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【短編】夏が始まる五秒前

 二年の夏。音楽祭はうだるような暑さの中で始まった。

 クーラーの効いた講堂は合唱の舞台。僕ら有志バンドは、空気の流れすら止まった体育館での演奏を強いられていた。熱のない座り込んだオーディエンス。三人組がふたつみっついるだけ。僕は大粒の汗とともに出番を待っていた。

 舞台の階段脇に置かれたYAMAHAのスピーカー。放送部から借りてきた古いSTAGEPAS 300。いつもは校庭でガリまじりに校長の長い話を奏でてるやつだ。

 カーテンの隙間からもう一度体育館を見渡す。いち、にい、さんっと数えてみても、やはり人数は増えてない。緊張と苛立ちを暗闇のなかで持て余す。

「絶対見にいくからね」

 そう言ったくせに、明里はまだ来ない。まあ、実行委員だから忙しいんだろう。昨日の前夜祭だって、ずっと委員の集まりに行きっぱなしで、模擬店周りも一緒にできなかった。せっかく学生だけで回れる日だったのに。

「遠介、次の次だぞ」

「わかってるよ!」

 ポケットに突っ込んだ右手が、数枚のピックを無意味にかき回している。手汗のせいで、どれを掴んでも指先から滑り落ちそうな気がした。奥の奥まで引っ込み、ポケットチューナーで最後の調整をする。体育館の熱気で狂いかけた各弦のペグを、汗ばんだ指先で慎重にひねった。

 僕らのひとつ前、3年生バンドが舞台に飛び出す。僕も袖からこっそり顔を出す。卒業前のご祝儀よろしく、観客は一気に三倍くらいに増えていた。委員の腕章をつけたポニーテールを探すが、入り口付近まで見渡してもその姿はない。

 ——ドン、ズバァァァン!

 ギターとドラムが一気に爆発した音に驚き、思わず顔を引っ込める。目当ての姿は見つからなかったが、「これだよ、これ!」と僕の胸は激しく高鳴っていた。床を伝ってふくらはぎから頭のてっぺんまで、一気に音楽が突き抜ける。

 これを聴くために、そして今度は自分たちの手でこれを鳴らすために、僕はバンドをやっているんだ。僕の全身は耳になり、振動板になり、心と体を一緒に震わせた。

 小さい頃、親父のギターで遊ばせてもらって始めた。最初に覚えたフレーズは『Smoke on the Water』だった。同じフレーズを何度も一生懸命弾いている僕を見て、明里は「かっこいい」って言ってくれた。

 今回、最高の「かっこいい」をもらうために準備した曲はワンオク。三ヶ月練習しまくった『完全感覚Dreamer』だ。ギターに専念するために、ボーカルは孝明に譲った。僕は、この音学祭に賭けていた。

 拳で心臓を叩く。トントントン、と明里の言葉でリズムを打つ。かっこいい、かっこいい。大丈夫だ、いける。

 舞台が最後の一音を爆発させる。キィーンという余韻のなかで、観客の拍手が袖にまで届く。いよいよだ。

「いくぞ!」

 ボーカルの孝明が短く言って、カーテンを押し開けた。西日の差し込む眩しいステージへ、一歩を踏み出す。木製の床がギシッと鳴った。汗ばんだ手のひらでギターのネックを強く握り直し、僕はまっすぐに自分の立ち位置へと向かう。

 大きく吸った息を、二秒溜めてふうと吐く。目線を上げる。孝明と、みんなと目を合わせる。ドラムのスティックが高く上がる。あの一振りが落ちたらもう、五秒しかない。ハイハットとスネアの16ビート。最後のタム回しを合図に僕の出番だ。

 ダンッ!

 体育館の入り口で、ローファーが床を踏み鳴らす。五秒もいらない。僕にはすぐわかった。腕章をつけたポニーテールだ。待ち侘びたたった一人のオーディエンス。舞台は整った。ピックを持つ二本の指にぐっと力が入る。

 最高の音をスピーカーから鳴らしてやる。

 校長みたいに退屈させないぜ。


(了)


 Ryuさんが歌にしてくれました😆
 ありがとうございます!!

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