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究極の趣味

「本物の電車を動かすのが究極の趣味だ」。

友人が話した言葉に思わず「ほぉ~!」とうなづいた。
友人は、新潟の鉄道会社で働く現役の電車運転士だ。

子どものころから鉄道が大好きだった友人。彼とは中学生時代に出会い、かれこれ40年以上の付き合いになる。

中学生のころ、はじめて友人の家に遊びに行ったときの衝撃は今も覚えている。
それは部屋の中に精巧に作られた鉄道模型(Nゲージ)のレイアウトだ。
駅のホーム、街並み、鉄橋、トンネルなど、そこには模型化された「景色」そのものがあった。

「すごいヤツがいるもんだ」

度肝を抜かれた思いで鉄道模型を動かす友人を眺めていた。
そんな友人が描いていた将来の夢は、電車の運転士になること。

それは現実のものとなり、今や電車の運転士として毎日多くの乗客を乗せて走っている。

電車好きの少年が、そのまま大人になった


多くの人は子どものころ、将来の夢を聞かれると、うれしそうに話した思い出があるのではないだろうか。

でも大人になるにつれて、目指す方向が変わったり、それぞれの事情で当初の夢を断念せざるを得ない場合が多い。

そんな中、友人は夢をあきらめずに進み、見事に夢を実現。今は電車の運転席に座っている。

小さいころから憧れていた場所に、今は彼がいるのだ。
これは、なかなかできることではない。

好きだからこそ続けられる


電車の運転士は、責任の重い仕事だ。
友人だって、日々の業務を行う中、これまでに多くの困難に直面してきたはずである。

それでも電車の運転士を「究極の趣味だ」と話す。

その言葉を聞いて、やっぱり本当に電車が好きなんだなと思った。

好きなものを仕事にすると逆に嫌いになる。

そんな話もよく聞く。たしかに、そういうこともあるのだろう。
でも友人を見ていると、必ずしも、その限りではないことがよくわかる。


家では模型、仕事では本物


数年前、帰省時に友人宅を訪ねると、部屋いっぱいに敷かれた鉄道模型の線路。一緒にいた人も鉄道模型が趣味の現役の電車運転士。今は街の景色も加わり、一段とスケールが大きくなっていた!

友人は、今も趣味で鉄道模型を楽しんでいる。中学生のころから部屋の中に鉄道模型を走らせていた姿は、今も変わらない。

いや、中学生時代よりもスケールが大きくなっている(笑)。

鉄道が好きな人にとって、模型を走らせるだけでも十分楽しいだろう。
ところが友人の場合、模型だけでは終わらない。

仕事へ行けば、本物の電車を運転している。

レバーを操作すると、大きな車両が動き始める。

家では鉄道模型。仕事では本物の電車。

友人は「鉄道模型を動かすのも楽しいが、本物の電車を動かすことが究極の趣味だ」と話す。

「運転していると楽しいか?」と聞くと「楽しい」と言い切る(笑)。

趣味というと、聞こえは軽いが、重圧に耐えながら運転士としての任務を遂行している。

考えれば考えるほど、たいした男だと思う。

「究極の趣味」がある人生


たぶん本人にとっては、そんなに大げさな言葉ではないのだと思っている。

好きだからやっている。
子どものころから好きだったことを、今も続けている。

好きなものがあって、それをずっと好きでいられる。
そして好きだったことが仕事になり、それでもまだ好きだと言える。

そんな生き方は、すごくカッコいいと思うし、自慢の友人だ。

自分自身、子どものころから写真を撮り続けている。実は、この友人と中学生時代、カメラを持って駅のホームに立ち、入ってくる電車を撮影して、よろこんでいたのが、すべての始まりだ。

彼は、そのまま鉄道好きが高じて本職になった。
僕といえば、鉄道から興味は遠のいたものの、写真が好きなのは変わらず、そのまま写真業界に入り、今もカメラマンとしてシャッターを切る生活を送っている。

写真撮影も仕事となれば、自分の好きな写真ばかりを撮れるわけではない。クライアントが意図する成果物を納品して、はじめてプロとして成立する。

万が一、それが撮れなければ賠償問題に発展する可能性もある。趣味とは、ほど遠い厳しい世界だ。
それでも続けている。この友人がいくつになっても鉄道が好きであることと同じように、自分は写真が好きなんだと思う。

これから先も、歳を重ねても「やっぱりこれが好きなんだよな」と、いえるものを持っていたい。友人の言葉を聞いて、そんなことを思った。

「究極の趣味」

なんともいい言葉である。





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