市役所職員|なぜ、自分は公務員になったのか。
たまに考える。
なぜ、僕は公務員になったのだろうか。
地方で一定以上の所得とステータスがある仕事といえば、
(文系にとっては)公務員か地方銀行が代表的だった。
どちらも経験した僕は、
そんな「とりあえず」が先行していた感は否めない。
…いや、それだけじゃない。
確固たる憧れもあった。
親類に大卒が一人もおらず、
公務員や銀行員なんて身分違いの人達だと思うような価値観にあっては、
スーツを着て働くホワイトカラー。
それだけで、強烈な憧れの的だった。
内定を貰った時、本当に嬉しかった。自分は生まれの差を取り戻したんだ。
大学で上京した時は、
周囲にお金持ちの人がたくさんいて、どこか自分だけ「普通」の基準が違うような劣等感の中にいた。
でも、僕はようやく皆と同じ所にまで上がった。
心が躍りもしたし、安心もした。
でも、実際に銀行員になって、公務員になって、どうだったか。
いや、全然普通じゃねぇか…。
彼らは別に、
一段上にいるような人たちではなかった。
いや、ストックは全然違う。
先祖代々から受けついだ土地や人脈、お金といった資産の量は、依然として全然敵わない。
でも、個人の能力というか、
仕事の出来・不出来については別に変わらなかった。
まだ入りたての頃、
「下から上がってきた僕は、みんなに到底敵わないだろう」
「だから死にもの狂いで努力しなくちゃダメだ」
そんな覚悟でいたから、このギャップには一周回って堪えた。
みんな、良い意味でも悪い意味でも、全然普通なんだ。
誰かそれを前もって教えてくれたら。
いや、当然そうだと分かるような環境に生まれていれば、僕は始めからもっと、より上の挑戦ができたんじゃないだろうか。
そう思ってしまうのだ。
+++
これには反証も実証もあって、それがとある同僚である。
彼女は、両親が公務員の家系に生まれた。
兄は秀才で、成績は常に学年トップ。
県内一の進学校を経て、旧帝大に進み今はアメリカで働いている。
片や彼女は世の中的には成績上位であったものの、
家庭内では兄に対して比較劣位の状態が続いた。
結果、彼女は「自分は公務員くらいにしかなれない」と判断し、市役所の門を叩いた。
…ちなみに彼女は後に僕のパートナーとなる女性で、
「マジか、公務員にしかなれないなんて、そんな価値観あるのかよ!」
と言ったらケラケラ笑っていた。
そうか、僕にとっては天上人であった人達が、生まれた時から周囲にたくさんいると、全く異なる価値観を抱くこともあるんだな。
彼女の場合はまさに、
そんな環境だからこそ「より上位の厳しさを知って、冷静に自分の置き所を決めた」のであった。
こういう生き方もある。
一方で、
彼女の兄は「”普通”の基準が平均よりも上」というその環境を生かして、更に飛躍しグローバル人材にまで到達した。
正直憧れてしまうのは、そういう生き方である。
海外までは行かなくとも、今と同じ能力で、今よりも優れた環境に生まれていれば、もう少し自分は違う場所にいたんじゃないだろうかと考えてしまうのだ。
こういうことを大っぴらに言うと、
説教好きな人から「調子に乗るな」「他責だ」とか言われてしまうから言わないけれど、ネット空間にはこうして書いてしまう。
そんな煩悶を抱きながら、月曜日の朝を迎えるのでした。
皆さんはなぜ、今の仕事に就いたのでしょうか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました^^
