エッセイ 存在しない記憶
皆さんは、音楽を聴きますか?
料理や勉強をしながら。
あるいは散歩や通勤・通学中に。
音楽は最も身近な娯楽ですよね。
私もよく聴きます。
「よく聴く」とは言いながら、私が聴くのは基本的に「歌」ではなく「BGM」の方ですが。
いえ、勿論「歌」も好きですよ?
ただ、頭を空っぽにしたり、考え事をしたりする時に、「歌」だとノイズが入っちゃうんです。
思わず口ずさんでしまったり、歌詞に引っ張られてしまったり。
考えている内容が、聴いている「歌声」や「歌詞」に影響を受けてしまうんですよ。
ですから、何も考えたくない時や、あえて「歌」に乗りたい時以外は、基本的には「BGM」の方を聴いています。
さて、何故いきなりこんな話をしたのか?
それは、皆さんにちょっと聞きたい事がありまして。
「ケルト音楽」ってご存知ですか?
「ファンタジー」の世界を表現したゲームやアニメなんかでよく使われる、幻想的なメロディが特徴の音楽です。
「知らない」って方は、是非一度聴いてみてください。
なんだかソワソワしますから。
そして、出来ればその感想を聞かせて欲しいんですよ。
というのも、実はちょっと不思議な現象が起こってまして。
私はよくドライブをしながら、この「ケルト音楽」を聴きます。
美しい山々の緑を見ながら。
あるいは、広々とした海を見ながら。
そんな時に思い浮かぶ感想が、「美しい」とか「気持ちいい」とかじゃないんです。
「懐かしい」なんですよ。
コレ、何なんでしょう?
私はガチガチの日本人で、海外旅行すらした事がない完璧な土着民です。
なんなら、ケルト音楽の「ケルト」が地名なのか人名なのかすら知りません。
それなのに、何故「懐かしい」んでしょうか?
小さい頃から慣れ親しんだファンタジーの世界を想起させるから?
だとしても、実際には行った事も無い世界を「懐かしい」と感じる理由になりますかね?
これが「絵」なら理解できるんです。
何処かで見た事のある記憶と紐付けされて、知らない風景を「懐かしい」と感じるというのは、きっと皆さんにも経験があるはずです。
しかし、これは「音」です。
「川のせせらぎ」でもなく、「風のざわめき」でもなく、れっきとした完全な「音楽」なんです。
聴いた記憶など、存在するはずがないんです。
泣いている赤ん坊に「砂嵐」の音を聴かせると泣き止むという話を聞いた事があります。
母親の胎内で聞こえていた音と似ているからだという理由だそうですが、大人である私が「砂嵐」の音を聴いても、単に不快なだけです。
懐かしさなど欠片も感じません。
それなのに、聴いた事もない音楽には懐かしさを覚えてしまう。
これは、どういう理屈なんでしょう?
もしかしたら、自分の中に「存在しない記憶」があるんじゃないか?なんて思います。
その「存在しない記憶」の中から、適当なピースを引っ張り出して、物語を作り上げる。
だから私の書く作品は、何処か現実離れしてしまうのかもしれません。
もしくは、本当に「ここじゃない何処か」の記憶が、人間には眠っているのかもしれませんね。
素敵ですよね。
どうせなら、私も「そっち側」での暮らしを一度味わってみたかったです。
妖精が飛び回る森で、エルフが狩りをする。
ファンタジー世界に憧れる人間にとっては、夢のような光景です。
まぁ、その世界で私が「人間」とは限らないですけど。
ちょっと。
誰ですか?
「ゴブリンだろ」って言ったのは。
