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直接動かせないものは、目標にしない──JBSが引いた新しい線

世界最大の食肉企業JBSが、2040年ネットゼロの旗を静かに下ろしました。「また一社、目標を撤回」で片づけられそうなニュースですが、面白いのは撤回の理由のほうです。自分で直接動かせないものは、目標にしない——。この線の引き方に、いまの企業気候目標が抱える問題が凝縮されている気がします。

▍何が変わったのか

JBSは2021年、バリューチェーン全体を対象に2040年ネットゼロを掲げ、達成に10億ドルを投じると表明していました。ところが今週公表した最新のサステナビリティ報告書で、この2040年目標と、Scope 3(サプライチェーン全体の間接排出)の目標を丸ごと削除しました。残したのは自社の操業に関わるScope 1・2だけで、2019年を基準に排出原単位を2030年までに30%削減し、加えて加工施設の排出を2050年までに70%削減するという新目標に絞り直しています。

ここで効いてくるのが排出の内訳です。Scope 1・2は総排出の約4%にすぎません。残る96%あまり——家畜由来のメタンを中心に、飼料や土地利用変化、輸送なども含むScope 3が、排出のほぼ全量を占めます。過去の同社報告ではScope 3が全体の97%とされていました。今回の撤回は、その97%に対する削減目標(コミットメント)を外した、ということです。

残った目標の性格にも触れておきます。2030年の30%削減は「原単位」、つまり生産量あたりの排出を減らす目標で、事業が拡大すれば総排出はむしろ増えうる設計です。一方2050年の70%は、施設の排出そのものを減らす絶対量の目標とされています。そしてJBSは、目標からは外したScope 3についても、計測と開示自体は続けるとしています。「撤回=見えなくなる」ではありません。あくまで、測って報告はするが、削減の約束は負わない、という整理です。

▍「直接動かせない」は本当か

撤回の論理は、直接の管理可能性にあります。最高サステナビリティ責任者のJason Wellerが繰り返し強調するのは、自社が直接管理し、確信を持って測定・報告できる範囲に的を絞る、ということです。農場に変化を強制する権限も、顧客が製品をどう使うかを変える権限も、自社にはない。だからそこには削減目標を立てられない、という理屈です。

正直に言えば、この主張には筋の通った部分があります。家畜のメタンは牛の消化管内発酵、いわゆるげっぷから出るもので、飼料や頭数、飼育方法で大きく変わります。しかもJBSが肉を仕入れる農家は独立した事業者で、同社が飼い方を指図できるわけではありません。数十カ国・数百万の農家を跨ぐ排出を、自社の裁量で動かし、確信を持って測るのは、確かに難しい。

問題は、その「動かせない」が同時にとても都合がよい、という点です。食肉企業の気候インパクトの本体は、まさにその家畜由来のScope 3にあります。環境NGOや一部の研究の推計では、JBSのメタン排出はShellとExxonMobilの合計を上回るとされます。そこを目標から外して約4%に集中する姿勢を、Greenpeaceは無責任だと切り捨て、Mighty Earthは「3%に注目して97%を見ない」ものだと批判しました。動かしにくいのは事実で、けれど外したいから難しいと言っているようにも見える。この両方が同時に成り立ってしまうのが、厄介なところです。

▍言葉の温度は、段階的に下がっていた

今回が唐突な転換だったわけではありません。Wellerは前年の時点ですでに、2040年ネットゼロは「約束ではなく、志(アスピレーション)だった」と語っていました。掲げたときは誓約に近い熱量だったものが、数年で「志」へと格下げされ、今回ついに目標そのものが消えた。言葉の温度が段階的に下がっていった経緯も、この撤回を読むうえで見落とせません。

背景の時間軸も見ておく価値があります。JBSは2025年6月、オランダのJBS N.V.を持株会社としてニューヨーク証券取引所に上場しました。その前年11月には、ネットゼロ表現をめぐりニューヨーク州司法長官と110万ドルで和解しています。司法長官側は「実行可能な計画も事実的根拠もない」と主張し、和解では「誓約」ではなく「目標」という表現の使用や、数年にわたる内部レビューが求められました。因果は断定できませんが、「誓約→目標→撤回」という後退の流れと、上場・規制対応の時間軸は、重なって見えます。

JBS側の言い分にも、公平に耳を傾けておきます。達成の裏づけが乏しい目標を掲げ続けること自体が、実はグリーンウォッシュ批判や訴訟のリスクになります。ニューヨーク州の一件は、まさに「実現できない約束を掲げた」ことを突かれたものでした。だとすれば、守れる範囲に目標を絞るのは誠実さへの一歩だ、という読み方も成り立ちます。問題は、その「守れる範囲」が排出のわずか4%で、肝心の97%を素通りしてしまうことです。正直さと実効性が、ここでは食い違っています。

▍基準づくりの側も、「実行可能性」へ動いている

面白いのは、「掲げられる目標に絞る」という発想が、JBSのような個社だけでなく、目標設定の基準そのものにも表れ始めていることです。企業のネットゼロ目標づくりで事実上の世界標準となっているSBTi(科学的根拠に基づく目標設定イニシアチブ)は、2026年6月に新しい企業ネットゼロ基準(CNZS V2.0)を公表しました。ここでは、目標を「ベストエフォート(最善努力)」で設定し、企業が実際に持っているレバー(削減の手立て)を反映させる、という考え方が前面に出ています。達成できなくても、透明に説明し続ければ枠組みに残れる。野心一辺倒から実行可能性へ、という舵の切り方です。

ただし、これを「Scope 3が軽くなった」と読むのは早計です。むしろ新基準は、従来の「排出の約3分の2をカバーすれば足りる」という一括基準を、重要なカテゴリー(Scope 3の5%以上)を個別に捕捉させる方式へと改め、サプライチェーンをより細かく捉えるよう求めています。つまり基準づくりの側は、目標を現実的にしつつも、Scope 3からは手を引かせない方向で動いている。Scope 3の削減目標を丸ごと外したJBSの判断は、この流れよりもう一歩踏み込んでいる、というのが正確な位置づけだと思います。

▍測定の難しさを、どちらに受け止めるか

Scope 3が排出の大半を占め、かつ直接管理も一貫測定も難しい。この構造は、食肉に固有のものではありません。ただ、あらゆる企業に等しく当てはまるわけでもない点は、公平に言い添えるべきでしょう。半導体や自動車、飲料や化学のScope 3は、食肉ほど測定が難しいわけではありません。本当に効いてくるのは、排出の大半をサプライヤーや利用者に依存し、しかも自社の裁量が届きにくい業種——JBSのような企業です。そこでは「動かせないから外す」という論理が、そのまま便利な"逃げ道"になりえます。

日本企業の多くも、原材料調達や製品使用の段階に大きなScope 3を抱えています。JBSの撤回は、遠い海外の食肉業界のニュースというより、自社のサプライチェーン目標をこの先どう説明し続けるのか、という問いの少し先を行く実例だと感じます。高すぎて守れない目標を掲げ続けることと、守れる範囲まで下げること。どちらが社会にとって望ましいのかは、正直、簡単には答えが出ません。ただ少なくとも、目標を下げるのなら、なぜ下げたのかを、測定の言葉だけでなく説明の言葉で語り切る責任は残るはずだと思います。

■ 参照記事

JBSの発表・上場

・Turning sustainability ambition into operational progress(JBS Foods Group)
https://jbsfoodsgroup.com/articles/turning-sustainability-ambition-into-operational-progress

・JBS Begins Trading on the NYSE, Completes Dual Listing with Brazil's B3(JBS Foods Group)
https://jbsfoodsgroup.com/articles/jbs-begins-trading-on-the-nyse-completes-dual-listing-with-brazil-s-b3

撤回の報道・分析

・JBS Refocuses Climate Strategy, Ends Broad Net-Zero Pledge for 2040(Bloomberg)
https://www.bloomberg.com/news/articles/2026-07-08/meat-giant-jbs-pulls-back-from-2040-net-zero-emissions-goal

・Meat giant JBS abandons net-zero by 2040 target(edie)
https://www.edie.net/meat-giant-jbs-abandons-net-zero-by-2040-target/

・JBS scraps net-zero target in review of emissions goals(Just Food)
https://www.just-food.com/news/jbs-scraps-net-zero-target-in-review-of-emissions-goals/

・JBS drops Scope 3 emissions targets from climate plan(Transport Topics)
https://www.ttnews.com/articles/jbs-drops-scope-3-emissions

経緯・背景

・JBS sustainability chief claims net-zero by 2040 was 'never a promise'(edie)
https://www.edie.net/jbs-sustainability-chief-claims-net-zero-by-2040-was-never-a-promise/

・JBS USA Settles NY AG "Net Zero" Challenge(Keller and Heckman LLP)
https://www.khlaw.com/insights/jbs-usa-settles-ny-ag-net-zero-challenge-ngo-false-ad-litigation-continues-and-california

批判・NGO

・Mighty Earth responds to JBS' claim that it never promised to be Net Zero by 2040(Mighty Earth)
https://mightyearth.org/article/mighty-earth-responds-to-jbs-claim-that-it-never-promised-to-be-net-zero-by-2040/

制度の動き(SBTi)

・The new Corporate Net-Zero Standard Version 2.0(Science Based Targets initiative)
https://sciencebasedtargets.org/corporate-net-zero-standard-v2

・SBTi Corporate Net-Zero Standard V2.0: What Changed(ecoPRISM)
https://ecoprism.com/resources/insights/sbti-corporate-net-zero-standard-v2-changes

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