眠れる物語「絶滅標本室」 第1話| ドードー 人を恐れなかった鳥
博物館の奥に、一般には公開されていない部屋があります。「絶滅標本室」。そこには、もう二度と野生では出会えない動物たちの標本が、ただ静かに並んでいます。
私は、この部屋を管理する研究員です。昼は標本の保存や調査にあたり、夜になると一体の標本を取り出して、その動物が生きていた頃の記録を読み返します。絶滅した生物は、何も語りません。だからこそ、残された骨や古い文献、研究者たちが長い年月をかけて積み重ねてきた記録から、その生涯をたどっていくしかないのです。
今夜、ご紹介するのは一羽の鳥。ドードーです。
「飛べなかった鳥」
ドードーと聞いて、そんな言葉を思い浮かべる方は多いでしょう。けれど私は、この骨格標本を見るたびに、少し違うことを思います。ドードーは、飛べなかった鳥ではありません。飛ぶ必要が、なかった鳥なのです。
ドードーが暮らしていたモーリシャス島には、長い間、大型の捕食者がいませんでした。危険から逃げるために空を飛ぶ必要はなく、鳥たちは地面で木の実を探し、穏やかに暮らすことができました。何万年という時間をかけてその環境に適応した結果が、私たちの知るあの姿です。生き物にとって「進化」とは、強くなることではありません。その場所で生きていくために、最も適した姿へと変わっていくことです。
1598年、人がモーリシャス島にたどり着きます。それまでの静かな島の暮らしは、そこから大きく変わっていきました。人による狩猟だけが原因ではありません。船とともに運ばれてきたネズミやブタ、イヌが、地面に巣を作るドードーの卵やひなを食い荒らしました。森は少しずつその姿を変え、ドードーたちは暮らす場所そのものを失っていきました。こうした変化が積み重なり、17世紀の終わり頃には、ドードーは絶滅したと考えられています。人が島へやって来てから、わずか100年ほどでその姿を消したのです。
私は、ときどき思います。もし人がこの島にたどり着くのが、数百年遅かったなら。もし外来の動物たちが持ち込まれることがなかったなら。ドードーは今も、モーリシャスの森を静かに歩いていたのでしょうか。
その答えを、知る術はありません。けれどこの標本は、一つのことを教えてくれます。環境に適応することは、生き物にとって大きな強みになります。
しかしその環境が急激に変わってしまったとき、かつての強みは、そのまま弱みに変わってしまうこともあるのです。
明日の夜は、また別の標本をご紹介します。それでは、おやすみなさい。
標本室メモ
ドードー(Raphus cucullatus)は、インド洋のモーリシャス島にのみ生息していた飛べない鳥である。 1598年にヨーロッパ人によってその存在が記録され、その後、人間による環境の変化や外来動物の影響など複数の要因が重なり、17世紀末までに絶滅したと考えられている。
現在も研究は続けられており、新たな発見によって、ドードーの暮らしや絶滅の経緯についての理解は、少しずつ深まりつつある。
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