悪いことの横に、もう一行──人生には、まだ続きがある
1 はじめに
悪いことが起きると、
その出来事だけで世界がいっぱいになることがあります。
失敗した。
傷ついた。
思うようにならなかった。
この先も変わらない気がする。
そんな時、
「きっと良いことがあるよ」
と言われても、
今はそう思えないことがあります。
無理に前向きにならなくていい。
ただ、今見えている一行だけで、
人生の結論まで決めなくていいのだと思います。
2 悪いことの横に「まだ分からない」を置く
『ロビンソン・クルーソー』には、
置かれた状況を「悪いこと」と「良いこと」
に分けて書き出す場面があります。
でも、ここから受け取りたいのは、
「悪いことの次には、良いことが来る」
という約束ではありません。
同じ現実の中にも、
「苦しさ」と「まだ失われていないもの」
が一緒にある。
そんな見方です。
そして、もう一つ。
良いことが見つからない日もあります。
そんな時は、
無理に探さなくていい。
悪い出来事を良い出来事に変えなくていい。
ただ、その出来事だけで人生の意味まで決めなくていい。
今は、
「つらい」
としか書けない。
それでいい。
その横に、
「まだ分からない」
という一行を残しておく。
時間がたって、
人と出会って、
自分が少し動いて、
あとから見え方が変わることもあります。
変わらないこともあるでしょう。
だからこそ、
今すぐ意味を決めなくていいのだと思います。
3 学びと気づき:3つの習慣
(1)つらさを、そのまま認める習慣
苦しい時ほど、
「もっと大変な人もいる」
「これくらいで落ち込んではいけない」
と、自分の気持ちを小さくしてしまうことがあります。
でも、まずは、
つらい。悔しい。
怖い。悲しい。
そう感じている自分を、
そのまま認めてもいい。
感じている苦しさを小さくしないことも、自分を守る一つの方法です。
良い意味を探すのは、
そのあとでも遅くありません。
(2)残っているものがあれば見る習慣
少し余裕が出てきたら、
まだ残っているものを見てみます。
話を聞いてくれる人。
今日眠れる場所。
まだ使える時間。
続けられること。
でも、これは
「感謝しなければ」という話ではありません。
見つからない日があってもいい。
苦しさを打ち消すためではなく、
その出来事以外にも自分の人生が続いていることを確かめるために見る。
それくらいで十分です。
(3)「まだ分からない」を残す習慣
起きたばかりの出来事には、
良かったとも、
悪かったとも、
まだ言い切れないものがあります。
そんな時は、
答えを出さずに置いておく。
「未確定」でもいい。
「まだ分からない」でもいい。
空欄のままでもいい。
空欄は何もない場所ではなく、
まだ続きを生きられる場所です。
人生には、
あとからでなければ見えないことがあります。
だから、今日すべてを決めなくてもいいのです。
4 今日の確信設定アファメーション
私はつらい出来事を急いで意味づけせず、今の気持ちをそのまま受け止めます。そして、まだ分からないことには、そっと余白を残しておきます。
5 おわりに
悪いことが起きた時、
すぐに良い意味を見つけなくていい。
「これも必要な経験だった」
と、無理に言えなくてもいい。
ただ、
今はつらいこと。
まだ残っているもの。
そして、
まだ意味の決まっていないこと。
その三つを並べてみる。
良いことが見つからない日は、
「まだ分からない」だけでも十分です。
人生は、
今日の出来事だけで終わるものではありません。
まだ会っていない人がいる。
まだ知らない自分がいる。
まだ書かれていない時間があります。
一つの出来事は、
人生の一行にはなっても、
人生そのものにはなりません。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
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