、
自分の中に残っているなら、それでいい。
渇きのあとで、
ようやくそう思えるようになった。
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