「戈」を気にして-2 たいてい他と付いている。 「戊」は戦いの道具ではない
辞典を見ていると,〈「戈」は戦いの道具〉と説明されます。しかし,前回の絵でも描かれているように,先端が割れた武具です。
より原始的な武具ならば,木の棒だって武具です。青銅製の必要もないでしょう。〈先が分かれた木も「戈」だった〉と考えると説明できる内容があります。
木の先端に葉が付いていればどんな字形になるか?
「戊」になります。
単独ではあまり見ない字です。日本史の「戊辰戦争」で見るぐらいでしょう。「戊」は「甲乙丙丁戊」と順位付けに使われた字です。
辞典を見ると,〈「戊」は「戈」の本来の意味でなく〉と書かれています。研究者も〈先が分かれた木〉として説明していません。
もともと,「甲乙丙丁戊」は植物の成長過程を表わしている字です。
「甲」はまさに種から根が出てきたところ。
「乙」は根が曲がっている様子。
「丙」で土から立ち上がる。
「丁」で大きく伸びる。
「戊」は葉がしげっている様子です。だから,上に「艹」を付ければ「茂しげる」となります。こちらの「茂しげる」の方がなじみがあります。
枝分かれした木の部分(戈)に,人が糸をまいていれば・・・クモの巣みたいな網のかたちになります。「幾」です。しかけを作っていけば,機織りの道具になります。後に機械全体を意味します。これは私が字形から連想したことです。
専門家の解釈として,この「幺幺」は「邪悪なものを取り払う糸飾り」であり,「その糸飾りを付けた戈を用いて人を問いただす」のが「幾」だと言います。訓読で「いくら/ほとんど/きざし/こいねがう」と読むので意味を推測できます。
「田」と「幾」で都の意味になるそうです。「近畿」の「畿」です。「人」が省略されています。このあたりの変化は分かりません。
「機械」の「戒」も「戈をかまえ」の字です。
「戈」の下にある「廾」は「にじゅうあし」と言われています。これも「にじゅうをあし」と言わないと「足」のイメージで考えてしまいます。本当は両手を意味しています。
辞典によると,2通りの解釈があります。
「戒」は〈両手で武具である「戈」を持っている字形〉です。これが,「まもる」ことを意味しています。「戒め」と言うのも「守る」ことです。木偏を付けることで道具を意味して,〈しかけのある道具〉となります。
もう一つは,〈両手が先の分かれた木(戈)に縛られている〉と解釈すれば,〈罪人に用いる枷〉になります。これが「戒」の〈いましめる〉と意味になります。木偏が付くことで〈罪人に用いる枷〉に注目します。これから変化して,兵器とか器械・器具の意味になるわけです。
(つづく)
