実は、私は不登校でした。
実は、私は中学生の頃、不登校でした。
中学1年生の夏休みが終わってから、ほとんど学校に行っていません。
約2年半。
中高一貫の学校だったので、そのまま高校に上がれるはずだったんですが、結局、高校は受験することになりました。
今は薬剤師をしていて、学校薬剤師として学校にも行っています。
子供たちの前で睡眠の授業をしたりもします。
でも、自分自身は、中学校のほとんどを家で過ごしていました。
なんだか不思議ですよね。
自分でも、今になって振り返ると「よくここまでこれたな」と思います。
せっかくなので、今回はその頃のことを書いてみようと思います。
ただ、もうずいぶん昔の話なので、正直、細かいところは忘れていることも多いです。
が、昔のことを思い出しながら書いていたら、とても長くなってしまいました😅
よかったら最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
【実は、小学校の頃から少し行っていなかった】
いきなり中学校から不登校になった、と思っていたんですが、以前に親と話していたところ、実は小学校6年生の頃から少しずつ学校に行っていなかったことを知りました。
当時の担任の先生が、あまり好きじゃなかったらしいんですよね。
確かに言われてみればそうだったかも…。
あと、小学校の頃に中学受験をしていて、志望校に受かっていたんです。
なので、
「もう次に行くところも決まっているし、小学校に行く意味ってあんまりないんじゃない?」
みたいな気持ちも、あったように思い出されます。
少しずつ学校から離れるようなところは、すでにあったんでしょう。
そして中学校に入りました。
【友達に合わせるのが、だんだん疲れていった】
中学校に入って、最初から学校が嫌だったわけではありません。
友達もいました。
ただ、今振り返ると、あまり馬が合わない友達のグループに無理して合わせていたんだと思います。
ちょっとヤンチャなグループ。"当時の"私は控えめなおとなしい性格だったので、そこがうまく合わなかったんでしょう。
そのグループの中で、自分なりに頑張っていたんだと思います。
嫌われないようにとか。周りに合わせて盛り上がらなきゃとか。
でも、だんだん疲れていった。
そして、そのグループのリーダー格みたいな子と、ちょっと揉めてしまったんですよ。
何があったかは、もうね…全然覚えていません(笑)。
本当に、細かいことは忘れてしまいました。
ただ、それがきっかけで学校に行きづらくなりました。
何日か休んだんだと思います。
すると今度はね、勉強が分からなくなってきちゃったんです。
進学校だったので、授業がめちゃくちゃ早いんですよ。
一度休むと、どんどん先に進んでしまう。
しかも内容も難しい。
「ちょっと休んだだけ」のつもりだったのが、気づいたら授業についていけなくなっていました。
友達とのこともあったし、勉強も分からない。
そうなると、ますます学校に行きづらくなる。
そんな感じでした。
そして、夏休みに入り、夏休みが終わってしまい…
そこから、ずっと行かなくなりました。
【家で何をしていたかというと……】
学校に行かなくなって、じゃあ何をしていたのか。
これが、今思うと本当に何していたんだろうって感じなんですよね(笑)。
とりあえず、ずっと家にいました。
そして、ずっとテレビを見ていました。
「笑っていいとも!」を毎日見ていました(笑)。
今の若い子達には「笑っていいとも!」って言ってもわからないかもしれない😅
タモリさんがやっていたギネスにも載っている長寿番組です。
当時は昼間に家にいるわけなので、普通に「笑っていいとも!」が見られるんですよ。
それを見て、「ライオンのごきげんよう」を見て、適当なテレビをずっとつけてぼーっとしてました。
ゲームもありました。当時は確か任天堂の64。
でも、ずっとゲームをしていたという記憶はないんですよね。
たぶん、制限されていたんだと思います。
外にも、ほとんど出ていなかったです。
今の自分からすると、
「そんな生活でよく平気だったな」
と思うんですが、当時はそれが普通になっていました。
もちろん、何も考えていなかったわけではありません。
「学校行かなきゃな」と思っていたと思います。
親にも申し訳ないとも思っていました。
でも、行けない。
何で行けないのかと言われても、自分でもよく分からない。
だから、余計に苦しかったんだと思います。
【当時の母は、かなり大変だったと思います】
母は一番最初、かなりヒステリーみたいになっていました。
まあ、そうなりますよね。
突然、中学生の息子が学校に行かなくなったわけですから。
「なんで行かないの!」
って。泣いたり怒ったり。
自分も責められているような気持ちになっていました。
「どうしたらいいんだろう」
「なんて言えば怒られないんだろう」
「申し訳ないな」
そんなことを考えていました。
かなり追い詰められていた時期もあって、
「自分なんてこの世にいない方がいいんじゃないか」
みたいなことを考えたこともありました。
毎日朝が来るのが怖かったんですよね。
朝が来るとまた学校に行かないのか聞かれる、行かないと言うと怒られる、でもどうしたらいいのかわからない…
しかし、変わってくれたのは母でした。
いろいろ調べたり、先生と話したりして、少しずつ私への対応が変わっていったんです。
学校に行かせよう、ではなくて、
「今はこういう状態なんだ」
と理解しようとしてくれました。
父は、良い意味で関わらないようにしてくれていました。
学校に行ったかどうかも、私には直接聞かない。
母からそっと聞いていたそうです。
父と母の両方から、学校の話をされると私が辛いだろうと気遣ってくれていたのです。
実際、それはとてもありがたかったです。
【犬を飼いました】
あと、犬を飼ったんです。
ミニチュアダックスフント🐕
これも結構大きかったと思います。
家にずっと一人でいるのもかわいそうだから、ということで飼い始めてくれました。
犬が家にいる。
それだけなんですけどね。
でも、アニマルセラピーという言葉があるように、確かに私と家族の心を穏やかにしてくれました。
それまでと少し生活も変わりました。
家族で旅行にもよく行きました。
「学校に行っていないから、どこにも行けない」ということにはしなかったんですよね。
普通に旅行に行く。
家族で過ごす。
そうしているうちに、家の中でも「不登校の子供がいる」ということが、だんだん我が家の当たり前になっていったんです。
最初は大事件だったはずなのに、いつの間にか、
「まあ、うちはこういう感じ」
みたいになっていました。
この頃には、朝が来るのも怖く無くなっていました。
自分というものを受け入れてもらえ、自分の居場所ができた安心感がありました。
【学校の先生にも、本当に恵まれました】
学校の先生にも、かなり恵まれました。
中学1年生のときの担任の先生が、本当に良い先生だったんです。
「僕が彼を3年間受け持ちます」
と言ってくれたらしいんですよね。
素晴らしくないですか!?
学年が変わるときも、私が仲の良かった友達と同じクラスになるようにしてくれたり。
家にも来てくれました。
一緒にドライブや釣りに行ったこともあります。
学校に来られないからといって、
「じゃあ、もう学校とは関係ないね」
とはならなかったんです。
中学校の対応もありがたかったです。
当然、出席日数が全然足りていないわけですが、
義務教育なので、授業料を払うことで中学校は卒業させてもらうことができました。
教科書も家に送ってくれました。
知り合いの不登校の子は中学校から、「来ないならば早く辞めてください」と言われたそうです。
今考えると、本当にいろんな人に助けてもらっていました。
【3年生になって、さすがに「このままではいけない」と思った】
学年が変わったときに、一日だけ学校に行ったこともあります。
でも、やっぱり無理でした。
そして3年生になりました。
中高一貫なので、そのまま高校に上がれるかもと淡い期待を持っていたかは覚えていませんが、
「さすがに高校は受験しないといけない」
という話になりました。
親からも、学校からも、今後どうするのかという話をされました。
親からは、自分たちの方が早く死んでしまうから、ずっと面倒は見ていられないよと言われました。
そこで、ようやく、
「このままじゃいけないな」
と思いました。
極端ですが、ホームレスになりたくないと思ったのを覚えています(笑)。
そして、高校受験をすることになりました。
それで、まず自分の学力がどのくらいなのかを統一試験で計ったんです。
結果は、偏差値30くらいでした。
まあ、当然ですよね😅
中学校にほとんど行ってないんですから。
でも、英語はもっとすごかった。
点数が低すぎて、偏差値が出なかったんです。
「偏差値が出ないって、そんなことあるんだ!」と親が驚いていました。
今思えば、なかなかの成績です。
【塾も、すぐ辞めました】
一応、塾にも通い始めました。
でも、宿題が出る。
あれこれやらなきゃいけない。
次までにこれをやってきてください。
……なんか、嫌になっちゃったんですよね。
窮屈だったんだと思います。
今考えると、当時は何かに縛られるのが嫌だったのかもしれません。
結局、塾もすぐ辞めました。
じゃあ、どうするのか。
もう家で自分で勉強するしかなかったんです。
学校から送ってもらった教材を使って、自分自身で勉強しました。
もちろん、勉強が好きだったわけではありませんので、かなり大変だったと思います。
でも、やるしかない。
余談ですが、当時モーニング娘。が好きだったんです。
それで、
「勉強頑張るから、モーニング娘。のカード買って」
と言って、それを目標にしていました。
勉強する理由としては、だいぶ不純ですよね(笑)。
でも、そんなものでいいんだと思います。
何か一つ、頑張る理由があれば。
【そして、なんとか高校に受かりました】
それで、どうにかこうにか勉強して勉強して勉強して、
高校に合格しました。
たしか、当時の偏差値は62くらいだったと思います。
今考えると、
「よくそこまで上がったな」
とつくづく思いますね。
ただ、成績だけだったら、たぶん合格ラインのほんの少し下だったんじゃないかなと思ったり。
その高校には面接があったので、そこでなんとか、
「この高校に行きたいです!!」
と話しました。
それが良かったのかもしれません。
というか、そこに落ちたら、地元でも有名な不良校に行くことになっていたので(笑)。
それが嫌だったので必死でした。
人間、追い込まれると頑張るものです。
【高校には行けたの?】
ここまで話すと、
「じゃあ、高校には普通に通えたの?」
って思いますよね。
ありがたいことに、通えました。
入学式の日に、小学校の頃に仲が良かった友達2人と再会したんです。
そして、その2人と一緒に通学することになりました。
これが本当にありがたかった。
中学校のほとんどを家で過ごしていたので、人とのコミュニケーションが、かなり下手くそになっていたと思います。
でも入学式の日、
「ここで話さないと!」
と思っていました。
クラス分けで、前の席と後ろの席になった男の子に、自分から話しかけたんです。
何を話したかは、もう覚えていません。
でも、
「友達作らないと!」
と思って、一生懸命だったことは覚えています。
たぶん、かなり頑張っていたんでしょうね。
そして、なんとか高校生活が始まりました。
【実は、高校でも一日だけ休んでいます】
でも、ここで終わりではありません。
高校でも、一度だけ学校に行けなくなった日がありました。
何がきっかけだったのかは、正直覚えていません。
ただ、前日の帰りの電車の中で、一緒に通っていた友達2人に、
「明日から学校行けないかも」
と、こぼしていたんです。
そして、本当に次の日、学校を休みました。
「あー、またやってしまった」
って感じだったと思います。
たぶん、
「明日も行きたくないな」
と思っていた。
すると、その日の夕方です。
その友達2人が、学校帰りにわざわざ家に来てくれました。
そして、
「明日からまた一緒に学校行こうよ」
と言ってくれたんです。
それがすごい嬉しかったんですよね。
今思い返しても涙が出る。
それで、次の日からまた一緒に学校に行くことができました。
【今になって思うこと】
こうして振り返ると、私は本当に人に恵まれていたと思います。
家族にも。
先生にも。
友達にも。
もちろん、自分自身が頑張った部分もあると思います。
3年生になってから一生懸命勉強したこととか。
高校に入ってから、自分から友達に話しかけたこととか。
でも、それだけではなかった。
周りの人たちが、いろんなところで手を差し伸べてくれていました。
当時は、そんなことをいちいち考えてもいません。
犬を飼ってくれたことも。
旅行に連れて行ってくれたことも。
先生が家に来てくれたことも。
友達が家まで来てくれたことも。
その時は、それぞれ一つの出来事です。
でも、今振り返ると、その一つ一つがすごくありがたく、
それがあったので今の自分があると感じています。
「不登校を経験したから、子供の気持ちが全部分かる」なんてことは思っていません。
不登校になった理由も、その時に感じることも、人それぞれです。
それでも、自分自身がそういう経験をしたからこそ、今になって想うことがあります。
子供だった自分には分からなかったこと。
親になった今だから、分かるようになったこと。
あの時、母はどんな気持ちだったのか。
どうして、あんなふうに関わってくれたのか。
そして、自分が親になった今、子供にどう向き合っていけばいいのか。
このあたりは、また別の機会に書いてみたいと思います。
長文でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。
