カリブ海の至宝キューバ|ラテンの気質と歴史が凝縮した街でチェ・ゲバラを想う
1998年9月。
20代だった私は、メキシコシティ経由でキューバ・ハバナを訪れていました。スペイン語では H を発音しないため、 La Habana(ラバナ)です。
実は、この旅行でホテルにカメラを置き忘れ、写真が1枚もないと思っていたのですが、先日、古いアルバムを片付けていたところ、このとき一緒に旅した友人が撮影した写真をデジタル化してくれていたCDを発掘したのです。
古い形式のファイルを読みこむのに、フリーソフトを入れたり、悪戦苦闘の末、どうにかデータを取り込めました。おそらくCDをもらった当時は、やり方がわからず放置していたのかもしれません。いずれにせよ、スマホもデジカメもなかった30年前に、写真をデジタル化してくれた友人には感謝しかありません。
そもそも私がキューバへ向かった理由は、チェ・ゲバラの足跡を辿るためでした。
このゲバラを辿る旅は今も続いていて、昨年行ったブエノスアイレス、そして10年前のボリビアと、ゲバラゆかりの地を辿っています。

Hasta la Victoria Siempre(常に勝利に向かって)
メキシコシティを経由して
イギリス留学時代に同じ寮だったメキシコの友人宅を経由し、メキシコシティからハバナへ。
キューバに出発する前、友人からは、ハバナですべきことと、どうやって正規工場から横流しされている葉巻を買えるか、どう伝えれば葉巻が出てくるかの指南を受け、現地でミッションコンプリート。葉巻を山ほど抱えてメキシコシティに戻ったのを覚えています。(当時、キューバ葉巻はアメリカへ持ち込めなかったため、すべて泊めてくれた友人へのお土産になりました)
この時覚えた「プーロス(葉巻)」という言葉は、いまだに忘れていません。
【メキシコシティ編】
メキシコというと、明るく陽気なイメージを持たれがちですが、
実は音楽は驚くほど悲哀に満ちています。ベサメムーチョという曲をご存知なら、その哀愁あふれる感じです。
車に乗っていると、広場に集まったマリアッチが演奏で呼んでもらうために、ギターかけたまま走って追いかけてくるという必死さ。悲壮な音楽と切実な生活。いまは観光客が増えて食べていけてることを祈ります。

この広場にエル・マリアッチが大勢いて、全力で客引きのために追いかけてきます
友人をふくめ、メキシコ人の知り合いはみんな明るいしポジティブだけど、賄賂が当たり前、政治で生活が振り回されるとか、こういったことが普通に起きると、悲壮にもなるのかもしれない。
実際、留学中に通貨危機が起き、外貨が持ち出せなくなった友人は、
新しい服が買えず、ボロボロになるまでアルマーニを着続けていました。
その後も何度かメキシコを訪れましたが、弁護士の友人は政府との結びつきが強く、反対政権に交代した時はカンクンに逃れ(おかげでカンクンにも遊びに行けましたが)、政権が戻るまで数年はメキシコシティに戻れませんでした。こういったことを身近で見ていると、ちょっと中南米の国々の見えかたが変わってきます。
【ハバナ編】
一方、カリブ海の島国キューバはとにかく明るい。
同じカリブ海のリゾートでも、メキシコのカンクンは米ドルも使えるし、「アメリカの飛び地」くらいの感じで観光地化していますが、それとは異なり、ハバナは、(少なくとも当時は)黄金時代の古きよきアメリカの雰囲気と、ローカルが集まるビーチのある、カリブの島らしい素朴なリゾートでした。
サルサの本場で、音楽もダンスもめちゃくちゃ明るい。普通に我々が想像する「ラテンの明るさ」がありました。ビーチでは、我々のタクシー運転手さんも一緒に踊りだすくらいの勢いです。

さらに、他の共産圏と比べても、キューバの明るさは際立っています。
それは、この国の社会主義が「外から押し付けられたもの」ではなく、
革命によって自分たちで選び取った体制だからだもと言われています。
強制的に押し付けられた他の共産国と比べて、アメリカ資本の会社を国有化することを自分達で選択したという意識が強いのかもしれません。
そして、島の反対側に現在もあるグアンタナモ米軍基地。ここは本当の「アメリカの飛び地」です。この問題が解決しない限り、キューバ革命は終わらない、とも言われています。
2001年の同時多発テロ以降、治外法権の地として人権侵害が行われたことで、その名は世界に知られました。オバマ大統領も閉鎖を公約しましたが、結局実現されないまま、理不尽の象徴として、今も残り続けています。
アメリカによる経済制裁は、60年以上、現在も続いたままです。
その貧しさを政府ではなく「外からの圧力のせい」と受け止め、今を精一杯生きる人々には、苦しいなかでも、本質的な人間の幸福とは何かを考えさせられます。
この時も、そして今でも、ラテンアメリカは、訪れるたびに必ず何かを持ち帰る場所です。
最後に、先日のベネズエラ攻撃で亡くなったキューバ軍人(そしてベネズエラ軍)の方々のご冥福をお祈りいたします。
再びアメリカがキューバに侵攻しないことを祈るばかりです。





30年経った今でも、ヘミングウェイが通ったバーで少し土の匂いがするモヒートを飲み、旧市街をそぞろ歩き、ビーチで踊った記憶が蘇ります。
あの時、20代でハバナに行く決断をした自分、よくやったと思います。
そして、ゲバラに興味を持った方にお勧めの1冊です。
世界一周のKindle本も出しています。
また次回も古い思い出を掘り起こしてみようと思います。
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