700万円の借金を2年半で完済するまでに実行した生活再建の手順
<プロローグ>
23歳で、借金は700万円近くになっていました
二十三歳のとき、私には七百万円近くの借金がありました。
二十歳でマルチ商法の世界に入り、三年弱。気がつけば、そこまで膨れ上がっていました。
七百万円のうち、約半分は銀行や信販会社から借りたもの。残りの半分は、当時サラリーマン金融と呼ばれていた金融会社からの借金でした。なかには、名前を聞いてもどんな会社なのかわからないような、小さな町の金融会社もありました。
一か所から七百万円を借りたわけではありません。あちらから借り、こちらからも借りて、十社以上のローンが重なっていました。
今なら、二十三歳の若者が、よくもまあそんなに借りられたものだと思います。当時と今では、お金を貸す側の事情や仕組みも違ったのでしょう。それにしても、七百万円です。
どうして、もっと早く誰かに言わなかったのか。
自分でもそう思います。百万円のとき、せめて二百万円のときに親に話していれば、傷はもう少し浅くて済んだかもしれません。
でも、言えませんでした。
私は、友人や親、身内には一円も借りていなかったのです。迷惑をかけたくない、知られたくない、まだ自分でなんとかできる。そんな気持ちがあったのだと思います。
お金を貸すことを仕事にしているところから借りるなら、誰にも迷惑はかけていない。そんな、ずいぶん勝手な理屈で、自分を納得させていました。
もちろん、なんともなっていません。
借金は、人に言わずにいられるあいだ、外からは見えません。普段どおりに働き、笑い、家に帰る。その裏で、返済日と返済額だけが増えていく。
誰にも言えないほど借金が大きくなってしまった人に、まず伝えたいことがあります。
そこまで隠してしまったのは、あなただけではありません。
私も、七百万円近くになるまで言えませんでした。
第1章 なぜ、100万円や200万円の時点で止まれなかったのか
借金が七百万円近くになるまで、そのお金はすべて銀行や信販会社、サラリーマン金融、街金など、お金を貸すことを仕事にしているところから借りていました。
だから私は、誰にも迷惑をかけていないつもりでいたのです。
友人に「お金貸して」と頼むことはぜったいにしたくない。親に頼むこともできればしたくない。親は絶対に、その理由を詳しく聞いてくるでしょう。
それが嫌でした。
けれど、金融会社は、審査さえ通れば理由を問いません。
誰にも知られずに借りられる。
それは当時の私にとって、とても都合のいいことでした。
そして、とても怖いことでもありました。
一社から借り、返済が苦しくなると、別のところから借りる。新しく借りたお金で、前の返済をする。足りなくなれば、また別のローンを申し込む。
そうしているうちに、借入先はどんどん増えていきます。
もちろん、私だって「返さなくてはいけない」とは思っていました。
返さなくていいと思っていたわけではありません。むしろ、毎日考えていました。返済日はいつか。今月はいくら必要か。次はどこから借りれば間に合うか。
ただ、考えていたのは借金をなくす方法ではなく、今月の返済をどう乗り切るか、ばかりでした。
最初は、まだ返せると思える金額でした。
百万円なら、働けばなんとかなる。
二百万円になっても、もう少し頑張れば取り戻せる。
ところが、金額が大きくなるほど、人には言えなくなりました。
百万円のとき、せめて二百万円のときに親に話していれば、傷はもう少し浅くて済んだかもしれません。
知られたくない。心配をかけたくない。まだ自分でなんとかできる。
そんな気持ちで隠しているうちに、月々の返済だけが追いつかなくなっていきました。
借金は、人に言わずにいられるあいだ、外からは見えません。
普段どおりに働き、笑い、家に帰る。その裏で、返済日と返済額だけが増えていく。
当時の私が借金を解決できなかった最初の理由は、収入が少なかったことでも、金利が高かったことでもありません。
お金の問題を一人で抱え込み、その全体を、誰にも見せなかったことでした。
もし今、誰にも言えないほど借金が大きくなっている人がいたら、まず伝えたいことがあります。
そこまで隠してしまったのは、あなただけではありません。
私も、七百万円近くになるまで言えませんでした。
そして、とうとう月々の返済が追いつかなくなったある日、父にこう頼みました。
「二十万円、貸してほしい」
そのひと言で、隠し続けてきたものが、すべて表に出ることになりました。
七百万円の返済生活は、お金を返すことから始まったのではありません。
最初にしたのは、借金のすべてを、両親の前でばらすことだったのです。
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