龍玉師匠のこと 中編
2026年6月18日、龍玉師匠の訃報が届いた。
職場の休憩室で昼休憩をとっていて、何の気なしにスマホでXを開いた。
「蜃気楼龍玉 訃報」の文字が目に飛び込んで来て、頭が真っ白になった。
落語協会公式アカウントの、見慣れたお知らせの画像。22分前の投稿。
にわかに信じられないまま、リンク先のページに飛んだ。
私が知っている龍玉師匠の本名が書いてあった。6月11日、心不全のため永眠。
他の方や、師匠方が龍玉師匠の死を悼む投稿が流れてきて、本当に亡くなってしまったんだと実感した。休憩室で涙が堪えきれなかった。
自席に戻り、卓上カレンダーにふと目をやった。6月11日から今日までの1週間、もう龍玉師匠はいなかったんだ、と考えると、なんだか不思議な気もしたし、すごく寂しい気持ちにもなった。
卓上カレンダーの6月11日の欄には、右上に小さく「入梅」と印字されていた。
「師弟四景」の5日後に行った2024年12月上席の池袋演芸場で、人生で初めて紙きりで注文をした。
この日は龍玉師匠が代ばね(主任の代わりにトリをつとめること)だったのと、私が辰年なので、楽一さん(これまた大好きな紙切りの芸人さん)に昇り龍を切ってもらった。
その時に「龍玉師匠」を注文したお姉さんがいて、その方から終演後に「龍玉師匠お好きなんですか?」と声をかけていただいた。
「はい!」と答えたら「良かったら…」と、なんと楽一さんが切った龍玉師匠のA面をくださった。言葉にできないほど嬉しくて、今でも本当に感謝している。こういうことができる大人になりたい。
ちなみに、この日の龍玉師匠の演目は『鼠穴』。人間の欲や絶望を描いた内容に、前のめりになって見入ってしまう。
噺の終盤、床にバンッと手をつく場面で、師匠の手が扇子にあたってしまって、予期せず扇子が客席に吹っ飛んだ。そんな時も顔色一つ変えずに最後までやりきる集中力は、まさにプロフェッショナルだったと思う。
その2ヶ月後、鈴本演芸場の2025年2月中席は龍玉師匠の主任興行だった。ネタ出し(※1)口演で、私は3回脚を運んだ。
(※1 事前に演目をお知らせしていること。寄席では基本的に事前に演目は決まっていない)
この中席のうちの2日間は『心中時雨傘』という噺が予定されていた。
『心中時雨傘』は長講のため、寄席では上と下を2日間に分けて口演する。10日間のうちの土日があてられていた。
「上」の日に、隣の席に座ったお姉さんが前述の紙切りのお姉さんに似ている気がして、思い切って声をかけてみた。
結果、人違いだったのだが、その方と紙切りのお姉さんが実はお友達同士で(お二人とも龍玉師匠のファンで繋がりがあったご様子)、「下」を聞きに行った次の日の終演後に出口で声をかけてもらって再会できた。
これもまた、嬉しかった寄席の思い出の一つである。
人生のうちの1年半だけ、15席だけ聞いた私でも泣いてしまうくらい悲しいのだから、あのお姉様方や、長年のファンの方、もっと近しい方々の悲しみは到底計り知れない。
雨の季節に、龍玉師匠は旅立った。
あまりにも早いお別れだった。
関東は先日、梅雨明けが発表された。
悲しみが晴れるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
