旅行で写真を撮ると、何を覚えて何を忘れるのか
旅の帰り道、スマホの写真をゆっくり見返す。光の入るカフェ、海辺の道、少しだけ奮発したランチ。
きれいに撮れた一枚もうれしい。でも、隣にいた人と何を話して笑ったのか。そんな時間も、できれば一緒に残しておきたい。
こんな場面を想像すると、「写真を撮ると記憶が薄くなる」という説明は、いかにも本当らしく聞こえる。ところが研究を読むと、答えはそれほど一方向ではない。
写真を撮ることで、覚えにくくなるものも、覚えやすくなるものもある。
2014年のリンダ・ヘンケルの研究では、美術館で対象を観察する場合と、写真を撮る場合が比べられた。対象全体を撮影したときは、観察だけのときより、対象や細部についての記憶が弱くなる結果が出た。一方、一部分にズームして撮影した条件では、同じ低下は見られなかった。研究の要旨
これだけなら、「カメラをしまおう」で終わりそうだ。
ところが2017年の別の研究では、自分の意思で写真を撮る人は、目で見た情報をよりよく覚える一方、耳で聞いた情報は覚えにくくなった。撮影後に写真を見返す効果だけでは説明できない結果だった。研究の要旨
二つの研究では、撮影の指示や課題などの条件が違う。「撮ると忘れる」と一言で決めなくてもよさそうです。
ここから旅の場面に引きつけて考えると、問いが変わる。
写真を何枚撮ったかより、撮るときに、何へ注意を向けていたのか。
窓の形が面白くて、角度を変えながら撮る。その間、窓をよく見ている。
反対に、案内板も建物も、とりあえず記録して次へ進む。あとで見ればよいと思い、現地ではあまり立ち止まらない。
同じ一枚でも、向けている注意は違う。研究を旅の場面へ引き寄せるなら、そこが気になるところです。
写真は、体験のすべてを保存する装置ではない。音や匂い、会話、そのとき迷っていたことまで、一緒に写るわけではないからだ。
でも、だから写真が邪魔だ、とも言いたくない。何年もあとに一枚を見て、忘れていた旅の話が始まることもある。撮影と、その場で感じることを、敵同士にする必要はない。
次の旅行では、撮らないルールを厳しく作るより、小さな切り替えを試すのはどうだろう。
撮る前に、「何が気になったのか」を一つ選ぶ。撮ったあとは、少しだけ画面を下げる。目の前の音や、同行者の一言にも注意を戻してみる。
記憶力を鍛えるために、旅を頑張りすぎる必要はありません。写真に入らないものにも、少しだけ居場所を作ってみる。それくらいで十分です。
旅のあとに見返したいのは、美しい写真だけだろうか。それとも、その場にいた自分の時間だろうか。
きれいな一枚も、その場で交わした何気ない一言も。自分が持ち帰りたいものを、少しずつ選んでいけたらいい。
