短編小説 『ランニングマン』
満月の夜。
山道の脇に停めた車の中で、男とその友人がフロントガラスの向こうを眺めていた。
「もうすぐだな」
友人が呟いた。
「まだかよ」
「いまもうすぐだなって言ったろ」
「それさっきも言ってたろ」
「だからもうすぐだって」
「なあ。もう帰ろうぜ」
「ここまで来て帰れるかよ。わざわざカーシェアで車借りて、二時間もかけて来たのに」
「その二時間、運転したのは俺だよ。助手席で気持ちよく寝やがって」
「体力温存したかったんだよ」
男は呆れたようにため息をついた。
「で?」
「ん?」
「ランニングマンってなんだよ」
「ああ」
「急にランニングマン見にいこうって誘ってきて」
「うん」
「あとで説明するって言って、助手席で寝やがって」
「悪かったって」
「ドライブにおいて助手席で寝るのは重罪なんだぞ」
「悪かったってほんとに」
少し先には、暗いトンネルの入口が見えた。
周囲に街灯はなく、満月の明かりだけが道路を照らしている。
「ランニングマンは都市伝説だよ」
「どんな?」
「満月の夜に、このトンネル付近で、奇声をあげながら走る男の霊」
「……ただの変人だろ」
「変人じゃねぇよ」
「だったら猿だ」
「猿?」
「そういう都市伝説のオチは、大抵猿って決まってんだ」
「違うって」
男は暗いトンネルを眺めた。
今のところ、人影どころか猿一匹見当たらない。
「それで?」
「ん?」
「奇声あげて走る猿を見るためにきたわけじゃないだろな」
友人は少し言いづらそうに口を開いた。
「ランニングマンを見ると、好きな人と結ばれるらしい」
「え?」
男は思わず友人の顔を見た。
「……それで俺を二時間運転させたの?」
「うん」
男はしばらく友人の顔を見つめた。
「中学生かよ」
「中学生?」
「大の大人が信じる都市伝説じゃないって」
「そうだけどさ」
「で、好きな人って誰?」
「言うかよ」
「夜に呼び出して、二時間運転させて、助手席でスヤスヤ寝てたんだろ」
「悪かったって」
「誰なんだよ好きな人」
友人はしばらく黙っていたが、観念したように口を開いた。
「橋本さんだよ」
「え?」
「ずっと好きだったんだよ。いま彼氏いないって言ってたし。チャンスだって思って」
「ダメだ」
「え?」
「橋本さんはダメだ」
「おい、似合わないとか言うなよ」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何だよ」
男は黙った。
「……お前も?」
返事はなかった。
そのとき、遠くから奇妙な叫び声が聞こえた。
二人は声のする方を見て固まった。
一瞬の静寂のあと、友人が勢いよく車を飛び出した。
「おまえ!」
男も慌ててその後を追う。
「言い忘れてたけど!」
「なんだよ!」
「ランニングマンは、最初に見たやつにしか効果ないから!」
「おまえ!そんな大事なこといま言うなよ!」
「悪いけど!橋本さんは諦めてくれ!」
「てめぇぇぇ! ふざけんな、待てぇぇぇ!」
二人は大声を上げながら、暗いトンネルへ向かって走っていった。
その頃、トンネルの反対側では、別の二人の男が辺りを見回していた。
「今の声!」
「ランニングマンだ!」
「なんか二人いそうだぞ!」
「待てぇぇぇ!」
満月の下。
トンネルには、四人分の足音と奇声が響いていた。
○あとがき
「ランニングマンってなに?」って思った人も多いと思います。
ぼくも「ランニングマンってなに?」って思いながら書いてました。
ほんまになんなんやろう、ランニングマンって。
