温暖化の15%は、気候会計の中心から外れている
カーボン市場の仕事をしていると、温室効果ガスといえば6種類、というのは空気のように当たり前の前提になっています。CO2、メタン、N2O、それにHFCs・PFCs・SF6。GHGプロトコルもJ-Creditもパリ協定も、ぜんぶこの「6ガスのバスケット」を土台にして組み上がっています。ところが先週、このバスケットの中心からこぼれているガスが、現在の温暖化のおよそ15%――気温にして約0.3℃ぶんを担っている、という論文がScience誌に出ました。今日はこの話です。
そもそも「バスケット」とは何だったのか
京都議定書が6ガスを選んだのは1997年のことです。「温暖化への寄与が大きく、かつ国家単位でCO2換算(GWP)して管理しやすいガス」を選んだ結果がこの6つ(NF3が後から加わって正確には7つ)でした。ここで大事なのは、間接温室効果ガスの存在が当時知られていなかったわけではない、という点です。寿命が短く地域差が大きいこと、排出と気候影響の関係が非線形で国家単位の排出責任に落とし込みにくいことから、「科学的に未熟だった」というより「国際制度に組み込むのが難しかった」というのが実態に近い。問題は認識されつつ、制度設計ができずに枠外に置かれた、ということです。
The Japan Timesの報道によれば、論文の筆頭著者であるSpark Climate SolutionsのIlissa Ocko氏は、業界のリーダーと話すと「いや、これは温室効果ガスじゃないでしょう」と言われることが多い、と語っています。対流圏オゾンですら「温室効果ガスではない」と思われている。科学的には明らかに温室効果ガスなのに、バスケットに入っていないから、という理由で。
つまりバスケットというのは、自然界のガスのリストではなく、人間が「CO2換算で数えると決めたもの」のリストです。ここで誤解しないでおきたいのは、バスケット外のガスがまったく測られていないわけではない、ということ。CO・NOx・VOCの排出量も、対流圏オゾンの濃度も、大気汚染対策の文脈で世界中で大量にモニタリングされています。問題は「測っていない」ことではなく、「気候のCO2換算会計に組み込まれていない」こと。測定はあるのに、気候の帳簿には載っていない、というズレなのです。
「間接」温室効果ガスとは何か
論文が問題にしているのは、CO(一酸化炭素)、NMVOC(非メタン揮発性有機化合物)、NOx(窒素酸化物)、そして分子状水素(H2)といった一群のガスです。phys.orgが伝える論文の整理では、これらは「間接温室効果ガス(indirect greenhouse gases)」と呼ばれます。名前のとおり、これら自身はほとんど熱を閉じ込めません。ではどうやって温暖化に効くのか。
カギは大気中での化学反応です。CO・NMVOC・NOxは、日光のもとで反応して対流圏オゾン(地表近くの「悪いオゾン」)を生み出します。この対流圏オゾン自体が立派な温室効果ガスで、しかも有害な大気汚染物質でもある。さらに水素は、大気中でメタンを分解する働きを持つOHラジカルを奪い合うかたちでメタンの寿命を延ばし、結果としてメタンによる温暖化を底上げします。要するに、自分では熱を閉じ込めないけれど、熱を閉じ込める別の物質を「増やす」ことで間接的に効いてくる。これが「間接」の意味です。
注目すべきは規模感です。論文は、この間接温室効果ガスの群が、現在の人為的温暖化への寄与でCO2・メタンに次ぐ第3位――N2OやHFCs、黒色炭素(ブラックカーボン)よりも上だと位置づけています。ただしここは読み違えやすいので注意が必要です。これは「NOx単体がN2Oより重要」という話ではありません。CO・NMVOC・NOx・H2といった複数の前駆物質を一つのカテゴリとして束ねたときに第3位、ということ。個別のガスで見ると、それぞれの寄与はもっと小さくなります。とはいえ、私たちが几帳面にCO2換算で数えているN2OやHFCsより、束ねた群の方が効いているというのは、やはり落ち着かない話です。
数字は慎重に──「15%」と「0.23℃」は別物
ここは正確に扱いたいところです。この界隈には似た数字が複数あって、混同しやすい。
一つは今回のScience論文の「約15%/約0.3℃」。これは上記の間接温室効果ガス群(CO・NMVOC・NOx・H2など)の寄与を指します。ただし報道ベースでは黒色炭素を含めた数え方も出てくるので、どの物質まで束ねた数字かは出典ごとに確認が要ります。しかもNOxは条件によって冷却側に働くこともあり、「足せば全部が温暖化」という単純な話ではありません。Japan Timesも、COとVOCの間接的な温暖化寄与(約0.25℃)が、れっきとした温室効果ガスであるN2Oの直接寄与(約0.1℃)を上回る、と紹介しつつ、NOxの冷却効果には注釈を付けています。
もう一つ、よく似た数字がClean Air Fundの「約0.23℃」です。こちらは「対流圏オゾンそのもの」が現在もたらしている温暖化で、IPCC第6次評価報告書をもとにした推計です。前駆物質(CO・NOx等)の話と、生成物(オゾン)の話で、見ている断面が違う。同じ「第3位の温室効果ガス」という言い方が両方に出てくるので、引用するときは出所をはっきりさせた方が安全です。いずれも観測で直接測った値ではなく、化学・放射のモデルを通した推計だという点も押さえておきたいところです。
なぜ気候政策の主流から外れてきたのか
理由は技術的にも政治的にもはっきりしています。これらのガスは寿命が短く、地域差が大きい。CO2が何百年も大気にとどまって世界中に均一に混ざるのに対し、対流圏オゾンの寿命は数時間から数週間で、排出された場所の近くで濃くなる。Clean Air Fundが指摘するように、オゾンと前駆物質の関係は非線形で、ある条件下では一つの前駆物質だけを減らしてもオゾンが減らない、むしろ増えることすらある。こうなると、CO2のように「1トン=GWP何倍」という単純なCO2換算を当てはめるのが難しい。計測もGWP設定も厄介で、国家排出責任の交渉のテーブルには載せにくかった。誤解のないように付け加えると、これらの物質がどこでも無視されてきたわけではありません。UNEPやCCAC(気候と大気浄化の連合)、WMO、WHOといった場では、短寿命気候汚染物質(SLCP)や大気質の問題として長く議論されてきました。放置というより、CO2換算で動くカーボン市場・GHG会計の「主流」から外れた場所で扱われてきた、というのが正確な言い方です。
短寿命であることは、弱点であり同時に強みでもある
ここが個人的にいちばん面白いと思った論点です。寿命が短いというのは、会計上は扱いにくい弱点ですが、対策の効き目という点ではむしろ強みになります。CO2は今日ゼロにしても過去の蓄積が長く残りますが、短寿命のガスは減らせば短期間で効果が現れる。しかも対流圏オゾンは健康被害(年50万人超の早期死亡とされます)や農作物の減収にも直結しているので、減らせば温暖化の抑制と大気質の改善が同時に手に入る。いわゆる二重配当(co-benefit)です。2050年までの近い将来の温暖化を抑えたい、というまさに切実な時間軸に効いてくるのが、この短寿命組の魅力です。
削減手段は、実はもう存在している
この論文のいちばん面白いところは、「見落としがあった」ことではなく、「削減する手段はとっくに手元にある」と言っている点だと思います。間接温室効果ガスを減らす政策は、新発明が要るわけではありません。メタン漏洩対策、自動車のNOx規制、VOC規制、水素の漏洩管理――どれも大気汚染対策として既に各国に存在する政策です。つまり必要なのは新技術ではなく、これら既存の大気汚染対策を「気候対策としても」評価し直す視点の切り替えだ、という主張です。
制度として気候の帳簿に組み込む動きは、まだ始まったばかりです。英国の低炭素水素基準のように水素の温暖化影響を意識した枠組みは出てきていますが、対象ガスとしてはまだ従来の6ガス系が中心で、水素漏洩そのものをCO2換算で取り込むには至っていません。Clean Air Fundも、新しい制度や機関をゼロから作るのではなく、既存の気候計画や大気質戦略にオゾン対策を「埋め込む」やり方を提案しています。確定した政策というより、既存政策の再評価と接続が積み上がっている局面、と捉えるのが正確です。Japan Timesに登場するNOAAの研究者(論文には関与していない第三者)も、各物質を正確に計測し排出源を特定すること自体、いまの地政学的環境では簡単ではないと釘を刺しています。
So What──「第7のガス」ではなく、政策の再統合の話
カーボン市場の実務から見ると、この話の本質は「クレジット商品が増える/減る」ではありません。もっと手前の、私たちが当たり前に使っている会計の枠そのものが、自然法則ではなく制度上の選択だったと再認識させられる、という指摘です。先週このニュースレターで触れた超汚染物質クレジットは、メタンやHFCといった「バスケットの中」のガスを削減クレジットとして商品化する話でした。今日の話はその一つ外側、そもそもバスケットに入っていないガスをどう扱うか、という枠組みの問題です。
ここで先走りは禁物です。間接温室効果ガスがすぐにScope3やクレジット方法論に組み込まれる、という話ではありません。現状の企業のCO2換算会計には、そもそもこの寄与を捉える枠組み自体が存在しない。GHGプロトコルの改訂で目下の主戦場になっているのもScope2やremovals、avoided emissionsであって、NOxやVOCを会計に入れる議論はまだ視界に入っていないのが正直なところです。
むしろこの論文が言っているのは、「第7のガスをバスケットに足そう」という話ではない、ということだと思います。近いのは、大気汚染政策と気候政策を別々に考えてきたこの30年を見直そう、という提案です。もしその見方が広がれば、温暖化対策は排出権市場やクレジットの話だけでなく、自動車のNOx規制や水素インフラの設計といった、これまで「大気汚染」の引き出しに入れていた領域まで含んだ話になっていく。自分が毎日使っている「6ガスのCO2換算」という枠の外側に、すでに動いている削減手段が並んでいる――そう捉え直すと、これから出てくる規制や方法論の更新を読む解像度が少し上がる。そんなニュースでした。
■ 参照記事
Ocko et al. "Integrating indirect greenhouse gases into climate frameworks", Science 392, 1134-1137 (2026):https://www.science.org/doi/10.1126/science.aee5790
Scientists urge countries to look beyond CO2 to tackle warming(The Japan Times):https://www.japantimes.co.jp/environment/2026/06/12/climate-change/beyond-co2-warming/
Overlooked pollutants are responsible for about 15% of current global warming, study shows(phys.org):https://phys.org/news/2026-06-overlooked-pollutants-responsible-current-global.html
The forgotten greenhouse gas: tropospheric ozone(Clean Air Fund):https://www.cleanairfund.org/news-item/greenhouse-gas-tropospheric-ozone/
Accelerating Action on Tropospheric Ozone: A Strategic Roadmap for 2025-2030(Clean Air Fund):https://www.cleanairfund.org/resource/accelerating-action-on-tropospheric-ozone/
UK Low Carbon Hydrogen Standard(GOV.UK):https://assets.publishing.service.gov.uk/media/6584407fed3c3400133bfd47/uk-low-carbon-hydrogen-standard-v3-december-2023.pdf
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