オーストリアへ家族旅行 | ドイツ→オーストリア | ウィーン編①
こんにちは、ドイツ在住「煮ても焼いてもドイツ」のニヤキです。
ドイツ生活のあれこれを中心に情報発信をしています。
2週間の学校休暇(フィンステン休暇)中に家族でお隣・オーストリアへ旅行に行った際の備忘録です。
ザルツブルク編はこちら
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お次の目的地はウィーンです。
ザルツブルクからはÖBB(オーストリア全土を運行する国有鉄道会社)で、移動。
ÖBBはオーストリア国内主要都市(ウィーン・ザルツブルク・グラーツ・インスブルックなど)を高速・高頻度で結び、さらにドイツ・スイス・ハンガリーなど周辺国とも直通運転を行う、オーストリア最大の交通インフラ企業です。

この日、利用したのは2等車の2階席。
ザルツブルク駅を4分遅れで出発した列車。
車内アナウンスのたびに「本日は電車が4本遅れましたことをお詫び申し上げます」と謝罪が入り、1時間遅れたとて堂々としているドイツ鉄道がスタンダートとなっている我々からすると「神かっ!?」というレベル。
・・・この日、我々が乗っていた車両だけ空調が壊れていて物凄い暑い車内だったのですが、それすらも許せたのは、普段ドイツ鉄道に散々してやられていてかなり耐性(負の)がついているからかと(苦笑)
本当にドイツ鉄道はお粗末です。
・・・こうして到着したウィーン。
U-Bahn(地下鉄)に乗って、ホテルへ。
まだチェックインができなかったので、荷物を置いて近くのカフェへ。
フィンランドの女性がひとりで切り盛りしている小さなカフェは北欧雑貨や北欧食器だらけで、北欧好きとしてはテンションが上がる。

我々が旅行した週は毎日快晴の夏日。
日陰に入れば暑さはないものの、やはり日差しが強く、また旅行ということで普段よりも多く歩くので体力も奪われます。
到着した日は、チェックイン後、ホテルでゆっくりと休み、早めの夕食へ。
ウィーンといえば、シュニッツェル。
名店、Figlmüller(フィグルミュラー)を目指します。
Figlmüller(フィグルミュラー)は、ウィーン中心部にある“世界一有名なシュニッツェルの店”として知られる老舗レストラン。
1905年創業で、120年以上にわたりウィーン名物のシュニッツェル文化を象徴する存在となっています。

予約もできるのですが、かなり早めにしないと特に今の時期はすぐに予約が埋まってしまうようで、我々は予約なしで並んで待つことを覚悟して挑みました。
16時半ころだったのですが、店内は満席。
次々と予約客がやってきて店先はごった返していたのですが、我々は予約なしのグループの先頭だったため、15分ほど待っただけで席につけました。

Ottakringer(オッタクリンガー)は、ウィーン16区オッタクリングにある1837年創業の老舗ビール醸造所で、現在ウィーンに残る最後の大規模醸造所。
やってきました、ウィーナーシュニッツェル(仔牛)。
我々はシュニッツェルは2皿、それにポテトとクヌーデル(Knödel)というは、ドイツ・オーストリア・チェコなど中欧で広く食べられる団子状のダンプリング料理(じゃがいもやパンを丸めて茹でたもの)を頼みました。
・・・実はこのクヌーデルが美味しくて、ホウレンソウとパルジャミーノの入ったものだったのですが、旦那と私の間では、シュニッツェルよりもクヌーデルが美味しかった、という結論に(笑)
(すみません、写真はないです)

レストラン内は、忙しない雰囲気はなく、ゆっくり食事ができました。
(1階の出入り口付近の席だとそうはいかないかもしれませんが)
なんなら、デザートもということで、オーストリアの定番「Kaiserschmarrn(カイザーシュマーレン)」。

カイザーシュマーレンは、オーストリアを代表する甘い粉もの料理で、 皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が愛した“ちぎりパンケーキ”として知られています。
ふわふわの生地をバターで焼き、途中で大きくちぎりながらキャラメリゼし、 粉砂糖をたっぷり振って仕上げるのが特徴です。
・・・こちらも美味しかったです。
食事を終え、レストランを出ると、そこには長蛇の列が。
18時ころだったのですが、予約なしで行く場合には、一般的な食事の時間帯を避けて向かった方がよさそうです。

腹ごなしの散歩。シュテファン大聖堂(Stephansdom)へ。
シュテファン大聖堂(Stephansdom)は、ウィーン旧市街の中心にそびえるオーストリアで最も重要なカトリック教会であり、街の宗教的・歴史的象徴です。

起源は12世紀にさかのぼり、1147年に最初のロマネスク教会が献堂され、その後14〜15世紀にかけて壮麗なゴシック様式へ大改築が行われたそうです。
高さ136.7mの南塔と、25万枚以上のタイルで描かれた色鮮やかな屋根はウィーンのランドマークとして知られています。

ハプスブルク家とも深く結びつき、皇帝家の結婚式や葬儀など数多くの儀式がここで執り行われました。
第二次世界大戦末期には火災で屋根が焼失しましたが、市民の寄付によって戦後すぐに復興し、現在もウィーンの精神的中心として人々に親しまれています。
この日は運河沿いを30分ほど歩いてホテルへ戻りました。
運河沿いにはオープンテラスのレストランやバーが並び、開放的な雰囲気。
22時近くまで明るいこの時期のヨーロッパの夜を皆がエンジョイしていました。
つづく・・・。
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