作るものには、その人が出る|陶芸
普段作っているもの
普段作っているものは、ほとんどがカップです。
友人の結婚祝いによく贈っていました。新しい生活を始める人に、自分の手で作ったものを渡せるのは、なんだかちょっと特別な気持ちになります。
カップから小皿へ
とはいえ、カップばかり増えても、一日にお茶・紅茶・コーヒーを飲むとしても、そんなに何個も必要なわけではありません。それなら、家で日常的に使うものを作れば、おのずと使う頻度も上がるのではないかと思い、ここ数年は小皿をよく作っています。
二か月に一回のペースで、一回に作るのは六つほど。そう考えるとそんなに多くはないのかもしれませんが、作っても使いきれずにいる小皿もたくさんあるので、やっぱり作りすぎかもしれません。
猫の置物と、めだかの家
小皿を作り始める前は、少し変わったことをしていました。

猫が好きなので、猫の置物をたくさん作っていたのです。これがまあ下手で、出番がなかったり、よくてもデスクに飾っている程度だったり。

ほかには、以前金魚とめだかを飼っていて、めだかが外で鳥などの天敵に襲われないようにと、陶器でめだかの家を作ったこともあります。ついでに金魚用にもと思ったのですが、サイズが小さすぎて、結局一つは部屋に飾ることになりました。
その後、めだかも金魚も亡くなってしまい、今はその陶器の家を、庭にあるお墓のそばに置いています。
作るものに、その人が出る
一緒に陶芸をしているお姉さんは、もっぱら大皿を作る方で、兄弟の多い家庭で育ったので「大皿文化」だったそうです。小皿を使う機会はあまりなかったと話していました。
一方、私が育った家庭は「お皿に盛ったものは全部食べなさい」という方針で、食卓にはいつも小皿でいろいろなおかずが並んでいました。
小皿文化で育った今も、やっぱり小皿を作ってしまう。 作るものには、その人の育った環境や性格が表れるんだなと、つくづく面白く感じます。

完成を、待つ楽しさ
私が通っている陶芸教室は、生徒さんの数が多くないので、成形から完成まで結構時間がかかります。
今は「これをプレゼントに!」と急ぐものもないので、いつ完成してもいいと思っていて。一年ほど手元に戻ってこなくても、受け取るときに「あ、そういえばこんなの作ったな」と思い出せるのが、それはそれで楽しいんです。
次回の教室では、その一年分のお披露目会をすると先生がおっしゃっていました。楽しみです。
