南斗五車星という組織を本気で考えてみる
其の一 南斗五車星、ユリアが飛び降りるまで何をしていたのか
『北斗の拳』を見返していると、
「あなたたち、今までどこにいたんですか」
と聞きたくなる人々がときどき現れる。
その代表格が、南斗五車星である。
山のフドウ。
元ヤンにして巨漢保育士。ラオウが恐れた鬼。
雲のジュウザ。
風のように生きる年齢不詳フリーダムおじさん。ただし戦闘力は異常。
炎のシュレン。
使命感が強すぎて自分まで燃やしてしまう特攻隊長。
風のヒューイ。
若くて強くてイケメン。ところが初戦で綺麗に散る。
そして海のリハク。
戦略家。
自称である。
これだけの戦力が揃っていながら、最大の疑問がある。
あなたたち、前半ずっと何をしていたんですか。
サウザーが巨大勢力を築き、子供たちまで動員して聖帝十字陵を建設している。
シュウは民衆を守りながら必死でレジスタンス活動を続けている。
ケンシロウは一人で荒野を歩き、行く先々でモヒカンに絡まれている。
ところが五車星は一切出てこない。
おそらくリハクに聞けば、
「我らの使命は南斗最後の将をお守りすること」
と答えるのであろう。
しかし、その最後の将が生きていく世界そのものが無茶苦茶になっている。
世界中でモヒカンが暴れ、村が襲われ、サウザーが子供まで使って巨大建造物を造っているのに、
「それは我々の所管ではない」
で通してしまう。
南斗、恐ろしくドライである。
そして、サウザー問題以上に触れてはいけない疑問がある。
ユリアがシンに囚われていた時、あなたたちは何をしていたんですか。
南斗五車星の存在意義とは、「南斗最後の将を守ること」である。
その最後の将とは、ユリアである。
そのユリアがシンに連れ去られ、軟禁されている。
普通なら非常事態宣言だ。
フドウを筆頭に五車星を緊急招集。
ヒューイが偵察。
シュレンが陽動。
リハクが救出作戦を立案。
ジュウザについては……まあ、来るかどうか分からない。
とにかく全戦力を投入してでも救出しなければならない。
ところが、
誰も来ない。
シンがKINGを名乗って勢力を拡大しても来ない。
ユリアが精神的に追い詰められても来ない。
そしてついに――
ユリアが飛び降りる。
いやいやいや。
ここまで行く前に動いてください。
一歩間違えればユリアは死んでいる。
そうなれば、
南斗五車星、活動開始前に存在意義そのものが消滅
である。
ここで一つの仮説が浮かぶ。
五車星はユリアがシンに連れ去られたことを知らなかったのではない。
実は知っていたのではないか。
ケンシロウがシンに敗れた直後、リハクはシンのもとへ話をしに行った。
「シンよ。ユリア様を連れ去ったと聞いた」
「そうだ」
「いや、その……さすがに連れ去るというのは、ちょっと……」
するとシンが言う。
「リハク。ユリアは誰と一緒にいた?」
「ケンシロウだ」
「何拳だ?」
「北斗神拳……」
「俺は?」
「南斗……」
「ユリアは?」
「南斗最後の将……」
「お前たちは?」
「南斗五車星……」
シンは静かに言う。
「なら南斗の俺といる方が自然だろう」
リハク。
「…………むう」
言いくるめられた。
五車星が簡単に引き下がったのには、もう一つ理由があったのかもしれない。
心のどこかで、
「南斗最後の将が北斗神拳の男とよろしくやっているのは、どうなんだ」
と思っていた。
結果、
「シンの手段には問題があるものの、南斗六聖拳の庇護下であるため当面静観」
という、とんでもない判断が下された。
そしてユリアは飛び降りる。
南斗五車星、最初の重大インシデントである。
だから後半になると、五車星は突然、本気を出す。
城を用意する。
兵を配置する。
罠を仕掛ける。
ユリアの存在を隠す。
ヒューイを出す。
シュレンを出す。
ジュウザまで引っ張り出す。
フドウまで投入する。
いや、その危機管理能力をシンの時に使ってください。
おそらく一度、
「まあシンも南斗だし」
で様子を見た結果、ユリアが飛び降りた。
さすがの五車星も内部検証を行ったのだろう。
「今回のユリア様転落事案について、忌憚のない意見を」
沈黙。
フドウが言う。
「最初に助けに行けばよかったのではないか」
「…………」
正論。
ジュウザ。
「だから好きな男と一緒にいさせてやればよかったんだよ」
「…………」
一番自由な男が一番まともである。
其の二 海のリハク、Excel上では無敗
そして問題の海のリハクである。
彼は決して頭が悪いわけではない。
知識もある。
経験もある。
忠誠心もある。
ただし、一つ致命的な問題がある。
計画が現実に弱い。
リハクの頭の中では、おそらくすべて完璧なのだ。
ヒューイを配置。
シュレンを投入。
ジュウザで足止め。
フドウを配置。
城内に罠。
最後にケンシロウ。
完璧である。
Excel上では。
おそらくリハクのパソコンには、
「ラオウ軍侵攻シミュレーション_最終版_本当の最終版.xlsx」
というファイルがある。
ヒューイ配置――○
シュレン配置――○
ジュウザ投入――◎
フドウ投入――◎
城内トラップ――◎
総合判定。
勝利確率92%。
ところが実戦になる。
ラオウが来る。
計画が崩れる。
人が予定通り動かない。
そしてリハクが言う。
「むう……これは読めなんだ」
いや。
読めなんだじゃないんですよ。
あなた戦略担当でしょう、と。
リハクに足りなかったのは、読む力そのものではない。
現場から情報を集める仕組みである。
彼は盤面を読む。
敵を読む。
ラオウを読む。
戦況を読む。
しかし、全部を自分の頭の中で考える。
だから、現実が少しでも予定から外れると対応できない。
本当に優秀な参謀なら、自分がすべてを見る必要はない。
見る人間を各地に置けばいい。
諜報員を置く。
補給班を作る。
水場を管理する。
シュウと連携する。
レイにも接触する。
トキに協力を求める。
ケンシロウには情報を渡す。
フドウには現場統括を任せる。
ジュウザには、せめて定期連絡だけ義務付ける。
そもそも、五車星の人材配置もかなりおかしい。
フドウ。
現場最強。
人望がある。
子供から慕われる。
人間を見る目がある。
ジュウザ。
天才だが出社しない。
シュレン。
責任感が強すぎて自分を燃やす。
ヒューイ。
期待の若手だが初案件でいなくなる。
リハク。
現場にはほとんど出ないが戦略を全部決める。
……嫌な会社である。
普通に考えれば、
総括部長 フドウ
経営企画室長 リハク
くらいが適任だったのではないか。
リハクが、
「ジュウザを投入する」
と言った時、フドウなら、
「いやリハク。あいつ絶対来んぞ」
と言ってくれる。
この一言だけで、五車星の計画精度はかなり上がる。
ジュウザは強い。
とにかく強い。
しかし組織人として考えると、絶対に管理職にしてはいけない。
酒。
女。
自由。
気まぐれ。
会社の理念を朝礼で唱和させようものなら、昼にはいなくなっているタイプである。
ところが会社が危機に陥った瞬間、リハクはこの男に頼る。
「ジュウザよ。ユリア様のために命を張ってくれ」
現代企業で言えば、普段ほぼ連絡も取らない天才フリーランスに、会社が倒産寸前になった瞬間だけ電話をかけ、
「頼む。うちの理念のために三日徹夜して炎上案件を鎮火してくれ」
と言っているようなものだ。
しかもジュウザは、本当に命まで張る。
これ以上ありがたい人材はいない。
しかし、経営側のマネジメントとしてはどうなのか。
其の三 ジャギを入れれば、南斗の会議は少しまともになる
そして人材配置を考えていると、恐ろしい結論にたどり着く。
ジャギを迎え入れた方がよかったのではないか。
もちろんジャギである。
人格に難がある。
承認欲求が強い。
すぐ怒る。
コンプライアンス研修は必須。
単独行動も禁止。
だが、使い方さえ間違えなければ案外有能である。
ジャギは北斗の世界では珍しく、
「なぜ正面から戦う必要がある?」
と考えられる男だ。
銃を使う。
含み針も使う。
拳法だけにこだわらない。
そして何より合理的である。
リハクが会議で言う。
「まずヒューイを向かわせる」
ジャギ。
「待て」
「なんじゃ」
「一人で?」
「うむ」
「その次は?」
「シュレン」
「一人で?」
「うむ」
「その次は?」
「ジュウザ」
ジャギはしばらく考えて言う。
「全員で行けよ」
五車星設立以来、誰も言えなかった正論である。
ただし、ジャギを自由にしてはいけない。
絶対にいけない。
そこで、
直属上司・山のフドウ。
これである。
フドウなら物理的に止められる。
しかもジャギのような承認欲求の強い人間に対して、
「お前の考えにも一理ある」
「お前にしか気づけぬこともある」
と言ってやれる。
ジャギはその日から猛烈に働く可能性がある。
役職も与えよう。
南斗五車星・特別戦術顧問。
専用の部屋。
ちょっといい椅子。
立派な名刺。
会議では必ず一度意見を聞く。
ただし決裁権なし。
部下なし。
武器庫の鍵も渡さない。
VIP待遇だが権限はない。
承認欲求だけ満たし、アイデアだけ吸い上げる。
そして調子に乗ったら、
フドウ。
「ジャギ」
大きなあの手で肩を叩く。
「……はい」
完璧である。
このジャギを含め、南斗には本来、使える人材がかなり揃っている。
シュウはサウザーに対して必死でレジスタンス活動をしている。
弱者を守る。
子供を守る。
現地ネットワークもある。
レイは南斗水鳥拳の伝承者。
強い。
義理堅い。
状況判断もできる。
ケンシロウとも信頼関係を築けている。
トキは北斗史上でも屈指の実力者で、人格者であり、医療までできる。
なのに、なぜか連携しない。
シンはシンで暴走。
シュウは単独でレジスタンス。
レイは妹を探して放浪。
五車星は潜伏。
ジュウザは自由業。
サウザーは独立して巨大勢力化。
ユリアは軟禁。
南斗、名前だけ同じで全然連携していない。
同じ会社なのに、各部署がお互いのメールアドレスも支店の電話番号すら知らないような状態である。
シンの「痛さ」くらい、事前に調べておけば分かったはずだ。
シン。
強い。
南斗六聖拳。
そこまではいい。
問題は、
ユリアに対してかなり重い。
束縛する。
街まで造る。
財宝を集める。
本人が嫌がっているのに、
「これだけ与えれば分かってくれる」
という方向へ突き進む。
諜報員を置いておけば、報告書にはこう書かれる。
【シン方面】
ユリア様への執着、前週比さらに上昇。
街の建設を開始。
宝石・衣類を大量調達。
ユリア様の反応――極めて悪い。
危険度:A
一方シュウ。
【シュウ方面】
聖帝軍に対する抵抗活動を継続。
弱者および子供を保護。
現地住民からの信頼、極めて高い。
人物評価:健気すぎる。至急支援されたし。
レイ。
【レイ方面】
南斗水鳥拳伝承者。
戦闘能力極めて高し。
義理堅い。
採用推奨:A
トキ。
【トキ方面】
戦闘・人格・医療、すべて優秀。
警護適性:S
ケンシロウ。
【ケンシロウ方面】
ユリア様との相互信頼、極めて強固。
戦闘力、高。
ただし水の携行量に問題あり。
至急、水二樽を届けられたし。
一週間情報を集めれば分かる。
シンではない。
どう考えてもケンシロウ側である。
其の四 南斗最後の将を守る最強チームと、世紀末の正体
ユリアを守りたい。
それが五車星の使命である。
ならば最初に考えるべきなのは、
ユリアを一番安全で幸せな場所に置くことではないのか。
候補を考えてみる。
ケンシロウ。
北斗神拳伝承者。
最初から無敵だったわけではない。
シンには敗れている。
旅の序盤には水も十分に持たず、替えの服ばかり用意している。
戦闘力はともかく、兵站には若干の不安がある。
そしてトキ。
北斗史上でも屈指の実力者。
人格者。
医療までできる。
ならば、
ケンシロウ+トキ+南斗の支援網
でいい。
本人が愛している男がケンシロウ。
護衛もケンシロウ。
医療担当はトキ。
南斗が水と食料と情報を届ければいい。
安全保障と本人の幸福が、奇跡的に一致しているのである。
こうして人材を配置すると、最強チームができる。
警護責任者――ケンシロウ。
医療・警護――トキ。
現場統括――フドウ。
民衆・地域ネットワーク――シュウ。
機動戦力――レイ。
遊撃――ジュウザ。
情報分析――リハク。
補給・兵站――南斗情報調査室。
戦術上の粗探し――ジャギ。
強い。
むちゃくちゃ強い。
しかも何より、
ユリア本人が幸せである。
ケンシロウがまだシンに勝てない時期なら、トキやフドウが補う。
モヒカンが近づいてくるなら、先に情報を入れる。
水がなくなるなら届ける。
危険な道なら迂回させる。
シュウのネットワークを使って各地に補給所を設ける。
レイのような在野の南斗拳士とも情報共有する。
ジャギには作戦会議で好きなだけ粗探しをさせる。念のためケンシロウの存在は伏せておく。
そしてリハクは、
自分で全部決めず、集まってきた情報を分析する。
これなら本当に知将である。
南斗最後の将直属、
南斗情報調査室兼補給部。
リハクが最初に作るべきだったのは、城でも罠でもなかった。
これだったのである。
最初の報告書は、一行で済む。
「ユリア様についてはケンシロウ様と一緒にいていただくのが、安全面・精神面ともに最適と判断します。なおケンシロウ様は水の携行量に問題があるため、補給班を派遣します」
これでよかった。
……と、ここまで書いておいて言うのも何だが、
「そこまでツッコんだら元も子もないやん」
と言われれば、その通りである。
五車星が最初から諜報部を持ち、
シュウと連携し、
レイを取り込み、
トキと情報共有し、
ケンシロウに水を届け、
フドウが現場をまとめ、
ジャギを適度に褒めながら管理し、
リハクの作戦を全員でレビューしていたら――
たぶん『北斗の拳』はかなり早く終わる。
ケンシロウが荒野を歩いていると、南斗補給班がやってくる。
「ケンシロウ様、お疲れさまです」
「……」
「水です」
「……」
「この先三キロにモヒカン二十名おりますが、レイ様が処理されました」
「……」
「ユリア様はフドウ様とトキ様がお守りしております」
「……」
「シュウ様より、安全な宿泊場所も確保済みです」
「……そうか」
何も起こらない。
これでは世紀末救世主伝説ではない。
世紀末危機管理マニュアルである。
だが、考えてみれば逆なのかもしれない。
なぜあの世界に世紀末が訪れたのか。
核戦争が起きたから。
文明が崩壊したから。
国家が機能しなくなったから。
もちろんそれもある。
しかし、その後の世界を見ていると、もう一つ大きなものが失われている。
組織力である。
情報を共有する。
役割を分担する。
人材を適切に配置する。
敵対していない者同士は協力する。
水や食料を届ける。
弱者を守る仕組みを作る。
優秀な人物を横につなぐ。
そして何より、
一人の英雄に全部やらせない。
それができなくなった世界だからこそ、ケンシロウという一人の救世主が必要になった。
南斗も同じだったのだろう。
拳法は恐ろしく発達している。
一人ひとりは異常に強い。
シュウのような人格者もいる。
フドウのような現場型リーダーもいる。
ジュウザのような天才もいる。
リハクのような知識人もいる。
レイのような義理堅い男もいる。
なのに、
つながらない。
一人ひとりは強いのに、組織になると急に弱い。
だからシュウは一人で戦う。
レイは一人でさまよう。
ジュウザは一人で遊ぶ。
フドウは子供たちを守る。
リハクは一人で考える。
そしてケンシロウは子連れで歩く。
もしかすると、これこそが世紀末なのかもしれない。
文明が壊れたということは、建物が壊れ、道路が壊れ、水道が止まったというだけではない。
人と人をつないでいた仕組みまで壊れた。
だから誰も連携できない。
誰も全体を把握できない。
目の前で起きている問題を、それぞれが自分の拳だけで解決する。
そして、そんな世界でリハクだけが壮大な戦略を立て、
最後に言うのである。
「むう……これは読めなんだ」
ここまでツッコんでしまえば、
「もう元も子もないやん」
という話である。
でも、まあ仕方がない。
何しろ乱世の世紀末なのだ。
情報共有もない。
横の連携もない。
まともな補給網もない。
組織というものがどう機能すれば強くなるのかさえ、みんなよく分かっていなかったのだろう。
だからこそ、あの世紀末が訪れた。
そして結局――
組織力というものを誰もよく分かっていないものが多すぎたから、世紀末になったのかもね。
