炭素クレジットの格付けは、「一つの正解」を疑い始めた
格付けというのは本来、「誰が見ても同じ答え」を目指す仕事のはずです。ところが先日、採点基準の重みを顧客が自分で動かせるという新しい評価機関が登場しました。一見すると形容矛盾。でも掘っていくと、「クレジットの品質のうち、買い手の好みで動かしてよい部分はどこまでか」という、炭素市場の根っこの問いに行き着く話でした。
▍何が新しいのか
米コネチカット州のEldHollow。森林由来カーボンクレジットの品質を評価する審査機関です。中心人物のKyle Arvisais氏は、Pachama、Renoster、Carbon Directと森林炭素の審査の現場を渡り歩いてきた森林炭素科学者。会社自体は2020年にコネチカットの小規模山林所有者向けコンサルティング林業会社として始まり、プロジェクトの検証、そしてレビューへと事業を広げてきたと同社は説明しています。
評価の枠組みはこうです。プロジェクトを「社会」「生態系」「追加性・ベースライン」「MMRV(測定・モニタリング・報告・検証)」「リーケージ」の5カテゴリで採点し、各ベンチマーク(品質基準)を満たすごとに加点、満たした項目数の割合がカテゴリ得点になる。追加性には、満たさなければカテゴリ全体がゼロ点になる必須基準もあります。炭素固有の品質を示す「carbon score」は、このうち追加性・MMRV・リーケージの3カテゴリから計算されます。ベースラインは衛星画像やLiDARを組み合わせた独自の地理空間パイプラインで自前推計し、プロジェクト側の申告と突き合わせるとしています。
そして本題はここからで、顧客は自分のアカウントから各ベンチマークの重みを変更できます。プロジェクトタイプ全体にも、案件ごとにも設定できる。永続性を重視する買い手が関連ベンチマークの配点を引き上げれば、同じプロジェクトでもその買い手にとってのスコアが変わる。「顧客の価値観を反映した評価」を公式に認める設計です。なおこのスコアは項目充足率のチェックリスト型指数であって、「1クレジットが実際に1トンを表す確からしさ」の推計ではありません。既存の格付けというより、格付けとデューデリジェンスの中間にあるサービスと言った方が実態に近いかもしれません。
▍格付けが割れる理由は、重みだけではない
直感的には危うく見えます。買い手が重みを動かせるなら、評価は「欲しい答えを出してくれる注文品」に近づかないか。
ただ、逆側から見るとこうも言えます。そもそも既存の炭素クレジット格付けは、機関ごとに答えがバラバラです。Carbon Market Watchが委託した2023年の調査は、BeZero、Calyx、Renoster、Sylveraの4機関を比較し、同じプロジェクトへの評価が大きく食い違う実態を指摘しました。アマゾンの森林保全プロジェクトが、ある機関では高評価、別の機関では低評価だったという実例も報じられています。
なぜ食い違うのか。理由は重み付けだけではありません。何を追加的とみなすか、反転リスクを何年で測るか、市場リーケージまで対象に含めるか、独自の反実仮想を作るか、それとも申告を査定するだけか——評価対象、データ、推計モデル、合格基準、そして最後の集計方法まで、各社の判断は幾重にも重なっています。つまり「固定された単一スコア」の中にも、判断はもともと埋め込まれている。EldHollowが買い手に開放したのは、その全部ではなく、最後の集計段階の一部です。
だからこれは「事実の判定と価値判断の分離」と呼ぶほどきれいな話ではありません。ベンチマークを満たしたか否かの判定自体に閾値の解釈が入りますし、各項目を均等1点とする設計は、それ自体がすでに暗黙の重み付けです。正確に言えば、専門家が設定した基準と判定の上に、買い手が自分の優先順位を上乗せできるようにした試み。それでも、重みがブラックボックスの中に隠れているか、外に出て動かせるかの違いは小さくないと思います。
一方で、リスクの形も見えてきます。同社はレジストリ・開発者・ブローカーと金銭的関係を持たず、供給市場にも参加しないと独立性を強調しており、費用を払うのは評価される側ではなく買い手です。だとすると本当の危うさは、開発者が高評価を買うことではなく、買い手が自分の調達判断を正当化するスコアを作れてしまうこと。合格した項目だけを強く加重すれば同じ案件の見え方は相当押し上げられますし、案件ごとに重みを変えられる設計は、結論に合わせて物差しを動かす誘因を生みます。いわばスコア・ショッピングです。抑えが利くとすれば、標準の重みによるスコアを必ず併記する、重みは案件を見る前に決めて同種案件に使い回す、対外的な主張には重み設定ごと開示する、といった使い方のガバナンスでしょう。設計の透明性と、使われ方の透明性は別物です。
▍動かしてよい重みと、動かしてはいけない重み
もう一段深い論点があります。加重平均という仕組みは、原理的に「ある項目の弱さを別の項目の強さで埋め合わせる」設計です。しかしクレジットの品質要素には、交換してはいけないものがあります。地域住民への便益がどれだけ大きくても、非追加的な削減が追加的になるわけではない。測定が精緻でも、活動がそっくり別の場所へ移れば削減は生まれない。ICVCMのCCP(コア炭素原則)が追加性や永続性、堅牢な定量化を「好み」ではなく基本条件として置いているのは、この非代替性ゆえです。
だから用途で分けて考える必要があります。クレジットを1トン対1トンの相殺主張に使うなら、追加性・定量化・リーケージ・永続性には買い手が自由に下げてはいけない足切りラインが要る。一方、相殺を主張しない貢献型の資金提供なら、足切りを越えた案件の間で生物多様性や地域便益のどれを重視するかは、まさに買い手の価値判断です。カスタム重み付けが正当に働くのは後者、あるいは前者の足切り通過後だけです。なおCCPラベルはプログラムと方法論カテゴリ単位の認証で、個々のプロジェクトを一件ずつ評価する仕組みではないので、「CCP付きだから個別案件も安心」とはならない点も添えておきます。床の上の個別評価には、依然として別の道具が要るのです。
その観点でEldHollowの公開情報を読むと、一つ気になる点が残ります。森林クレジット最大のリスクである火災や病害などの反転リスクは、方法論上「生態系の害・便益・耐久性」カテゴリに置かれているように読めますが、そのカテゴリはcarbon scoreの構成要素に入っていません。森林の炭素品質を示すスコアに、非永続性リスクがどこでどの程度反映されるのか。公開説明からは読み取れず、同社に確認したい点です。
買い手への教訓は二段階だと思います。第一に、用途に照らして譲れない最低条件を先に決める。第二に、それを通過した案件の間で初めて、自社の優先順位を重みとして載せる。まず足切り、次に重み付け。この順番を守れないなら、カスタム評価は「自社の価値観を映す道具」ではなく「買いたい案件を高く見せる道具」になります。EldHollowが突き付けたのは、格付けに正解がないという話ではなく、正解が要る部分と好みでよい部分の境界線を、買い手自身が引けるかという宿題なのだと感じます。
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■ 参照記事
一次情報
・EldHollow — Who We Are
https://www.eldhollow.com/about
・EldHollow — Methods(採点体系・carbon score・重み調整の仕組み)
https://www.eldhollow.com/methods
・ICVCM — The Core Carbon Principles
https://icvcm.org/core-carbon-principles/
・Carbon Market Watch — Rating the raters: Assessing the quality of carbon credit rating agencies
https://carbonmarketwatch.org/publications/rating-the-raters-assessing-carbon-credit-rating-agencies/
報道・二次情報
・Trellis — The top carbon-credit rating agencies are often inconsistent and inaccurate, watchdog claims
https://trellis.net/article/top-carbon-credit-rating-agencies-are-often-inconsistent-and-inaccurate-watchdog-claims/
・Carbon Direct — Kyle Arvisais(経歴)
https://www.carbon-direct.com/team/kyle-arvisais
