【風まかせ文芸部 | 夏の音】
セミが、落ちていた。
仰向けに転がって、まるで死んでるみたい。けれどわたしは知っている。これはセミ爆弾の可能性があることを。
道の端を、できるだけ刺激しないようゆっくり通り過ぎる。
気付かれないよう、そっーと、そっーと。
……動かない。
よかった。本当に死んでいるのか、あるいは目覚めなかっただけかはわからないけど、とりあえず爆発は免れた。
もう夏も終わりかな……。そんな感傷に浸っていたのも束の間。
2匹目、発見。
同じように道の真ん中で仰向けに転がっている。偶然? それかセミの呪い? そんな考えを頭の中に巡らせながら、同じ手順で避ける。クリア。
でも3匹、4匹と続いていくと、さすがにえも言われぬ不気味さが体中を取り巻く。
セミの呪いを本格的に考え始めると同時に、誰かに試されているのかとも思い始める。
5匹、6匹。進行方向に転がるセミたち。
思わず足早になるけども、なにかが落ちてる度全部セミに見えてきて身体がビクッと震えスピードを緩めてしまう。
この矛盾にイライラしながらも、どうにか自宅マンションに到着した。
エントランスのオートロックを開け、エレベーターで7階へ。
もう大丈夫。完全に安全圏。安心しきっていたところに、エレベーターの扉が開いた瞬間通路の真ん中にそれは落ちていた。
セミだ。
しかも私の部屋の前。ピンポイントすぎて現実じゃないみたいだった。
ここで咄嗟に頭上を見上げてしまう。
弱ったセミがふらふら舞い落ちてくる様子を想像してみたけど……うまく想像できない。
いや、それももうどうでもいい。今はとにかく通り抜けたい。
でも通路が狭すぎて道の端を通ったとこで、もし爆発しちゃったらわたしは絶対に叫ぶ。110番に通報されるレベルで叫ぶ。
でも行かなきゃならない。家にたどり着くんだ。家に帰ればこんな恐怖も全部終わるんだ。
意を決したそのとき———
「うわああああっ!!」
突然、背後から男の叫び声とあの嫌な羽音が同時に襲ってきた。
その声に連られわたしも大声で叫んでしまう。
さらに足元のセミを踏みそうになってしまったけど、ジャンプで回避。
思わず振り返ると、そこには夏なのに黒いニット帽にマスク姿の男が腰を引いて恐れ慄いた顔で倒れていた。
そして彼の足元には、羽を全力で回しながらも飛び立てないセミが1匹。こんな状況でわたしはぼんやりハンドスピナーみたいだと思った。
しかし周囲にすでに動かなくなったセミが無数に散らばっているのを見て、急にさーっと現実に引き戻される。
……なにこの人。
まだ残暑が厳しく残る夏の夜、これが涼しくなるまで続いた"セミおぢストーカー"との最初の出会いだった。
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