まほろばの道の先に、田んぼがあった。
古墳を後にして、歩き始めた。
標識に「まほろばの道」と書いてあった。
まほろば。
ヤマトタケルが死の間際に詠んだ言葉。
大和は国のまほろば——素晴らしい場所、という意味だ。
その言葉が、栃木の古道の標識に、さりげなく在った。
少し歩いた。
田んぼが、あった。
鮮やかだった。
一面の緑が、空に向かって伸びていた。
風が吹くたびに、稲が揺れた。
揺れるたびに、緑が光った。
釘付けになった。
言葉にならない懐かしさがあった。
どこかで見たことがある。
でも、記憶の中にはない。
もっと古いところに、この風景はあった。
ふと気づいた。
空と、地面と、そこに根を張る植物が、一本の線で繋がっている。
地中から水を吸い上げ、葉が光を受け、空気を作る。
空から雨が降り、また地に還る。
滞りなく、循環している。
目の前の風景が、エコシステムだった。
設計した者はいない。
管理する者もいない。
でも、完璧に動いている。
腕時計を見た。
しばらく時間が経っていた。
風景と対話していた、としか言えない。
人間は、あらゆるものと対話できる。
言葉がなくても。画面がなくても。
ただそこに立って、感じているだけで、何かと繋がることができる。
その対話の中心に、心というセンサーがある。
理性ではない。
知識でもない。
ただ、感じる力。その力が、この緑の前で、静かに目を覚ました。
まほろばの道は、田んぼに続いていた。
1400年前の死者の穴の隣に、今年も稲が育っている。
どちらも、同じ大地の上に在る。
あなたが「言葉にならない懐かしさ」を感じた風景は、どこにありますか。
