【つぶやき】市役所での届書提出に感じた違和感

元日に働いた分の振替で、今日はお休み。
とはいえ、人の親になってからというもの、休みは自分のための日ではなくなった。

休み=家族の日。
自分のための時間は、有給を取ったうえで、家族には仕事だと伝えて外に出る日くらい。
年に数回あれば良い方だ。

そんなわけで今日は、家庭のやるべきことを淡々と片付ける。
息子の件で区役所に提出する書類があり、必要なものを確認して出かけた。

当然のように準備したのが印鑑。
役所の手続き=印鑑、しかもシャチハタ不可。
わざわざ実印を引っ張り出してきた。

ところが、窓口で言われたのは、

「印鑑は不要です。申請書もコピーで大丈夫ですよ」

少し拍子抜けしつつ、
「役所も変わってきているんだな」と感じた。

ただ、ITの仕事に長く関わっているせいか、
その帰り道、二つの疑問が頭から離れなかった。

  • そもそも、印鑑は何を担保しているのか

  • なぜ「シャチハタ不可」が長年当然のように続いてきたのか

ITの世界では、「本人性の確認」はとても明確だ。
ID、パスワード、多要素認証、証明書。
誰が・いつ・どの端末で・何をしたかがログとして残る。

一方、印鑑はどうだろう。

印鑑が求められる理由は、
「本人が同意したという意思表示を残すため」だとされている。

けれど、印鑑は簡単に入手できる。
同じ名字なら同じ印影のものはいくらでも存在する。
正直、セキュリティ的に見れば、かなり心もとない。

むしろ、筆跡が残る手書きのサインの方が、
本人性の確認という意味では、よほど合理的に思える。
(もちろん、印鑑証明があれば“所有”による担保はできるのだけれど)

今回の申請は医療費関連だった。
各医療機関が発行した書類と突き合わせれば事足りる話で、
厳密な本人同意を重ねて確認する必要性は、実はあまり高くない。

だからこそ、印鑑が求められなかったのだろう。

一方で、昔からよく分からなかった「シャチハタ不可」。
調べてみると、その理由は、

  • 経年劣化で印影が変わる

  • 簡単に押せるため、意思決定が軽く見える

といったものらしい。

ITの視点で見ると、
プロセスの安全性ではなく、心理的な重み付けで運用が決まっている
ことに、少し驚かされる。

実印だって欠けることはあるし、
オーダーメイドでなければ、同じ印影のハンコはいくらでもある。

結局のところ、
「昔からそうやってきたから続いている」
それ以上でも以下でもないのだろう。

電子印鑑であれば、
認証されたユーザでなければ使えないことが技術的に担保されるため、違和感は少ない。
だが、物理の世界で同じ思想を持ち込もうとすると、どうしても限界がある。

いずれ、役所での申請は
マイナンバーカード の電子証明による本人確認が主流になるのだと思う。

それも「所有」に基づく本人確認である点では印鑑と同じだ。
ただし、
本人と手段の同一性を、技術でどこまで高められるか
という点では、決定的な差がある。

今日、区役所でハンコを求められなかったことに、
ほんの少しだけ、日本の行政も効率化を進めているのかもしれない、と思った。

現場の違和感は、たいてい制度が変わる前兆だ。
ITと行政の交差点には、まだまだこうした「気づき」が転がっていそうだな、と思いながら家路についた。

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