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甲子園の抽選会がオンラインに──史家も知らなかった令和の変化

甲子園の抽選会がオンラインに──史家も知らなかった令和の変化

横手高校の甲子園出場が決まり、私は開幕までの日程を確認していた。

すると、一つの事実を知ることになる。

今年の全国高校野球選手権大会の組み合わせ抽選会は、オンラインで実施されるというのである。

正直なところ、私は知らなかった。

甲子園を毎年見ている方でも、この変更を知らない人は少なくないのではないだろうか。

地方大会の結果は大きく報じられる。
甲子園開幕も全国ニュースになる。
しかし、抽選会の方式変更は意外なほど目立たない。

私自身、横手高校の動向を追っていなければ見落としていたかもしれない。

そして私は思った。

2021年:コロナ禍がきっかけでオンライン化
2026年:コロナとは別の理由でオンライン方式を採用

「ついに甲子園もここまで来たのか」と。


昭和の甲子園と大阪への旅

かつて甲子園の抽選会は、一つの儀式だった。

全国の代表校主将たちが大阪へ集まる。
制服姿で会場に並び、自らの手で運命のくじを引く。

その光景は開会式と同じく、夏の甲子園を彩る風物詩だった。

地方大会を勝ち抜いた直後の選手たちは、地元の歓喜に包まれる間もなく大阪へ向かう。
そこで初めて全国の代表校と顔を合わせる。

北は北海道から南は沖縄まで。
まだ対戦相手も決まっていない段階で、全国大会の空気を感じることができた。

昭和の甲子園は、そのような「集うこと」に価値を見いだしていたのである。


令和が選んだ合理性

しかし令和は違う。

地方大会の日程は各地で異なる。
代表決定が開幕直前になる県もある。

抽選会のためだけに大阪へ移動し、再び帰県し、その後あらためて甲子園入りする学校もあった。
時間も費用もかかる。
学校の負担も決して小さくない。

オンライン抽選会は、その問題を解決する。

少子化。
学校予算。
移動コスト。
働き方改革。
そしてDX。

甲子園の抽選会は、単なる方式変更ではなく、令和という時代そのものを映しているのである。


せっかく全国大会なのだから

一方で、オンライン化によって新たな可能性も生まれる。

ふと私は考えた。

せっかくシステム化するのなら、初戦だけでも同地区対決を避けることはできないのだろうか。

例えば、

  • 東北同士

  • 近畿同士

  • 九州同士

こうした対戦を回避する仕組みである。

技術的には難しくない。
世界のスポーツ大会では、同一地域を避ける抽選は珍しくない。

実際、春の東北大会で対戦した学校が、夏の甲子園初戦でも再び顔を合わせることがある。

もちろん、それも抽選の妙ではある。

しかし全国大会の魅力とは、本来、

「普段は絶対に戦わない相手と戦うこと」

ではないだろうか。

秋田の代表が沖縄の代表と戦う。
青森の代表が鹿児島の代表と戦う。

その瞬間にこそ、全国大会のロマンがあるように思うのである。


変わる甲子園、変わらぬ夏

もっとも、高野連にとって今後の大きな課題は別にあるだろう。

七回制。
DH制導入。
二部制。
球数制限。
そして七回制議論。

高校野球はいま、大きな転換期にある。
昭和の価値観だけでは立ち行かなくなっている。

それでも変わらないものがある。

地方大会を勝ち抜いた選手たちの喜び。
甲子園を目指す少年たちの憧れ。
そして故郷の人々が寄せる期待である。

抽選会がオンラインになっても、その本質は変わらない。

ただ、史家としては思う。

数十年後、

「昔は抽選会のためだけに主将が大阪へ行っていた」

という話を聞いた若者たちは驚くのではないか。

ちょうど私たちが、

「昔は延長十八回再試合だった」

と聞いて驚くように。

伝統とは変わらないことではない。
時代に合わせて姿を変えながら続いていくことなのだ。

甲子園のオンライン抽選会は、そのことを静かに物語っているように思えるのである。


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