カップヌードルカレー味における噴き出し論 | 脳内行動派! #8
自宅から一歩も外に出ない日常を書いています。
驚くべきことに、マガジンにまとめるという愚行を始めました。
前回はこちら
人間は、考えながら、自分の意志とは関係なく、食べているものを噴き出してしまうことのある葦である。
フランスの哲学者パスカルの著書『パンセ』に記された有名な一節に、現代日本人の一般的味覚を踏まえてほんの少し調理しなおすと、このようになる。
何故か。
その素晴らしい思想をあらわす一文には、不可抗力的かつ直接的な要素が表現されていないのだ。
風が吹けば簡単に曲がってしまう葦。
大自然の猛威の前ではひとたまりもないだろう。
しかし、大自然の猛威とは何か。
もう一歩突っ込んで話を進めてくれてもいいのだ。
自立し、考えることの力強さ。
そのような崇高なスタンスこそ、人が人である所以とも言えるものだろう。
実に力強い。
しかし、いかに考え、考えぬいたとて、人間は人間。
そこに襲い掛かる不可抗力には容易に抗うことはできないはずなのだ。
そのようなことをしみじみと考えながら、目の前にあるカレー味のカップヌードルを食べたとき、明らかな違和感を覚えるのは私だけではないはずだ。
丹念に沸かしたお湯を、半分だけ開封するという、およそ人間の持つ自然な思考からかけ離れた中途半端な行為を経て、カップの中に、一気に注ぎ込むのだ。
このお湯は、とにかく熱いほうがいい。
3分という悠久とも言うべきスケールを感じさせる待ち時間は、ほんの少しだけお湯の温度を下げるには十分すぎるのだ。
そして、そんな3分という時間は、我々一般人の思考を、パスカルの卓越した哲学的思考に3歩近づけるために、十分すぎる時間なのである。
何も生えない湿地帯。
春のあたたかな日に降り立った葦の種子は、ひそかに根付く。
そして、成長を始める。
初夏にかけて成長したその葦は、力強く見えるも、ふとした出来事で曲がってしまうのだ。
風が吹けば桶屋が儲かるのと同じで、風が吹けば葦が曲がってしまうというのは、変えることのできないこの世のことわりなのだ。
そのようなことを神妙な顔つきをしながら、まだ出来上がることのないカップラーメンの前で腕組みしながら考える、人間のその崇高なる思考力というものは、強い。
驚くべきことに、考えれば考えるほど、風が吹けば吹くほど、その考え方のゆるぎなさを確信していくような気が、なんとなくするのだ。
そのようなことに思いを巡らせると、パスカル哲学のなんたるかは一旦置いておくとして、自分自身の考え方が、いかにパスカルに追いつきつつあるのかという一点に、思考が集中してくるはずだ。
そうなって来ると
「人間は考える葦である」
という一節が、妙に気になって来るというわけだ。
実に端的だ。
端的で、美しい。
しかし、人間とはときに雑念をも愛するおおらかさを持つ生き物なのだ。
この、芸術とも言うべき哲学表現というものは、正しく、広く、一般に伝わるものなのだろうかと心配になってくる。
伝わらない言葉など、馬に聞かせる念仏などより意味がない、ということになってしまうのではないか。
あるいは、17世紀に書かれたこの言葉、そろそろ何かを書き足すべきなのではないか?
などと、あたかも自作した言葉のようにも感じられるようになってしまうのだ。
こんなことをしている場合ではない。
その大切なミッションを遂行するためには、一刻もはやく目の前のカレー味を食べきってしまう必要がある。
雑念を捨てた状態で、その言葉の意味をもっと深く味わいながら、思索の世界へ旅立たなければならない。
カレー味の蓋を、今度こそ全開する。
人類の育んだ文明の力が、開花する瞬間がそこにあるのだ。
一気に強くなるカレーの匂い。
日本人である以上、この匂いに抗うなんてことは絶対に許されるべきことではないのだ。
箸を持つその手に、緊張が走る。
焦ってはダメだ。
しかし、一面に広がるカレー味の、この匂いには自我を失うには十分な、言外の圧力がある。
最初に、混ぜる。
ここでしっかり混ぜておかないと、カレーの塊が沈殿し、最後にはカレー味どころかカレーそのものになってしまう。
カレーそのものというのも好きなのだが、この場合は、ちょっと濃すぎる代物になってしまう。
ラーメンであるというアイデンティティが、そこの底で失われてしまうのだ。
だから、混ぜる。
めんどくさいのだが、人はときに、無心で割り切るという選択をせざるを得ないこともあるのだ。
今が、まさにそのときなのだ。
そして、いよいよ、箸をのばす。
待望の瞬間だ。
3分という長い時間における300年の歴史を超える旅路に、ようやく終焉が見えて来た、と言ってもいい。
そして考える。
かのパスカルと言えども、現代日本に生まれ育ったのならば、考えるカップ麺について、その研ぎ澄まされた思考をフル活用していたに違いない、と。
深く思考を巡らせながら口にするカレー味は、ときに人間に対し、畏怖すべき自然の代弁者として猛威を振るうことがある。
一気に流し込み、飲み物であるかの如く食べ進める。
これがかなりの頻度で、誤嚥を起こすのだ。
勢いよく、噴き出す。
苦しみながらも、私の頭の中のパスカルっぽい顔をした人物は、ここで目を見開きながらひらめいたのだ。
人間は、考えながら、自分の意志とは関係なく、食べているものを噴き出してしまうことのある葦である、と。
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