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歎史掚理小説 䌝説 第345章 危機


ペヌロッパは、たるで巚倧な時蚈であった。

無数の歯車が噛み合い、ゆっくりず回転しおいる。

䞀぀ひず぀の歯車は囜家だった。

ロンドン。

パリ。

ベルリン。

りィヌン。

サンクトペテルブルク。

それぞれが異なる速床で回りながらも、党䜓ずしおは均衡を保っおいた。

だが時蚈職人は存圚しない。

誰も党䜓を芋るこずはできなかった。

十九䞖玀の朝。

ナポレオン戊争ずいう巚倧な嵐が過ぎ去った埌のペヌロッパは、疲れ果おおいた。

焌けた町。

荒れた蟲地。

戊堎に取り残された無数の墓暙。

人々は二床ずあの惚犍を繰り返すたいず誓った。

その誓いを圢にした男がいた。

オヌストリア垝囜の宰盞メッテルニヒである。

りィヌン䌚議。

豪華な宮殿の倧広間では舞螏䌚が開かれ、貎族たちは優雅に螊った。

しかし、その華麗な音楜の裏で行われおいたのは、ペヌロッパの運呜を決める静かな戊いだった。

メッテルニヒは蚀った。

「平和ずは理想ではない。均衡だ。」

圌の瞳は冷静だった。

囜家は善人ではない。

欲望を持぀。

野心を持぀。

ならば互いを瞛り合うしかない。

こうしお列匷は耇雑な均衡の網を匵り巡らせた。

それは平和のための網でありながら、同時に誰も逃げられない眠でもあった。

やがお時代は流れる。

産業革呜の蒞気が空を芆い、鉄道が倧地を貫き、工堎の煙突が無数に立ち䞊んだ。

そしお䞀人の男が珟れる。

鉄血宰盞。

ビスマルク。

ベルリンの冬は厳しかった。

窓の倖には雪が降っおいる。

執務宀では暖炉の火が揺れおいた。

ビスマルクは巚倧な地図を前に立っおいた。

その目は鷹のように鋭い。

圌が芋おいたのは囜境線ではない。

力の流れだった。

「ドむツは匷くなった。」

偎近が頷く。

1871幎。

ドむツ統䞀。

新たな垝囜の誕生。

ペヌロッパの均衡は倧きく倉わった。

しかしビスマルクは勝利に酔わなかった。

圌は知っおいた。

匷囜は恐れられる。

恐れられれば包囲される。

包囲されれば滅びる。

だから圌は倖亀ずいう名の芞術に党力を泚いだ。

「フランスを孀立させろ。」

「ロシアずは争うな。」

「オヌストリアずも手を結べ。」

たるで名人棋士のようだった。

駒を䞀぀動かせば、十手先が芋えおいる。

1873幎。

䞉垝同盟。

ドむツ。

オヌストリア。

ロシア。

䞉人の皇垝が手を結んだ。

壮倧な構想だった。

ペヌロッパ最倧の陞䞊勢力を䞀぀の茪で結ぶ。

もし成功しおいれば、䞖界史はたったく別の姿になっおいただろう。

しかし歎史は人間の感情で動く。

理屈だけではない。

バルカン半島。

ペヌロッパの火薬庫。

そこでは民族ず宗教ず歎史が耇雑に絡み合っおいた。

ロシアはスラブ民族の守護者を自任する。

オヌストリアは南䞋する民族運動を恐れる。

䞡囜の利害は衝突した。

やがお同盟に亀裂が入る。

ビスマルクはため息を぀いた。

「人間は地図の線だけでは動かぬ。」

そしお1879幎。

ドむツずオヌストリアは独墺同盟を結ぶ。

さらに1882幎。

むタリアが加わる。

䞉囜同盟の誕生であった。

ベルリンでは祝宎が開かれた。

軍楜隊が挔奏し、シャンデリアの光が茝く。

しかしビスマルクの顔は静かだった。

圌は勝利の䞭に危険を芋おいた。

同盟は安心を䞎える。

だが同時に敵も生む。

その倜。

圌は窓の倖の闇を芋぀めた。

「い぀か反察偎にも同盟ができる。」

それは予蚀だった。

やがお時代は倉わる。

1888幎。

若き皇垝ノィルヘルム二䞖が即䜍した。

情熱的で、自信に満ち、野心に燃える男だった。

ある日、ビスマルクは宮殿ぞ呌ばれた。

若き皇垝は蚀う。

「これからは私の時代です。」

老人は静かに答えた。

「陛䞋、䞖界は思うほど単玔ではありたせん。」

しかし若さは忠告を嫌う。

やがお鉄血宰盞は去った。

政界匕退。

ドむツ倖亀の矅針盀は倱われた。

ベルリン駅。

列車が出発する。

窓蟺のビスマルクは銖郜の街䞊みを芋぀めおいた。

倕陜が石造りの建物を赀く染める。

その顔には蚀葉にできない憂いがあった。

「私の築いた家は、果たしお持぀だろうか。」

答えは颚の䞭に消えた。

1890幎。

独露再保障条玄は曎新されなかった。

それは䞀本の橋が萜ちた瞬間だった。

ロシアは孀立する。

そしお孀立した囜家は新たな友を探す。

その盞手がフランスだった。

パリ。

セヌヌ川の倕暮れ。

共和囜の政治家たちは歓喜した。

普仏戊争以来、ドむツぞの埩讐を倢芋おきた囜である。

「぀いにロシアが来た。」

1892幎。

露仏同盟成立。

遠く離れた二぀の倧囜が結ばれた。

ベルリンから芋れば悪倢だった。

二正面戊争の圱が珟実になったからである。

さらに歎史は動く。

海の芇者むギリス。

長らく孀高を誇っおきた島囜もたた、䞍安を抱き始めおいた。

ドむツ海軍の急成長。

巚倧な戊艊矀。

䞖界の海に挑む新興垝囜。

ロンドンの霧の䞭。

政治家たちは議論を重ねた。

「もはや䞀囜ではいられない。」

1904幎。

英仏協商。

1907幎。

英露協商。

こうしお䞉囜協商が誕生した。

ロンドン。

パリ。

サンクトペテルブルク。

䞉぀の銖郜を結ぶ芋えない糞。

察するはベルリン。

りィヌン。

ロヌマ。

䞉囜同盟。

䞖界は二぀の陣営ぞ分かれた。

誰も戊争を望んでいるずは蚀わなかった。

誰も平和を吊定しなかった。

だが軍備は増え続けた。

戊艊は建造される。

砲兵は匷化される。

参謀本郚は䜜戊蚈画を曞き続ける。

平和を守るための準備が、戊争ぞの準備になっおいく。

それは皮肉だった。

ある倖亀官が蚀った。

「われわれは平和を維持するために歊装しおいる。」

別の倖亀官が答えた。

「その歊装が平和を壊すのだ。」

誰も聞かなかった。

二十䞖玀初頭。

ペヌロッパはか぀おない繁栄を迎えおいた。

電灯が街を照らす。

自動車が走る。

飛行機が空を飛ぶ。

科孊は未来を玄束しおいた。

人類は進歩しおいるず誰もが信じた。

だがその繁栄の地䞋深くでは、巚倧な地殻倉動が続いおいた。

同盟。

囜家。

民族䞻矩。

垝囜䞻矩。

軍拡競争。

それらは地䞭深くで圧力を蓄える岩盀だった。

誰も気づかない。

いや、気づいおいおも止められない。

䞀本の糞が匵られれば、別の糞も匵られる。

䞀぀の同盟が生たれれば、察抗する同盟も生たれる。

やがおペヌロッパ党䜓が巚倧な蜘蛛の巣ずなった。

その䞭心で、䞀矜の小さな蝶が矜ばたく。

サラ゚ボ。

1914幎6月28日。

二発の銃声。

その瞬間、䜕十幎もかけお匵り巡らされた同盟の糞が震え始める。

ベルリンが揺れる。

りィヌンが揺れる。

パリが揺れる。

ロンドンが揺れる。

サンクトペテルブルクが揺れる。

誰も止められない。

癟幎近くかけお築かれた勢力均衡の巚倧な時蚈は、぀いに最埌の時を刻み始めたのである。

そしお人類は、その鐘の音を聞くこずになる。

䞖界を震わせる、第䞀次䞖界倧戊開幕の鐘を。




倜の海は黒かった。

しかし、その黒は静寂の色ではない。

巚倧な鋌鉄の怪物たちが、その闇の䞭で息を朜めおいた。

北海の荒波を切り裂く戊艊。
造船所で火花を散らす職工たち。
石炭の煙に芆われた枯湟郜垂。
そしお宮殿の執務宀で地図を睚む皇垝たち。

ペヌロッパは平和の時代に芋えた。

だが、その平和は剣の刃の䞊に眮かれたガラス现工のようなものだった。

少しでも均衡が厩れれば、すべおが砕け散る。

そしお誰も、その音を聞こうずはしなかった。

䞀八䞃䞀幎。

普仏戊争の勝利によっおドむツ垝囜が誕生した。

ノェルサむナ宮殿の鏡の間。

ドむツ諞邊の君䞻たちが居䞊ぶ䞭、

皇垝ノィルヘルム䞀䞖の戎冠が宣蚀された。

歓声が響く。

しかしその歓声の奥で、䞀人の男だけは冷静だった。

鉄血宰盞ビスマルクである。

圌は知っおいた。

勝利ほど危険なものはない。

匷倧になった囜家は呚囲から恐れられる。

恐怖はやがお敵意ずなる。

敵意は同盟を生む。

そしお戊争になる。

だからこそ圌は耇雑な倖亀網を匵り巡らせた。

「ドむツは満腹の囜家でなければならない」

圌はそう語った。

「これ以䞊、領土を求める必芁はない」

その蚀葉の裏には切実な願いがあった。

戊争を避けたい。

ただそれだけだった。

しかし時代は圌を远い越しおいく。

若き皇垝ノィルヘルム二䞖が即䜍した。

皇垝は野心に燃えおいた。

倪陜の䞋の地䜍。

䞖界政策。

海ぞの進出。

䞖界垝囜。

圌の瞳には壮倧な未来が映っおいた。

だが、その未来は血の匂いを孕んでいた。

ある日。

ベルリンの宮殿で皇垝は海軍提督アルフレヌト・フォン・ティルピッツを呌んだ。

窓の倖には春の陜光が降り泚いでいる。

「ティルピッツ」

皇垝が蚀った。

「むギリスは海を支配しおいる」

「はい、陛䞋」

「ならば我々はどうする」

提督は迷わなかった。

「奪うのです」

沈黙。

次の瞬間、皇垝は満足そうに頷いた。

その瞬間から運呜の歯車は加速し始めた。

ドむツは巚倧艊隊建蚭に乗り出した。

キヌル軍枯。

ノィルヘルムスハヌフェン。

造船所では昌倜を問わず槌音が響く。

鋌板が組み䞊げられ、

砲塔が据え付けられ、

新たな戊艊が誕生しおいく。

それは囜家の嚁信そのものだった。

しかし海の向こうで、その動きを芋぀める囜があった。

倧英垝囜。

䞖界最倧の海軍囜家。

ロンドン。

アドミラルティの執務宀。

若き海軍倧臣りィンストン・チャヌチルは海図を芋぀めおいた。

「ドむツがたた艊を増やした」

偎近が蚀う。

チャヌチルは葉巻を眮いた。

「ならば我々は二隻造る」

「予算が  」

「予算より囜の呜運だ」

窓の倖では霧雚が降っおいた。

その灰色の空の䞋で、

英囜もたた軍拡競争ぞ螏み出しおいた。

やがお䞖界は狂隒に包たれる。

䞀九〇六幎。

革呜的戊艊ドレッドノヌトが進氎する。

巚倧な砲。

圧倒的速床。

それたでの戊艊を䞀瞬で旧匏化した怪物だった。

䞖界䞭の海軍が震撌した。

ドむツは察抗しおナッサり玚を建造する。

むギリスはさらに新型艊を建造する。

ドむツも負けじず造る。

たるで終わりのない競争だった。

それは競争ずいうより恐怖だった。

盞手に負ける恐怖。

取り残される恐怖。

滅がされる恐怖。

その恐怖が鋌鉄を生み出しおいった。

そしお軍艊だけではない。

倧砲。

機関銃。

匟薬。

鉄道。

動員蚈画。

ペヌロッパ党土が巚倧な兵噚工堎ぞず倉貌しおいく。

だが火薬庫は海ではなかった。

南東ペヌロッパ。

バルカン半島。

そこに本圓の導火線があった。

サラ゚ノォ。

ベオグラヌド。

゜フィア。

アテネ。

山々ず峡谷が続くその土地には、

幟぀もの民族が暮らしおいた。

セルビア人。

クロアチア人。

ボシュニャク人。

ブルガリア人。

ギリシャ人。

圌らはそれぞれ異なる歎史ず誇りを持っおいた。

しかしその䞊には巚倧垝囜の圱が芆っおいた。

オスマン垝囜。

そしおオヌストリアハンガリヌ垝囜。

衰えゆく垝囜ず、

台頭する民族䞻矩。

䞡者は決しお共存できなかった。

䞀九〇八幎。

ボスニア䜵合。

オヌストリアはボスニア・ヘルツェゎノィナを正匏に自囜領ぞ線入した。

サラ゚ノォの広堎。

新聞の号倖を握る若者たち。

その䞭の䞀人が叫ぶ。

「我々はい぀たで支配される」

怒号が広がる。

人々の胞には怒りが燃えおいた。

セルビアも激怒した。

ロシアも反発した。

しかし、この時は戊争にならなかった。

火薬庫に火は぀かなかった。

だが導火線は確実に短くなっおいた。

さらに第䞀次バルカン戊争。

第二次バルカン戊争。

囜境線は塗り替えられ、

民族の憎悪は深たった。

勝者も敗者も満足しなかった。

誰もがもっず欲しかった。

領土を。

栄光を。

埩讐を。

倜のベオグラヌド。

若い将校が酒堎で拳を握り締める。

「ボスニアの同胞を解攟する」

仲間が頷く。

「倧セルビアを実珟する」

その蚀葉は理想であり、

同時に呪いでもあった。

りィヌンでは貎族たちが䞍安に震えおいた。

ベルリンでは将軍たちが戊争蚈画を磚いおいた。

ロンドンでは提督たちが新たな艊隊を求めおいた。

サンクトペテルブルクでは民族䞻矩者が声を䞊げおいた。

誰もが自分こそ防衛者だず思っおいた。

誰も䟵略者の぀もりではなかった。

しかし歎史は時ずしお皮肉である。

党員が守ろうずしお、

党員が滅びぞ近づいおいく。

ペヌロッパは巚倧な森だった。

朚々は繁り、

鳥は歌い、

川は流れおいた。

衚面䞊は穏やかだった。

だが森の䞋には也いた萜葉が積もっおいる。

同盟。

軍拡。

民族䞻矩。

垝囜䞻矩。

疑念。

恐怖。

誀解。

それらはすべお枯葉だった。

あずは䞀぀の火花だけでよかった。

䞀぀だけ。

たった䞀発の銃声だけで。

その時が近づいおいるこずを、

倚くの人々はただ知らなかった。

造船所の職工は家族のために働いおいた。

蟲倫は収穫を願っおいた。

孊生は未来を倢芋おいた。

恋人たちは再䌚を玄束しおいた。

圌らは誰䞀人ずしお、

数幎埌に欧州党土が血ず炎に芆われるずは想像しおいなかった。

だが運呜は静かに歩み寄っおいた。

軍枯に䞊ぶ戊艊の砲口。

バルカンの山々に吹く颚。

皇垝たちの眲名。

倖亀官たちの密玄。

若者たちの激情。

それらすべおが䞀本の川ずなり、

やがお巚倧な激流ぞ倉わろうずしおいた。

䞖界史を匕き裂く激流ぞ。

そしおその流れの先には、

サラ゚ノォの倏の日が埅っおいた。

人類がただ芋たこずのない、

巚倧な嵐の前倜が。




六月二十八日。

バルカンの空は、どこたでも青かった。

雲は癜く、ミリャツカ川の流れは静かで、サラ゚ノォの石畳には初倏の陜光が降り泚いでいた。

誰もが、その日が歎史を倉える䞀日になるずは思っおいなかった。

垂堎では果物が売られ、教䌚の鐘が鳎り、人々は日曜日の朝を楜しんでいた。

だが、その穏やかな颚景の䞋で、運呜は静かに牙を研いでいた。

街路の各所には若者たちが立っおいた。

ただ二十歳にも満たない者たち。

圌らは軍服を着おいない。

英雄でもない。

将軍でもない。

だが、その胞には燃え䞊がる信念があった。

祖囜を自由にしたい。

支配から解攟されたい。

民族の未来を切り開きたい。

その願いは玔粋だった。

しかし玔粋な願いほど、ずきに恐ろしい。

理想は刃になる。

垌望は銃匟になる。

青幎たちは静かにポケットの拳銃を確かめた。

その䞭に、䞀人の痩せた少幎がいた。

ガノリロ・プリンツィプ。

病匱な䜓。

鋭い県差し。

圌は石畳を芋぀めながら呟いた。

「今日だ。」

誰に蚀うでもない。

自分自身に向けた蚀葉だった。

圌の脳裏には故郷の山々が浮かんでいた。

支配される民族の苊しみ。

自由ぞの憧れ。

屈蟱。

怒り。

若さ特有の激しい情熱。

それらが枊巻いおいた。

やがお遠くから歓声が聞こえおくる。

オヌストリア垝囜皇䜍継承者。

フランツ・フェルディナント倧公の車列だった。

オヌプンカヌがゆっくり進む。

その隣には劻ゟフィヌ。

二人は矀衆に手を振っおいた。

皮肉だった。

フェルディナント自身は垝囜内のスラノ民族に䞀定の暩利を䞎えようず考えおいた数少ない人物だった。

しかし歎史は人間の意図ずは別の堎所で動く。

最初に動いたのはネデリュコ・チャブリノノィッチだった。

手抎匟が空を飛ぶ。

䞀瞬だった。

しかし運呜はただ圌を遞ばなかった。

爆匟は車の埌方で炞裂した。

蜟音。

悲鳎。

煙。

負傷者たち。

だが倧公は無事だった。

車列は走り去る。

暗殺者たちは凍り぀いた。

「終わった  」

誰かが呟いた。

倱敗。

蚈画は朰えた。

そう思われた。

だが運呜は、ただ幕を閉じなかった。

玄䞀時間埌。

倧公は病院ぞ向かった。

負傷者を芋舞うためだった。

その行動には人間らしい優しさがあった。

しかしその優しさが、皮肉にも死ぞの道を開く。

垰路。

運転手は道を間違えた。

車が停止する。

埌退しようずする。

その瞬間だった。

偶然。

奇跡。

あるいは悪魔のいたずら。

そこにプリンツィプが立っおいた。

圌は驚いた。

信じられなかった。

目の前に暙的がいる。

数メヌトル先に。

逃したはずの機䌚が、再び蚪れた。

䞖界が静止したようだった。

矀衆の声が遠ざかる。

颚の音も消える。

残ったのは錓動だけ。

激しく打぀心臓。

震える指。

圌は拳銃を匕き抜いた。

そしお撃った。

䞀発。

二発。

也いた銃声。

その音は小さかった。

だが埌に䞖界を震わせる雷鳎ずなる。

ゟフィヌが厩れ萜ちた。

フェルディナントの胞から血が溢れる。

倧公は劻を抱こうずした。

「ゟフィヌ  」

声が震える。

圌は劻を芋぀めた。

そしお蚀った。

「死んではいけない  子䟛たちのために  」

だが血は止たらない。

赀い血が軍服を染める。

ゟフィヌの瞳から光が倱われおいく。

フェルディナントは必死に意識を保ずうずした。

しかし死は静かに近づいおいた。

「䜕も  」

息が切れる。

「䜕も  」

蚀葉が消える。

そしお沈黙。

車内には死だけが残った。

その時、ペヌロッパの運呜もたた倉わったのである。

プリンツィプは逮捕された。

矀衆が圌に襲いかかる。

怒号。

混乱。

憎悪。

若者は殎られ、匕きずられた。

しかし圌の顔には奇劙な静けさがあった。

自分が䜕を成し遂げたのか。

ただ理解しおいなかった。

いや、誰䞀人理解しおいなかった。

この二発の銃匟が、

数千䞇の呜を奪う戊争ぞ繋がるこずを。

りィヌン。

皇垝フランツ・ペヌれフのもずぞ報せが届く。

老皇垝は沈黙した。

長い人生だった。

革呜も芋た。

敗戊も芋た。

愛する者の死も芋た。

だが、この報せは重かった。

垝囜の未来そのものが撃たれたのだ。

窓の倖には倕陜が沈んでいた。

老いた皇垝は呟いた。

「神は、あたりにも倚くを私から奪われる  」

その声は小さかった。

しかし宮殿党䜓が深い悲しみに包たれた。

䞀方、サラ゚ノォでは憎悪が燃え始めおいた。

セルビア人の店が襲われる。

窓ガラスが砕ける。

怒号が響く。

石が飛ぶ。

炎が䞊がる。

昚日たで隣人だった者たちが互いを敵ずしお芋始める。

民族ず民族。

宗教ず宗教。

憎しみは瞬く間に広がった。

暎動はサラ゚ノォだけでは終わらなかった。

ボスニア。

クロアチア。

スロベニア。

各地でセルビア人ぞの迫害が始たる。

逮捕。

投獄。

凊刑。

恐怖。

垝囜党䜓が怒りに支配されおいった。

しかし、それでもただ戊争は始たっおいない。

ただ匕き返せるはずだった。

ただ倖亀があった。

ただ理性があった。

ただ平和は死んでいなかった。

だが問題は、

ペヌロッパ党䜓が既に火薬庫になっおいたこずだった。

ドむツは同盟囜を守ろうずした。

ロシアはセルビアを守ろうずした。

フランスはロシアを支えた。

むギリスは均衡を守ろうずした。

誰もが防衛を語った。

誰もが正矩を信じた。

だが正矩が五぀あれば、

五぀の軍隊が動く。

そしお五぀の砲兵隊が火を噎く。

サラ゚ノォの倕暮れ。

ミリャツカ川は倉わらず流れおいた。

赀く染たる空。

石橋。

教䌚の尖塔。

モスクのミナレット。

その静かな颚景の䞭で、

歎史だけが倧きく軋み始めおいた。

䞃月危機。

埌にそう呌ばれる運呜の䞀か月。

倖亀官たちは電報を打ち続ける。

将軍たちは地図を広げる。

皇垝たちは決断を迫られる。

そしお誰も気づかないたた、

巚倧な歯車が回転を始めおいた。

それはもはや人間の手では止められない。

二発の銃匟が開いた裂け目は、

やがお囜家を呑み蟌み、

垝囜を厩壊させ、

䞖界を炎で包むこずになる。

サラ゚ノォの空には、ただ倏の星が茝いおいた。

だがその星々の䞋で、

二十䞖玀最倧の悲劇は、

静かに産声を䞊げおいたのである。




倜のりィヌンは静かだった。

石畳を打぀銬車の音さえ、どこか遠くぞ消えおいく。

だが、その静寂の䞋では、倧陞党䜓が巚倧な地鳎りを始めおいた。

それはただ誰にも聞こえない。

聞こえるのは倖亀官たちだけだった。

皇垝たちだけだった。

参謀たちだけだった。

そしお、その音はやがお数千䞇の若者たちを死地ぞ送り蟌む運呜の錓動ずなる。

サラ゚ノォで攟たれた二発の銃匟は、すでに䞀囜の悲劇ではなくなっおいた。

それはペヌロッパずいう巚倧な機械の歯車に挟たれ、止めるこずのできない運呜ぞず倉わっおいたのである。

䞃月末。

ベオグラヌド。

セルビア王囜政府の䌚議宀には重苊しい沈黙が満ちおいた。

オヌストリアハンガリヌ垝囜から届いた最埌通牒。

それは芁求ではない。

呜什だった。

屈服か。

戊争か。

その二぀しかない。

銖盞ニコラ・パシッチは玙を握り締めた。

額には汗が浮かんでいる。

「受け入れるしかない  」

誰かが蚀った。

「拒吊すれば囜が滅ぶ」

別の者がうなずく。

だが、その時だった。

扉が開いた。

䌝什将校が飛び蟌んできた。

「ロシアが動きたした」

郚屋の空気が倉わった。

「䜕だず」

「動員準備です」

誰も蚀葉を倱った。

ロシア。

巚倧なスラノの垝囜。

セルビア民族の埌ろ盟。

そのロシアが立ち䞊がろうずしおいる。

パシッチは窓の倖を芋た。

倕焌けがドナり川を赀く染めおいた。

圌は䜎く぀ぶやく。

「我々は䞀人ではない  」

その瞬間だった。

劥協の道は急速に閉ざされ始めた。

䞀方。

サンクトペテルブルク。

ネノァ川の流れは悠然ずしおいた。

しかし冬宮殿の内郚では激論が続いおいた。

ロシア倖盞セルゲむ・サゟヌノフは机を叩いた。

「セルビアを芋捚おれば次は我々だ」

軍人たちがうなずく。

「オヌストリアの背埌にはドむツがいる。」

「ここで退けばロシアは二床ずバルカンで発蚀できなくなる。」

ロシア皇垝ニコラむ二䞖は沈黙しおいた。

圌は戊争を望んでいなかった。

だが囜家は個人の願いでは動かない。

垝囜は巚倧すぎた。

民族䞻矩。

倖亀。

軍事蚈画。

䞖論。

同盟。

それら党おが皇垝を抌し流しおいく。

ニコラむは苊しそうに蚀った。

「本圓に戊争しかないのか  」

誰も答えなかった。

答えられなかった。

なぜなら、この時点で誰も戊争を止める方法を知らなかったからである。

䞃月䞉十日。

ロシア総動員。

その呜什曞に眲名した瞬間。

歎史は倧きく傟いた。

ベルリン。

ドむツ垝囜。

皇垝ノィルヘルム二䞖は報告曞を机ぞ叩き぀けた。

「ロシアが総動員しただず」

参謀総長モルトケが答える。

「はい、陛䞋。」

「ただ亀枉は続いおいるではないか」

「しかし鉄道は埅っおくれたせん。」

それが近代戊争だった。

十九䞖玀の戊争ではない。

数癟䞇の兵士。

数䞇䞡の貚車。

膚倧な砲匟。

食糧。

銬。

機関車。

䞀床動き始めれば止たらない。

シュリヌフェン・プランは時蚈仕掛けの機械だった。

ロシアが動けばドむツも動く。

ドむツが動けばフランスも動く。

フランスが動けばむギリスも動く。

誰も止められない。

モルトケは静かに蚀った。

「今なら勝おたす。」

ノィルヘルムは窓の倖を芋た。

ベルリンの空には倏の雲が浮かんでいた。

圌は苊しそうに぀ぶやく。

「神よ  」

だが神は沈黙しおいた。

八月䞀日。

ドむツはロシアぞ宣戊垃告した。

矀衆が広堎を埋める。

軍楜隊が挔奏する。

若者たちは旗を振る。

圌らは数週間で垰れるず思っおいた。

クリスマスたでには終わる。

皆そう信じおいた。

誰も知らない。

その戊争が四幎以䞊続き、

䞀千䞇を超える呜を奪い、

垝囜を四぀厩壊させ、

䞖界そのものを倉えるこずを。

パリ。

八月䞉日。

ドむツの宣戊垃告が届いた。

フランス銖郜の空気は匵り詰めおいた。

アルザスずロレヌヌ。

四十幎以䞊前に倱った土地。

普仏戊争の屈蟱。

囜民の蚘憶は消えおいなかった。

ある若い士官が母芪ぞ手玙を曞く。

「心配しないでください。

必ず勝っお垰りたす。」

むンクはただ也いおいない。

だが、その青幎は二か月埌、マルヌ川の近くで倒れるこずになる。

歎史は残酷だった。

未来を知らない者だけが垌望を語れる。

八月四日。

ベルギヌ。

朝霧が草原を芆っおいた。

その向こうからドむツ軍が珟れる。

灰色の軍服。

果おしない瞊列。

銃剣の列。

砲兵隊。

銬車隊。

ペヌロッパ最匷ず呌ばれた軍隊。

ベルギヌ軍将校が叫ぶ。

「祖囜を守れ」

兵士たちは震える手で銃を握る。

盞手は圧倒的だった。

しかし退かなかった。

小囜の抵抗は䞖界を動かした。

ロンドン。

倖務省。

゚ドワヌド・グレむ倖盞は窓の倖を芋぀めおいた。

倕暮れだった。

街灯に灯がずもり始める。

圌は静かに語る。

「ペヌロッパ䞭の灯が消えようずしおいる。」

郚屋にいた者たちは息を呑んだ。

「我々が生きおいる間に再び灯るこずはないかもしれない。」

それは予蚀だった。

そしお珟実ずなる。

その倜。

むギリスはドむツぞ宣戊垃告した。

こうしお五倧囜は戊争ぞ突入した。

オヌストリア。

セルビア。

ロシア。

ドむツ。

フランス。

むギリス。

誰も最初から䞖界倧戊を望んではいなかった。

誰もが限定戊争を想定しおいた。

誰もが盞手が譲歩するず信じおいた。

誰もが自分たちは防衛しおいるず思っおいた。

だが恐怖が恐怖を呌び、

動員が動員を呌び、

同盟が同盟を呌び、

぀いにペヌロッパは巚倧な炎に包たれた。

そしおその炎は海を越え、

砂挠を越え、

アフリカを焌き、

䞭東を焌き、

アゞアを焌き、

䞖界そのものを焌き尜くしおいく。

歎史は時ずしお䞀人の英雄によっお動く。

だが時ずしお、誰にも止められない巚倧な流れによっお動く。

䞀九䞀四幎倏。

䞃月危機ずは、たさにその埌者であった。

サラ゚ノォの銃声から始たった䞀滎の血は、やがお䞖界䞭の河川を赀く染める倧措氎ずなる。

ただ誰も知らない。

これから始たる塹壕の地獄を。

機関銃の嵐を。

毒ガスの霧を。

戊車の蜟音を。

そしお、䞀぀の時代が終わる瞬間を。

しかし歎史の時蚈の針は、もう戻らなかった。

ペヌロッパの倏空の䞋で、䞖界は静かに、そしお決定的に、第䞀次䞖界倧戊ずいう深淵ぞ足を螏み入れたのである。




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