「だまれ小娘が!」と言われた新人時代の私が、20年かけて学んだこと
精神保健福祉士になって間もない頃。
精神科病院で働いていた私は、ある患者さんにこう怒鳴られました。
「だまれ、小娘が!!」
今でも、その時の声の大きさを覚えています。
でも、それ以上に覚えていることがあります。
それは…
私も怒鳴り返したことです。
「小娘に言われたくないんだったら、病院のルールを守ってください!」
今思えば、
患者さんに怒鳴り返すなんて、よくそんなことをしたなと思います。
でも当時は、それが精一杯でした。
突然怒鳴られたことに動揺し、冷静ではいられなかったのです。
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新人だった私は、「言葉」に反応していました
あの頃の私は、患者さんの言葉をそのまま受け取っていました。
「だまれ。」
「小娘。」
その言葉だけに反応し、
「言い返さなきゃ。」
「ルールを守ってもらわなきゃ。」
そんな気持ちで頭がいっぱいでした。
今振り返ると、患者さんを見ていたようで、実は見ていたのは自分の感情だったのだと思います。
怒鳴られた。
驚いた。
腹が立った。
だから怒鳴り返した。
その間に、
「私は今、動揺しているな。」
と、自分を客観的に見る余裕はありませんでした。
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20年経った今なら、最初に考えることが違います
もし今、同じことを言われたらどうするだろう。
もちろん、暴言を言われて嬉しいわけではありません。
腹が立たないわけでもありません。
でも、きっと私はすぐには言い返しません。
まず考えると思います。
「この人は、何に怒っているんだろう。」
「何があって、この言葉になったんだろう。」
「この人の背景には、何があるんだろう。」
経験を積んだことで、感情がなくなったわけではありません。
でも、感情と行動の間に、一呼吸置けるようになりました。
その一呼吸があるだけで、対応は大きく変わります。
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あの日の私は、何ができていなかったんだろう
私は長い間、
「あの日は患者さんに怒鳴り返してしまった失敗。」
そう思っていました。
でも20年以上経って振り返ると、本当の課題はそこではありませんでした。
私ができていなかったのは、
自分の感情を整理すること。
そして、
一つの視点だけで相手を見ていたこと。
患者さんがルールを守らない。
だから注意する。
その物差ししか持っていませんでした。
でも今なら考えます。
なぜルールを守れなかったのか。
何か嫌なことがあったのか。
病状はどうだったのか。
生活の中で何が起きていたのか。
同じ出来事でも、見る角度が増えると、見える景色は大きく変わります。
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私が意識して変えたこと
それから私は、暴言を言われた時ほど、すぐに反応しないことを意識するようになりました。
まずは自分に問いかけます。
「私は今、何に反応しているんだろう。」
怒鳴られたことなのか。
否定されたと感じたことなのか。
傷ついたことなのか。
自分の感情を整理してから、相手を見る。
すると、不思議なことに患者さんが変わったというより、
私自身が振り回されなくなりました。
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あの日の対応は100点ではありませんでした
私は、あの日の対応が正しかったとは思っていません。
もっと違う関わり方ができたと思います。
でも、一つだけ意外だったことがあります。
あれだけ怒鳴り合ったのに、その患者さんとの関係は、その後悪くなりませんでした。
私は長い間、
「あの日は失敗だった。」
と思っていました。
でも今は少し違います。
人との関係は、一回のやり取りだけで決まるものではありません。
もちろん、一つ一つの関わりは大切です。
でも、それ以上に大切なのは、
その後、どう向き合い続けるか。
関係性は、一回の対応ではなく、積み重ねの中で育っていくものなのだと、あの患者さんから教えていただきました。
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経験が教えてくれた、本当のこと
20年という時間は、私を「強く」してくれたわけではありません。
暴言を言われても、嫌な気持ちになることは今でもあります。
腹が立つことだってあります。
でも、感情に振り回されることはずいぶん少なくなりました。
そして、もう一つ大きく変わったことがあります。
物事を見る物差しが増えたことです。
新人だった頃の私は、自分の物差しだけで相手を見ていました。
「こうあるべき。」
「普通はこう。」
「ルールは守るもの。」
その物差ししか持っていなかったから、相手もその物差しで測っていました。
でも経験を積む中で、人にはそれぞれ違う物差しがあることを知りました。
育ってきた環境。
病気。
家族との関係。
その日の体調。
価値観。
同じ出来事でも、人によって見え方はまったく違います。
だから今は、自分の物差しだけで判断しないようにしています。
「私にはそう見える。」
でも、
「この人には違って見えているのかもしれない。」
そう考えるようになりました。
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20年かけて学んだこと
経験は、答えをたくさん教えてくれるものではありません。
経験は、
人を冷静にし、物事を見る視点を増やしてくれるもの。
そして、自分の物差しを少しずつ柔らかく、大きく、種類を増やしてしてくれるものなのだと思います。
20年前の私は、20年前の物差ししか持っていませんでした。
だから、あの日はあれが精一杯だった。
でも、その経験があったからこそ、今の私はあります。
私は今でも失敗します。
迷うこともあります。
それでも、昔より少しだけ立ち止まれるようになりました。
少しだけ違う角度から物事を見られるようになりました。
そして、
「正しいか、間違っているか」ではなく、
「なぜそうなったのだろう。」
と考えられるようになりました。
私はそれが、精神保健福祉士として20年かけて得た、一番大きな財産だと思っています。
