【今日の考えすぎ】ニュアンスでどうにかしすぎ
なんとなく、ニュアンスで覚えている言葉がある。
ニュアンスだけに、ぱっと列挙できないのが悔しいところではあるが、
うちの子が小さかった頃、それの代表格が
「雰囲気(ふんいき)」という言葉であった。
子どもは覚えたての言葉を使いたがるものである。
それが「ちょっとかっこいい」と思えるものであればなおさら。
うちの子にとって「ふんいき」という言葉はまさにそれだった。
「ママ、きょうのようふくのふいんき、かわいいね!」
「あのおみせのふいんき、すきだなあ♪」
ママも同感である。
ただ、ちょっと残念。
「ふいんき」じゃなく、「ふんいき」なんだよなあ。
ほっこりしながら間違いを直してみるものの、
興奮すると元に戻ってしまう。
何度かこんなやり取りをしていると、
「ふんいき」なんだか「ふいんき」なんだかよくわからなくなってきて、
もう少し大きくなればわかるだろう、と見守ったものだ。
意味が理解できていてかわいければ、とりあえずいいのである。
大人の私は、こんな経験からあることを思いついてしまった。
自分の中でちょっと曖昧なものについて、
ニュアンスで、それこそ「雰囲気」で押したら
何となく通ってしまうのではないか、と。
そこからちょっと飛躍して、
平凡なものにも、オサレなイメージをのせれば
何となく素敵だと思ってもらえるのではないか、と。
思いついたら試してみずにいられない私は、
ごく平凡なサラダを作り、夫の晩御飯に添えた。
「お待たせ致しました。
『暴れん坊シェフのたそがれサラダ~さざ波を感じて~』でございます」
・・うん、まず説明しよう。
普段、傍若無人なシェフが、何らかの理由で落ち込んで海辺で佇む。
そんな時に思いついたレシピをもとにしたサラダってこんな感じじゃない?
という「ギャップ」狙いのネーミングである。
正直、私の挑戦をなんのこっちゃと思いながら読んでいる方も多いと思う。
安心してほしい、私もそう思っている。
もう少しなので、頑張ってついてきて欲しい。
さて、そんな小芝居付きのサラダを出された夫だが、
ちょっとタイトルに吹き出したものの無事に口にし、
「あ、なんかそんな感じだね」と言った。
自分で出しておいてなんだが、
あのサラダのどこに「そんな感じ」がしたのかわからない。
ともあれ、私の実験は成功に終わったらしい。
少なくとも夫に対しては、
何か言いづらいことがあった際にはニュアンスの力で押すという、
その後の方向性が定まった出来事であった。
