雲南省一人旅③大理の夜〜月亮代表我的心〜
昨年の旅行日記は、昨年中に書き終えるという目標だった。それなのに、気づけばもう2026年の春……。新年快乐!
旅行の記憶をちゃんと残しておきたい、と始めた個人的なメモ書きのようなものだが、この前、私の投稿を読んだ方が、前回の投稿で書いた昆明のコーヒー屋を訪れたらしい。店主たちとも交流したとのこと。久しぶりに、インターネットのおもしろさを感じた。最近のSNSはPRばかりで、四六時中CMを見せられているような気分になるし、Xもなんとなく空気が悪い。10年以上前くらいのインターネットのようなワクワクは、もうなくなってしまったからこそ、こういうのはすごくうれしい。
三日目 昆明から大理へ
前日の夜は、驚くほど眠れなかった。深夜1時すぎ、宿泊していた昆明の老街の中心にあるホテルの外から、信じられない轟音が聞こえてきたからだ。窓の下を見ると、バキュームカーのようなホースをつけた大型車が作業をしている。日中は観光客で賑わう場所だからこそ、こういう仕事は真夜中にしかできないのだろう。こういう状況、中国なら業者にキレ散らかす人が現れてもおかしくないんじゃないか。いや、むしろ誰か来てくれと半ば祈るような気持ちで目を閉じた。が、結局誰も現れなかった。作業は朝方まで続いた。インフラは、誰かの犠牲によって成り立っている。
大理へ向かう高速鉄道は朝8時5分発。日本では新幹線に乗るだけなら金属検査などはないが、中国では空港のように手荷物検査がある。駅には早めに着いた。結果的にそれが功を奏した。
鉄道のチケットはインターネットで購入できる。ただ、中国の携帯番号を持っていない外国人は、おそらくTRIP.COMでしか買えない。改札前の駅員にEチケットとパスポートを見せ、番号が照合できれば構内に入れる仕組みだ。
自動改札の横に立っていた女性の駅員にそれを見せると、外国人対応が分からないのか、別の駅員を呼んできた。「Eチケットにパスポート番号が書いていない」。確かに書いていない。
下のフロアの駅員室に連れて行かれ、PCでEチケットに紐づいた私のパスポート番号を表示してもらう。ところが駅員は首をひねる。
よく見ると、番号の「6」のところが「9」になっていた。私の打ち間違いだった。アホすぎる。
「番号がひとつでも違う限り、このチケットは無効になるよ」。時間もなかったので窓口でキャンセルし、新しく買い直した。「本当に返金しなくていいの?」と、駅員は何度も確認してくれたが、アプリ経由だと返金手続きが面倒そうで断った。女性の駅員は、私が無事に乗れるまで付き添ってくれた。本当にありがたかった。

列車は二時間半ほどで大理駅に到着。標高はおよそ2000メートル。富士山の五合目くらい。

車で市内へ向かう途中、鳩がいないことに気づく。街中は、白族(ペーゾク)の独特な建築が並んでいる。白壁に水墨画のような絵や漢詩が描かれていて、なかなかかっこいい。いつか日本の住宅地でこんな家を建てて、中国人を驚かしたい。


大理古城の周辺が中心街だ。洋服屋、飲食店、お土産屋、ときどきカフェ。同じような店が続く通りがいくつもあり、迷路のようで、歩いているうちに自分がどこにいるのか分からなくなる。それでも街は驚くほどきれいだった。ゴミがほとんど落ちていない。






この日から二泊する宿は古城の近く。築100年以上の白族の家を改築した宿にした。

中庭には大きな池があり、鯉がゆったりと泳いでいる。子猫が5匹、にゃあと鳴きながら擦り寄ってきた。可愛すぎる。連れて帰りたい。


昼はチャーハンと、大理ビール。相変わらず薄いお酒。

宿に戻り、中庭で猫と遊びながらビールを飲む。昆明のコーヒー屋でもらった貴州産の細いタバコを吸い、白族の建物をぼんやり眺める。とにかく幸せだった。旅先でしか味わえない、あの背徳的な幸福感...!
夜は白族料理の店へ行った。

店主の春梅さんという女性を中心に、店員たちがてきぱきと料理を運んでくれる。一人分という概念はあまりないようで、「胃が小さいから少なめに」と頼んでもなかなか通じない。案の定、どでかい量がきた。できる限り、たくさん食べようという気概。白族料理は家庭的で、優しい味だった。

ちなみにミントはこんな感じで揚げてあると無味です。あと店員の一人の柔和な表情が、2年前に亡くなった祖母に少し似ていて、うるっとなる。

食後、古城の通りを歩く。夜になると、あちこちのライブバーから歌声が聞こえてくる。
ある店では、女装した大学生くらいの男の子たちがお立ち台に立ち、「それが大事」を中国語で歌って客を沸かしていた。別の店では女性が弾き語りをしているが、客はほとんど入っていない。

そのまま宿へ帰ろうとしたとき、温かい声が聞こえてきた。吸い寄せられるように、そのバーに入る。客は私だけだった。店主と、若い頃の工藤静香のような華奢な店員のお姉さんが迎えてくれる。

演奏していたのは三人組のバンド。趣味で音楽活動をしているらしい。ボーカルの声がとても良かった。
ビールを飲みながら、隣に座ったさっきのお姉さんと翻訳アプリで会話をする。音楽が鳴り続ける店の中で、翻訳アプリを使った会話はむしろちょうどよかった。演奏が一曲終わる。「いまの曲、いいね。なんて曲?」 そう聞くと、お姉さんがスマホにタイトルを打って見せてくれた。

「ウランバートルの夜」。モンゴル民謡で、中国語でもカバーされてよく歌われているとのこと。
帰国後、この曲はしばらく私のヘビーローテーションになる。いい曲なんでぜひ聴いてみてください。
「私たち、実は内モンゴル出身なんだ」
ボーカルの男性、店主、お姉さんは内モンゴル自治区から出てきたという。スマホで広大な草原の写真を見せてくれた。「ここに来たら、馬にたくさん乗れるよ」と笑っていた。
内モンゴルについて、もっと知りたい。できれば、話を続けたかった。しかし、私のモンゴルの知識といえば、朝青龍と照ノ富士くらいのものだ。ちなみに照ノ富士の息子のテムジンくん(3)は年の割に105センチ30キロと大きすぎる。ただ、彼女らの故郷は中国の内モンゴル自治区であり、外モンゴルではない。ああ、こういうときのために中国について、もう少し勉強してくればよかった。
「中国語の歌、何か知ってる?」
お姉さんがスマホを見せる。即興で演奏してくれるらしい。広東語ポップが浮かんだが、ここは大陸だ。
テレサ・テンの「月亮代表我的心」をリクエストしてみた。映像の世紀のテレサテン回がとても良くて、頻繁に流れていたこの歌が好きになった。
バンドは、すぐに演奏を始めた。ボーカルが優しく歌い上げる。文化大革命もあり、中国本土では長く規制されていた歌の一つ。それでも人々は、夜になるとこっそりカセットテープでテレサ・テンを聴いていたという。香港の民主化運動でも歌われたそう。
「中国とか台湾とか、私には関係ありません。私は全てのチャイニーズに向かって歌っているのです」
彼女のそんな言葉を思い出した。
いま、この大理の小さなバーで、その歌が鳴っている。いろいろなものが、遠回りをしながらここまで繋がってきたような気がして、私は少し泣きそうになった。
