航空優勢が地上部隊の機動に及ぼす影響、について
本稿は、ウクライナ侵攻に関連し、ドローンや更に上空の航空機がもたらす航空優勢が地上部隊、就中機甲部隊の機動にどのように影響するかを考察したポストをまとめたものです。
1 低高度のドローン等をどう考えるか
航空優勢という言葉の定義をどうするのかの話ですが、優勢と言う概念が時間的・地理的な限定性を持つ点においては議論はなく、ここで議論となるのは、「空の岸辺(Atmospheric Littoral」と呼ばれるような低空域を包含するか否か、という点が焦点かと思っています。
つまり、低空域が航空領域(Air Domain)に含まれるかどうかと言い換えることが出来るかと思いますが、米統合教範(JP3-30)で航空領域とは「地表から始まり、作戦への影響が無視できる高度まで広がる大気を指す」とされていますので、低空域であっても航空領域であることは間違いないかと思われます。
とはいえ、そもそもドメインは、作戦環境という文脈上、独自の戦闘に関する能力とスキルを必要とする物理的に定義された部分と言われてもいますので、その環境毎に戦闘に必要となる能力が異なる場合は、別ドメインと定義することもまた可能にはなると思います。
このため、現行の米軍の定義では低空域を航空領域とするかどうか、はどちらとしても誤りがないと言えるでしょう。 https://armypubs.army.mil/epubs/DR_pubs/DR_a/ARN36290-FM_3-0-000-WEB-2.pdf
他方、JP 3-01で、航空優勢は、攻勢対航空(Offensive Counter Air:OCA)によって獲得するものと説明されていますので、米統合軍では航空優勢という概念が攻勢的な作戦の戦果を表す作戦用語として発展してきたと解する見解が多いようです。 https://nids.mod.go.jp/publication/briefing/pdf/2020/202006.pdf
このため、地上部隊の防空能力によって獲得された敵航空機の活動の抑制というウクライナ情勢で見られるような現象を米軍の定義でうまく説明できないのは道理だと思います。
こういったいわゆる西側的考えに対し、インド空軍などでは、既存の航空支配(Air Supremacy)、航空優勢(Air Superiority)に加え、FAS(Favourable Air Situation:好ましい航空状態)なんて言葉で表現しているようですが、言い得て妙だと思います。
さて、こういった議論の中で、やっと私見です。 いわゆる「空の岸辺」たる低空域の戦闘主体はUASや回転翼機であり、固定翼戦闘機ではありません。 また、これまで航空優勢獲得の戦闘に回転翼機が関連してこなかったことを鑑みれば、低空域は航空優勢に包含されることはなく、今後もないものと考えます
他方、いくらUASが地上や上空から打撃し辛いと言えど、その行動は地上作戦と深く連携している(=オペレーターは地上戦闘との関係・地上展開する電子戦部隊の影響等)のであれば、地上領域の一端として陸軍種が新たな特性の作戦のための能力・スキルを獲得しているだけと整理できるものと考えます。
こうした観点で、「空の岸辺」をどう定義するかはさておき、いずれにせよ地上部隊の行動に密接に連携するものなのは間違いないと言えるでしょう。
2 航空優勢は地上部隊の攻撃の必要条件か十分条件か
では、上記の概念を踏まえつつ、航空優勢は攻勢作戦における必要条件か、という点について考察してみたいと思います。
まず、元ネタはこちら↓
ウクライナ軍の反転攻勢、地道な成果積み上げにロシア軍が悲鳴《渡部 悦和》航空優勢なき戦果は歴史的快挙、逃亡兵急増に悩むロシア軍 | JBpress
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76509
上記記事内では「航空劣勢下、史上最強レベルの地雷原という非常に厳しい状況を前にして、機甲部隊中心の機動戦を実施しなさいと言うのは酷である」と述べています。
他方、宇軍は2022年の攻勢において上記条件下で攻勢を成功させていますし、航空劣勢下でも攻勢を企図していた軍隊は多数あります。
まず私見ですが、航空劣勢下での攻勢は厳しい、という命題は真であると考えます。
そういう意味で、まず上記攻勢中での宇軍のハルキウ攻勢は例外扱いとなりますが、なぜ例外であったのかは後述します。
ではまず命題の証明です。
そもそも航空優勢とは、制空権とは異なり、時間及び場所によって揺らぎのあるものとしつつも、全般的な趨勢は存在し得るものであると定義します。
地上部隊、就中機甲部隊の行動はロシアによるウクライナ侵攻を見るまでもなく、上空からはいとも簡単に発見されるとともに、上方からの攻撃に対しては地上からの攻撃に比して脆弱性を晒すものです。
このため、まず航空脅威を排除できていることは機甲部隊の行動の容易化につながることは間違いないと考えられます
それが十分条件か必要条件か、という点ですが、まだそれは十分条件でしかありません。なぜならば、地上からの防空部隊による当該地域の優勢確保が可能であり、米ALB(Air Land Battle)に対抗するソ連軍はまさにこの考えで複合的な地上防空部隊を配置しての攻勢を企図しておりました。
次に、攻勢側が航空優勢を保有することで得られるメリットとしては、時間的・地理的縦深に対する長射程火力の発揮が挙げられるでしょう。
これはALBやMDO(Multi Domain Operation)における縦深火力です。
他方、こちらもHIMARS等の地上火力を以て代替が可能かと聞かれれば一部は可能であるといえるでしょう
では、上記二条件が同時に不成立であった場合はどうでしょうか?
縦深の敵(=逆襲部隊)に対する処置が不十分かつ敵からの瞰制下にある機甲部隊は、防者に対して自由意志を以て機動することが適うでしょうか?
まさしくこの点が重要であると考えています。
つまり、攻勢における強みは時間的・空間的・心理的に機動の自由を有し、敵に対応を強要することが出来る点です。
この攻者の有する利点を如何に減殺するか、が地形的に機動の自由を有しない防者が心を砕く点です。
航空優勢を保持している、とは、言い換えれば攻者の持つ機動の自由が侵害されていない状況、と言えるでしょう。
このため、航空優勢を保持していない中では、機動の自由を得る為、攻者は縦深の敵の拘束・減殺及び敵航空勢力からの瞰制の妨害が必要です。(ようはこれが攻撃条件の作為です)
以上の考えに基づき、私としては航空劣勢下での攻勢は厳しい、と判断いたします。
※なお、一般的防者にとって航空優勢が十分条件であっても必要条件ではないのは上述したように防者が機動を勝ち目としないことから導けると考えています。(機動防御が該当しないのは自明です)
そして、まさにこの縦深の敵の拘束・減殺及び敵航空勢力からの瞰制の妨害を航空火力によらない地上火力を主体とする勢力で達成できたのが、2022年のウクライナ軍であったではないかと考えるのが、私見です。
3 高所を抑えることとは
よく言われることですが、いわゆる接近経路を制する要点である、緊要地形(Key Terrain)は高地であることが多いです。
まず、この緊要地形・接近経路という概念の出元としては、ジョミニの「戦争概論」ではなかろうかと考えています。

(あくまでも佐藤訳ですが)、著者は「決勝点」や「作戦線」と表現しており、その内容は、戦場内の重要な地形とそこに至る経路であり、米軍の両概念の定義に一致すると考えられます
米軍FM3-0では緊要地形を「識別可能な特性を持ち、これを奪取または保持した際には彼我どちらかに著しい利をもたらす地点」、接近経路を「攻撃部隊が目標または重要な地形に至るために使用する経路であり、すべての領域に存在する」としています。

余談ですが、現代米軍では、決勝点(Decisive Point)は「重要な出来事・要素等で、これに対処することにより、敵に対して優位に立つ、または成功に実質的に貢献するもの」とされ、作戦線(Line Of Operation)はこの決勝点を連接させた、地形と言うよりは要素の結合体として表現される事が多いものです
(個人的にここらへんは努力線(Line Of Effort)と内容がゴッチャになっていて整理がよろしくないような気もしていますが…
ともあれ、現代式軍隊が地形を点と線で結び、それを以て部隊の行動を律していたのはナポレオン戦争以後は間違いないと思われます。 これは交戦主体の部隊が長射程火力を有していない中で、将棋やチェスの如く駒を機動させることが軍の作戦と同義とならざるを得なかったからだと考えています。
(そういう意味で現代の軍が果たしていつまで「オペレーション=機動」という概念に縛られ続けるのか、というのは非常に面白い問いだと思っています)
また、旧軍においても、戦闘綱要において「攻撃の重点は状況、特に地形を判断し、敵の弱点もしくは敵の苦痛とする方向にこれを指向すべし」とあることから、地形と方向はセットとして施行されていたと考えることが妥当と考えます。
さて、愈々本題ですが、緊要地形はなぜ制高点であったのか、そしてなぜそれが道路や橋梁に変わらなかったのか、という点です。
まず、私は緊要地形が制高点であるのは2つの理由があると考えています。
まずは視界・射界の確保、ひいて火力発揮の有効性向上を求めるためだと考えます。つまり、地上機動手段の高速化が道路や橋梁の価値を高める以上に長射程火力を有効に使用するための高地の価値があった、という考えです。
逆に、空と言う高地を常にUAVで制せている今こそが、変換点になり得るでしょう。
二つ目の理由として、旧軍が追求したのが逆に地形の確保ではなく敵部隊の撃破であったこと、があると考えます。敵を撃破するためには歩兵又は砲兵による射撃が必要です。このため、敵に対して有効な射撃を行うため、または敵の陣地を重視して考察した際、その重複する点が高地であった、という考えです。
4 暫定的結論
有史以来の戦争において、高地の確保は戦いの定石と言っても過言ではありません。(陸戦の視点で言えば)その延長に、航空優勢という概念があるのであれば、その優劣が陸戦に影響を及ぼすことは自明の理であると言えるでしょう。
他方、一度上がった高度がUASによって下に遷移したことの意義は考え直す価値があると考えます。
