芸能人のサイン|新堂劇場
「ストームの梅本っすよ!!」
俺はバイト中にも関わらず、一般人を丸出しにしてしまった。
昼時の定食屋、厨房の大将、テーブル担当の俺と、両方をやる先輩で、てんてこ舞いであった。
「せ、せ、先輩!!」
二つ上の先輩は、炒飯を盛っているところであった。
客は他に二組。どちらも梅っちゃん(あだ名)をチラチラ見ている。
「お、おう」
先輩も動揺を隠せない。アイドルのビッグネームの来店に、冷静には料理を出来ていなかった。
「サインとかもらったほうが、店の箔にもなるんじゃないっすか?」
俺は、レジ近くで色紙やペンを探した。
それには訳があった。
店の入って右側の壁一面に、サインを飾っているのだ。少し古く、説明書きも無いためどれが誰のサインかはわからない。
「いや、最近はあまりもらわないみたいだぞ。それよりこれ、三番に炒飯」
俺は炒飯を突き出された。
「ストームの梅っちゃんですよ」
俺は口をとがらせて、先輩と店裏で休憩をしていた。
「俺がバイト入ってからだから、ここ二年はサインもらってないのよ。大将があまり芸能人に興味無いみたい」
「でも、昔のはあるじゃないっすか」
俺は食い下がった。
「そうなんだよな。俺より前のバイトのやってた人ならわかるんだろうけど」
「あ、あの、伝説の」
噂は聞いたことある、大将並みの腕前とテーブルさばき、掃除に会計に完璧だったと。
「どこにいるかわからないんですよね?」
「ああとにかく丁寧で、指が長くて仕事も綺麗だったって話だよ。俺は会った事はないけどな」
「へぇ、そうなんすね」
俺と先輩は、タバコをフィルターギリギリまで吸って、仕事に戻った。
それからも、時々芸能人が店に来るようになった。
「大将、レッドオクトパスの軽井沢ですよ」
「ああ、知らない」
大将はどこ吹く風であった。
俺は、我慢の限界だった。
バイト代から、自分で色紙とサインペンを買い、レジ近くの引き出しに忍びこませる所までしていた。
次に、有名人が来たら、サインをもらおう。
そうそう出会う事は出来ない。
強く、心に誓った。
先輩が休みで、大将と二人で店を回している時であった。
「大将。ロックスマイルの千年寺ですよ」
「ああ、そうか」
ここまでは、計算済み。
俺は、会計時に計画に踏み切った。
「あ、あのーロックスマイルの千年寺さんですよね? 自分、ラジオ毎週聞いてます」
「おお、ありがとう。うれしいよ」
いつものハスキーボイスで、千年寺さんは答えてくれた。
「サイン、いいすか? あと店に飾っても?」
「もちろん、もちろん」
千年寺さんは気持ちよく、答えてくれ、手慣れた感じで色紙にサインを書いてくれた。
「あっ、りがとうございましたーー」
俺は、気持ちよく頭を下げ、上げると視界には大将がいた。
「サインどうするんだ?」
声に抑揚が無かった。
「いや、店に飾ろうかと」
「どこに?」
「そことか……」
俺は空いている壁を指さした。
「あそこは、メニューを貼る場所」
「じゃ、あっち」
「あそこは、夏前にビールのポスターを貼る」
どうにもこうにも、大将はサインを飾らせてくれなかった。
場所場所、全てに理由があって、全て断れたのだ。
「いいか、そのサインを飾る場所はない。ファンなら持って帰れ」
そう言うと大将は裏へ下がった。
時間はちょうど、昼営業の時間が終わり、夕方の仕込みまで休憩の時間になった。
持って帰るのもいい……。
しかし、この店でせっかくもらったサイン。
どうせならここに飾りたい。
この店のご飯はとてもおいしい。
だからもらったサインなのだ。
こうやって芸能人が定期的にやってくる。
もっと、もっと、有名になって儲かるはずだ。
そうだ!
俺は一つ名案を思いついた。
サインが飾ってある壁の前に立った。
随分と古い。
名前も書いてないので、よくわからない。
これを一つ剥がして、これに変えればいいんじゃないのか?
壁一面に貼られた、サイン。
特に左上が、油なのかなんなのか、茶色くなって一番古かった。
これから剥がそう。
俺は、それを角から剥がした。
あれ?
一枚だけのはずが、壁一面のサインが一気に剥がれ落ちた。
え……
あらわになったのは、古い壁のはずだった。
壁から、指が一本、ぬるりと覗いていた。
ーー指が長くて……
先輩の声が、勝手に再生された。
靴音が鳴った。
俺は後ろに気配を感じた。
立っていたのは
大将。
「み、た、な」
#新堂劇場
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#ホラー読みすぎた
#背筋みたいになりたい
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#おちゃらけたくなった
#九月からはホラー無し
#俺はホラーマンじゃない
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