ヒアリングシートを埋めているうちは、御用聞きです
「きく」には三つの漢字があります。使い分けていますか
『聞くと聴くと訊く 耳で聞くのか 心で聴くのか 物を訊くのか 意味がある』
日本語の面白さであり、恐ろしさでもあります。同じ「きく」なのに、まったく違う行為なのです。
ヒアリングシートを埋める作業になっていないか
打ち合わせの場において、多くのプランナーはヒアリングシートの空欄を埋めることに必死になってしまいます。
「列席者は何名ですか?」 「お色直しのドレスは何色がいいですか?」
事実や要望という「物」ばかりを訊く。あるいは、お客様の言葉をただ音声として耳で聞くだけの作業に陥る。
これでは単なる「御用聞き」です。厳しい言い方をすれば、ウェブの入力フォームでも代用できてしまいます。わざわざ人が向かい合って座っている意味が、どこにもありません。
言葉の裏にある本当の想いや、言葉にできない迷いを汲み取れないまま、表面的な要望だけを繋ぎ合わせた、薄っぺらいプランニングになってしまう。これが、伸び悩むプランナーの典型です。
そして本人は、たいてい気づいていません。むしろ「今日はしっかり要望を伺えた」と手応えを感じていることさえあります。シートが埋まっているからです。
三つの「きく」を分解する
一つずつ、確認していきましょう。
訊く。 事実や情報を尋ねること。人数、日取り、色、予算。必要な行為です。これがなければ仕事は進みません。ただし、誰にでもできる行為でもあります。
聞く。 音として耳に入ってくること。相手が話している間、こちらの頭の中では次の質問を考えている状態です。相槌は打っている。メモも取っている。けれど、届いてはいません。
聴く。 相手の言葉の奥底にある感情や背景、戸惑いまでを受け取ること。この漢字には「耳」と「目」と「心」が入っています。文字が示す通り、耳だけでは足りないのです。
プロのプランナーの仕事は、ヒアリングシートには決して書かれない「行間」を読むことから始まります。
なぜそのドレスを選んだのか。なぜその演出にこだわるのか。あるいは、なぜ特定のご親族の話題になると、少し言葉に詰まるのか。
同じ「きく」でも、この三つの使い分けには明確な意味があります。この違いを理解し、意識的に「心で聴く」モードへと切り替えること。そこまで深く踏み込むからこそ、お客様自身も気づいていなかった本当の願いにたどり着けるのです。
「聴く」は、沈黙に現れる
では、「聴く」ができているかどうかは、どこでわかるのでしょうか。
私は、沈黙の扱い方だと思っています。
お客様が話し終えたあと、すぐに次の言葉をかぶせる人は、聴いていません。頭の中で、すでに答えを用意していたからです。
本当に聴いている人は、少し間が空きます。相手の言葉を受け取って、飲み込んで、それから返す。その一拍が、相手には「ちゃんと届いた」というサインとして伝わります。
そしてもう一つ。お客様が言葉に詰まったとき、助け舟を出しすぎないことです。「つまり、こういうことですよね?」と先回りして要約してしまうと、そこで思考が止まります。
本当に大事な言葉は、たいてい詰まったあとに出てきます。整理された言葉ではなく、うまく言えない言葉の中にこそ、その人の本音があるからです。数秒待つ。それだけで、聞こえてくるものが変わります。
「訊く」を捨てなくていい
念のため申し上げますが、「訊く」を軽んじてはいけません。
事実確認が甘い人は、必ず当日に事故を起こします。人数、アレルギー、席次、到着時刻。ここは徹底的に、しつこいくらいに訊いてください。
問題は、訊くだけで終わることです。
理想は、訊いたあとにもう一歩踏み込むことです。「ご親族は十二名ですね」で終わらせず、「皆様、遠方からお越しになりますか」と続ける。すると、「実は、祖母が足が悪くて」という情報が出てきます。ここからが「聴く」の入り口です。
事実の確認は、感情への扉でもあります。訊くと聴くは対立しません。順番の問題なのです。
聴けないときの、本当の原因
「聴くことが大事なのはわかっている。でも、できない」。そういう声をよく聞きます。
原因は、性格ではありません。ほとんどの場合、二つのどちらかです。
一つは、時間が足りないこと。次の予定が迫っていると、人は無意識に会話を巻きます。相手の話が長引くと、内心で焦る。その焦りは、必ず表情に出ます。だから、大事な打ち合わせの後ろには、意識的に余白を取ってください。聴く力とは、実は時間の設計のことです。
もう一つは、自分の中に答えを持ちすぎていることです。経験を積むほど、「このパターンはこうすればいい」という引き出しが増えます。それ自体は財産ですが、引き出しが多い人ほど、相手の話を最後まで聴かなくなります。三十秒で分類できてしまうからです。
けれど、目の前のお二人は「パターン」ではありません。似た事例は何組もあっても、同じ組は一つもない。経験を、決めつけの道具ではなく、質問の材料に使ってください。
「これは以前のあのケースに似ているな」と思ったときこそ、「では、この方の場合はどこが違うのだろう」と探しにいく。ベテランになるほど、この切り替えが必要になります。
明日からの習慣
明日のお打ち合わせでは、パソコンの画面や資料から一旦目を離してください。そして、お客様の「目」と「表情」、そして「声のトーン」に全神経を集中させてみましょう。
メモは、あとで取れます。表情は、その瞬間にしか読めません。
そして、お客様が何か希望を口にされた時。すぐに「承知いたしました」と処理するのではなく、もう一歩だけ踏み込んでみてください。
「差し支えなければ、それにこだわりたいと思われた理由を教えていただけますか?」
この一言は、営業の場でもそのまま使えます。「その機能をご希望とのことですが、今、何にお困りなのか教えていただけますか」と。要望ではなく課題を聴けた商談だけが、次に繋がります。
事実を「訊く」から、想いを「聴く」へ。
その小さな意識の変化が、お客様との絶対的な信頼関係を築く、第一歩となります。
最後に、私が新人の頃に先輩から言われて、今も忘れられない言葉を書いておきます。
「お客様は、答えを持って来ているんじゃない。話しているうちに、自分の答えを見つけるんだ」。
私たちの役目は、答えを引き出すことではなく、お客様がご自分で答えにたどり着ける場をつくることなのだと思います。
だから、聴くという行為は受け身ではありません。相手の中にあるものが形になるまで、辛抱強く付き添う。これは、かなり能動的な仕事です。
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