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第2話 秀吉と秀長

第二話 兄弟、それぞれの天下

小田原城を望む丘で、豊臣秀吉は悠然と軍勢を見渡していた。

「北条も、ようやく己の立場が分かってきたころであろう」

眼下には徳川、前田、上杉、宇喜多、毛利――かつて争い合った大名たちの陣が果てしなく続く。

その姿こそ、秀吉が築き上げた天下そのものだった。

少し後ろに控える弟・秀長が静かにうなずく。

「これほどの大軍を前にすれば、城内の動揺も大きいことでしょう」

「戦わずして勝つ。それこそ天下人の戦じゃ」

秀吉は満足そうに笑った。

「北条が頭を下げれば、戦国の世も終わる。日の本は一つになる」

秀長は兄を見つめながら深く頭を下げた。

「兄上だからこそ成し遂げられた天下でございます」

その言葉に偽りはない。

兄には人を動かす力がある。

不可能を可能へ変え、天下を一つにする力だった。

しかし秀長の目は、小田原城ではなく、その城下町へ向いていた。

閉ざされた商家。

人影の消えた街道。

収穫されぬまま残る田畑。

家に身を潜める老人や女、子どもたち。

戦に苦しむのは兵だけではない。

「兄上」

「なんじゃ」

「城が開いた後、この町をどのように治められますか」

秀吉は少し眉をひそめた。

「また、その話か」

「はい。北条を降すことと、人々の心を治めることは別にございます」

「勝った者に従わせればよい」

秀長は静かに首を振る。

「恐れで頭は下げられます。しかし恐れは恨みとなり、子や孫へ残りましょう」

秀吉の扇が止まった。

近習たちも思わず二人へ視線を向ける。

「城を奪い、町を焼けば北条は滅びます。しかし暮らしを失った者の心には、次の戦の種が残ります」

「では、どうせよと申す」

秀吉の声にわずかな苛立ちが混じる。

秀長は兄をまっすぐ見た。

「降伏した者の命を守ること。

田畑を耕す者を守ること。

商人が店を開けるよう道と橋を直すこと。

そして勝った側が先に米を分け与えることです」

「敵へ米を与えよと?」

「明日からは殿下の民となる人々にございます」

しばらく沈黙が流れた。

遠くで太鼓が鳴る。

やがて秀吉は苦笑した。

「おぬしは昔から面白みに欠ける男じゃ」

秀長も微笑む。

「兄上が面白すぎるのでございます」

「わしが天下を取ろうとしておる横で、井戸や米の話ばかりしおって」

「天下を長く保つには、井戸も米も欠かせませぬ」

秀吉は扇で弟の肩を軽く叩いた。

怒ってはいない。

秀吉に本音を言える者は、この弟しかいなかった。

皆が天下人を称える中、秀長だけは足元を見る。

皆が勝利を喜ぶ前に、敗れた者の明日を考える。

秀吉は静かに息を吐いた。

「よかろう。城が開いた後の米と水は、おぬしに任せる」

「ありがたき幸せ」

「ただし、まだ城は落ちておらぬぞ」

「承知しております」

その時、一人の使者が駆け上がってきた。

「申し上げます! 徳川殿の家臣・大久保彦左衛門と忍びの者が、小田原城下へ入ったとのこと!」

秀吉は徳川の陣へ目を向けた。

「家康め。城を攻める前から町を調べておるのか」

秀長も静かにうなずく。

「家康殿もまた、戦の後をご覧になっているのでしょう」

秀吉は鼻を鳴らした。

「おぬしも家康も、先のことばかり考えおる」

秀長は穏やかに答える。

「兄上が道を切り開いてくださるからこそ、私どもはその先を考えられるのでございます」

秀吉は何も言わず、小田原城と徳川の陣を見比べた。

天下を一つにする秀吉。

人々の暮らしを守ろうとする秀長。

そして戦の先に、新しい国づくりを見据える家康。

三人は同じ時代を歩いていた。

だが、その目指す未来は、少しずつ違う方向へ向かい始めていた。



次回 第三話「家康が見た道と川」

――兵だけが通る道は、国を疲れさせる。商人と旅人が行き交う道こそ、国を豊かにする。――


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