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【4ℓの大量出血】【膣壁裂傷、血腫】予定日超過10日目。突然消えた息子の心音――それでも私は、まだ何も知らなかった。【出産レビュー】【トラウマ回】

こんにちは、猫ソムリエです。

今回書くのは、私が2022年11月9日に経験した出産の話です。

もう3年以上前の出来事になりますが、不思議なことに、
あの日の景色や匂い、先生たちの声、感じた恐怖は、今でも驚くほど鮮明に覚えています。

実はこの話、ずっと書こうか迷っていました。

命に関わる内容ですし、思い出すだけでも苦しくなる場面があります。
でも今なら、少し笑い話も交えながら振り返ることができるようになりました。

そして何より、いつか息子が大きくなったとき、

「君が生まれた日は、こんな一日だったんだよ。」

と伝えられるように、記録として残しておきたいと思ったんです。

これから出産を控えている方にも、
「こんなケースもあるんだ」と知ってもらえたら嬉しいです。

それでは、あの日のお話を始めます。

第一子の出産予定日は2022年10月31日。


「ハロウィンボーイかぁ、可愛いじゃない!」なんてのんきに思っていました。

……が。待てど暮らせど、気配なし。

初産は遅れるって言うけど、さすがに一週間も過ぎると不安になってきました。病院へ行くと、先生はあっさり一言。

「予定日から1週間経つし、そろそろ促進剤使っていきましょう。」

こうして私は、出産予定日から1週間後に入院し、
陣痛促進剤による誘発分娩をすることになったのです。

入院生活は意外とのんびり

入院1日目と2日目は、想像していたよりもずっと平和でした。

促進剤を使うとは聞いていましたが、すぐに産まれる気配はありません。

病室ではSwitchをしたり、iPadで動画を見たり。

「病院食って意外と美味しいな。」

なんて、のんきに過ごしていました。

ご飯は出てくるし、掃除もしなくていい。

洗濯もしなくていい。

今思えば、人生最後のゆっくりできた時間だったのかもしれません。

問題は、点滴のルート確保。

私は昔から血管が細いのか、採血も点滴も失敗されがち。
この日も看護師さんたちが次々と交代で挑戦しては撃沈。

刺されるたびに腕はどんどん痛くなり、青あざも増えていきます。

さすがに限界で、

「もう嫌です……。」

そう言ってしまいました。

すると看護師さんが、

「これでダメだったら諦めるから、最後に手の甲で取らせてね。」

と優しく言いました。

右手の甲。

正直、「ゲームやりにくいなあ。」そのくらいにしか思っていませんでした。

でも、
この一本の点滴が、数日後に私の命をつなぐことになるなんて、
この時は知る由もありませんでした。

私の番はいつなんだろう。

入院1日目、促進剤の錠剤を飲んで終了。
2日目は錠剤と、点滴。でも特に何もなく終了。

その間、相部屋の妊婦さんたちは
昼も夜も問わず 次々と痛み出しては 分娩室へ連れて行かれる。

真夜中に「いったあ……!」と苦しそうな声が
カーテン越しに聞こえるたび、私は心の中でそっとつぶやいていました。

——行ってらっしゃい。がんばれ!

まるで見送りのような、不思議な気持ちだった。

だけどそのたびに、自分の“出番”がジリジリと近づいてくる感覚。
まるでジェットコースターの最初の上り坂。
まだ何も始まっていないのに、
胃のあたりがふわふわ落ち着かなくなるあの感じ。

「私の番は……いつなんだろう。」

そんな緊張感を抱えたまま、その夜も眠りにつきました。

入院して3日目。

「そろそろ息子に会わせてくれても良くない?」
そんな気持ちで、お昼ごはんをのんきに食べていた。

午前中には促進剤もMAXまで入れ終わっていたけど、
うーん……まだまだ産まれる気配はない。

マジか。今日も会えないのか?
だって、予定日から10日も過ぎてるんだよ?
さすがに医療ド素人の私でも焦ってきた。

医者もなんか変だな…と思ったのか、
『これぇ、数週自体が間違ってるんじゃない?』
とか、とんでもねえ会話が聞こえてくるほどだった。

そ、そんな馬鹿な…。
妊娠初期から総合病院で診てもらってたんだぞ??
エコーで見えない時期から妊娠検査薬で陽性わかってて
病院に通ってたのにそんなことある???

ついにその時が来た!


しかし
午後になり、なんか腰に 何とも言えない違和感が出てきた。

(なんか・・・うんこ、してえな。)
と思ってトイレに行って無事にウンチを済ませて
ベッドに戻ってもまだなんか腰に違和感。

てか、だんだんゴリゴリした感覚に代わってきたな…これが陣痛なのか?

ぶつん!パシャッ。

腰から音がしたような気がした瞬間、温かい感覚が広がった。

——あ、破水した。

破水から始まったと思ったら、
なんかだんだん違和感程度から
確実にわかる痛みが出てきた。

初めての陣痛。
これはやべえ・・・痛すぎて呼吸で金レベルの激痛の波に何度も襲われる。

たまらずナースさんを呼んで、様子を見てもらうことに。
内診の部屋に移動したり、まだまだだからとベッドに戻ったり。

そこからはまさに怒涛の展開だった。

お医者さんと、助産師さんが様子を見ていると

モニターからボコボコと流れていたはずの
息子の心音が、突然ふっと消えた。


視線を向けると、先生とナースの表情が一気に変わった。
さっきまで穏やかだった空気が、一瞬で緊迫に変わる。

「○○さん、急ぐよ!」

その声が飛んだ瞬間、体は勝手に動いていた。
いや、正しくは「歩かされた」に近い。

分娩台はすぐそこ。
分娩室にいたから距離は短いはずなのに、
その一歩一歩が果てしなく遠く感じた。

全身は汗でびっしょびしょ、足はガクガク。

そのとき、不意に背中に冷たい手が触れた。

「……これ、なに?」と先生。

「汗です・・・」と必死に声を絞り出して答えると、

「ああ、汗か。」と先生。

——いやいや、汗以外に何があると思ったんだよ!?
何か、妙に先生が冷静すぎるので腹が立ったけど
また痛みが来て 全然それどころじゃなくなった。

もうツッコミどころ満載すぎて、いろいろ追いつかない。

どうにか分娩台に這い上がった瞬間から、
怒涛の指示が飛ぶ。

「はい、いきんでーっ!」

え、もういきむんすか??

呼吸法?そんなのどっか行きました。
ただもう「元気に出てきてくれー!」と念じながら、ひたすらいきむ。

いやー分娩台って素晴らしい。手すりが握りやすい。
いきみやすいデザインになってるね!

すると突然、ナースさんが私のお腹に両手を置いて——

ガンッ!ガンッ!ガンッ!

まるで心臓マッサージのようにお腹をガンガン押してくる。

「ちょっ!それ、やりすぎでしょ!?www」

と思う間もなく、今度は背中側から別のナースさんに体をグイッと持ち上げられ、ぐいぐいと抑え込まれる。

さらに吸引分娩も加わり先生に息子の頭を引っ張ってもらう。

え、何これ!?チームプレー!?

もう自分がどうなっているのかすら分からない。
自分からは自分のオマタがどうなっているかなんて見えない。
見たら気絶しちゃいそう。

必死に力を振り絞りながらも、
頭の片隅では「これはもう笑うしかないやつだ」と、
どこか他人事のように考えていた。

時計で見れば、たった1時間の出来事。
でも私にとっては、永遠にも思えるほど長い1時間だった。

そして、ついに——

「生まれましたよ。」

その声が聞こえた瞬間、すべての力が抜けた。

「ああ……やっとあえるね。」

でも、そこで終わりじゃなかった。

息子は生まれたばかりなのに、泣かなかった。産声が聞こえない。

「え?泣いてない…?」

頭の中が真っ白になった。

先生は落ち着いた声で「ちょっと待っててね〜、大丈夫だからね〜」と言うけれど、その「大丈夫」が逆に怖かった。

たった30秒。でも、その静寂は永遠のように長く感じられた。

——そして。

「オギャア!」

息子は、ちゃんと泣いた。

私はそれだけで、もう十分だった。

これで、すべてが終わった——はずだった。

……でも、本当の試練はここからでした。


産後の異変!!

怒涛の出産劇が終わり、ほんのわずかな安堵の時間。
まだ分娩台の上に乗ってて、体は汗でびっしょびしょ。
服ごとシャワー浴びたんかと思うぐらい。汗のせいか、ちょっと寒い。

でも赤ちゃんの写真を撮る余裕もあったし、
親や夫に生まれたよ!と報告を入れていた。
「やっと終わったんだ…」とホッとしかけていた。

正直、出産を終えた後も後陣痛というものがあり、
これも普通にめっちゃ痛かった。
でも天井を仰ぎ見ながら休んでやり過ごすしかなかった。

しかし 体は正直だった。
突然、ありえないほどの寒気に襲われた。

「寒い…寒い…」

おかしい。病院の室内は、裸の赤ちゃんが寒くないように
よく空調が効いていたはず。寒いわけがない。

なのに ガタガタと体が震え出し、歯の根も合わない。
それと同時くらいに
昔のテレビの砂嵐の画面??
みたいな光景が 急激に目の前に広がりだした。

視界はザラザラと砂嵐のようにかすみはじめ、光がぐにゃぐにゃと歪む。

あ!さっきナースさんが
『目の前がチラチラするとかあったら
すぐにナースコール押して教えてね!』
って言ってたやつだ!!

進研ゼミで習ったやつだ!!的なノリで

——まずい。このままでは、自分がどこかへ行ってしまう!!

震える手で 視界がやばい状態の中、
必死に脇にあったナースコールを探し、ボタンを押した。

すぐにナースさんに状態を伝えることができて 飛んできてくれた。

それから先生も戻ってきてくれて、
ナースさんと「訴えはあるんですが…」「フムフム…」というような会話。

その後先生が見てくれることになり、
私は分娩台でまた足を開く体制になり再び激痛を味わうことになる。

たった1時間で終えたスピード出産と健康な息子と引き換えに
私の体は【膣壁裂傷】という
産道が裂けてしまっている状態になっていました。

痛いのが続くよ☆

「出血量、計って!」

「出血箇所はどこだ…!」

先生たちは真剣な表情で動き回り、ナースは淡々と出血量を測っていく。
私はもう声も出せず、ただ寒さと意識の遠のきに耐えるだけだった。

さらに追い打ちをかけるように、あの言葉が聞こえた。

「ジャンボ(クスコ)持ってきて!」

オワタ……。

ジャンボ。聞き慣れない単語だけど、
もうこの場の空気感で「ヤバいやつ」ってことはすぐに分かった。

そしてその直感は的中した。

「これ、絶対に痛いやつだよね……?」

心の中で全力でツッコミを入れながらも、ジャンボクスコは静かに登場。

出血箇所を探すために、その大きな器具が体内に挿入された。

正直、出産本番よりも、このときの痛みの方が強烈だったかもしれない。

先生たちの手は止まらず、器具を操作しながら探っていく。

器具でこじ開けられて無麻酔で急いで縫われるワイのオマタ。\(^o^)/オワタ
この合間、私はぎええええ…ウああああああ…と呻くしかできなかった。


「これじゃだめだ。。。」

その言葉が聞こえた直後、ようやく器具は引き抜かれた。

もう、限界だった。

そのとき、なぜか看護師に旦那や母親の連絡先を聞かれた。
看護師さんが、『すぐ旦那さんに来てもらって!』

いやいや、私は里帰り出産をしていて夫は富山。私は今新潟の真ん中。
高速に乗って駆け付けても余裕で2時間半はかかる距離。

(え、それ…事前に伝えてたはずじゃ…?)
と思うけれど、もう説明する気力もない。
看護師も先生も、みんな明らかにテンパっていた。

呼ばれて実家から駆けつけた実母。なんか、ちょっと顔を見てホッとする。

手術が必要だという説明の後、
私はガタガタ震えながらいくつかの書類にサインをさせられた。

手はうまく動かず、もはや文字にならないようなサインだった。
それでもサインしないと先に進まないらしかった。

そのままストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。
天井の模様だけが、ずっと流れていった。

……そこから、なぜかしばらく待たされた。
薄れゆく意識の中で、先生たちの会話が聞こえてくる。

「オペ室、開いてないの?」

「今、何やってるの?」

「わからないです。」

——あー、私今度こそ終わったな。\(^o^)/オワタ

心の中で、静かに、でも はっきりとそう思った。

途中、また何枚かサインを求められた。

でももう、寒さがあまりにも酷くて、それどころじゃなかった。

「これを何とかしてくれるなら、もう殺してくれても構わない……」

本気でそう思っていた。


オペ室に到着すると、何名かのスタッフがかりでオペ台に移された。

そのとき、暖かいヒーターのようなもので体を包んでもらえた。

それがとにかく暖かくて、気持ちよくて——

「あぁ、このまま眠りたい。最高。」

そう思ったのを、今でもはっきり覚えている。

そのあと、全身麻酔を入れてもらい、天井の光をぼんやりと見ながら、
私の意識はそう長くかからず静かに消えていった。

———

目が覚めたのは、夜9時頃だった。

出産が終わった時は午後3時。

手術は、たぶん午後3時半過ぎくらいから始まったんだと思う。
でも、次に目を開けたときは病室で あたりは真っ暗だった。

目が覚めて最初に受けたのは、自分の状態についての説明だった。

私は膣壁裂傷が奥の方にできて
その傷に血の塊ができたことが出血が止まらない原因だった。

全身麻酔で手術を行い、輸血をしながら
血の塊を取り除き、傷を縫う手術を受けていた。

輸血は、なんと赤白20単位。わかりやすく言うと血4リットルくらい。

ほぼ全身の血液が入れ替わるくらいの量だった。

医師からは
「輸血が届くまでに心拍が落ちちゃうのが怖かったから、
とにかく水分を体に入れていた」
と説明を受けた。


口には酸素マスクがつけられたままで、
それを外してもらえず、
まだ水も飲ませてもらえない。

喉は渇いて眠れず、ただただ苦しさだけが残っていたし
足につけるポンプみたいなものがすごく邪魔だし疲れすぎて全然眠れない。

でもとっくに体は限界を迎えていたので
いつのまにかまた意識が吹っ飛んでいたり、
のどの渇きに苦しんでは気絶。また目を覚ますのを繰り返していた。


「これが命綱になったね…。」

翌日、ナースさんが私の右手の甲をそっと見ながらしみじみと言った。

「これが命綱になったね…。」

その言葉で、私はあの時死の淵にいたんだと 背筋が寒くなった。


出産直後、富山で待機していた旦那さんは、
私の急変を母から聞いて自殺しようかと思ったらしい。

「もう自分も……」なんて考えたって、いやいやいや、ちょっと待て!?

なんであなたが!? ダメ、絶対!!(笑)

しかも、実母がどんな伝え方をしたのかは謎だけど、
旦那さんは「子供は助からなくても、母親だけは助けてほしい」って
言っていたらしい。

あの……その件、きちんとご報告しておきますね。
子供は無事に産んだ後に、私だけ!出血したんだよ!!

...まったく、男の人ってこおいう時ほんとダメね笑
後から聞いた話、私が死んだら死のうと思った。って事らしいけど、
それでも私はそれを聞いた時 腹が立ちましたわよ。

私が命をかけて産んだ子供を残して無念を抱えて死ぬのに、
それをほっぽってお前だけ自分のタイミングで死ぬのか💢と。

やめてくれよなー!!

あの日から3年

今、息子は元気いっぱいです。

毎日走り回って、笑って、「ママー!」と呼んでくれます。

あの日の小さな赤ちゃんが、こんなに大きくなりました。そして私は、その手を握ることができます。

一緒にご飯を食べて、公園へ行って、何気ない毎日を過ごせています。

あの日には想像もできなかった、当たり前の日常です。


最後に

出産は、新しい命が生まれる日です。

でも同時に、お母さんも命がけで命をつないでいる日なのだと、私は身をもって知りました。

もちろん、すべての出産が私のようになるわけではありません。

でも、こういうケースも確かにあります。

だからこそ、命を救ってくださった医療スタッフの皆さんには感謝しかありません。

あの日。

何度も失敗して、ようやく右手に入った一本の点滴。

あれが私の命綱でした。

先生方。

助産師さん。

看護師さん。

あの日、私を助けてくださって、本当にありがとうございました。

そして息子へ。

生まれてきてくれて、本当にありがとう。

あなたに会えたから、私は今もここで笑っています。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました😊
フォローやコメント、お待ちしております!

膣壁裂傷・血腫・4L大量出血・全身麻酔手術・赤白20単位とは

出産時に膣壁裂傷を起こし、約4L(4,000mL)の大量出血を伴う場合は、
命に関わる非常に重篤な産科救急です。

膣壁裂傷とは
膣の壁が深く裂けてしまう状態です。会陰裂傷よりも奥まで傷が及ぶことがあり、太い血管が損傷すると大量出血につながります。

血腫とは

裂傷からの出血が体内にたまり、大きな血の塊になった状態です。
外からの出血が少なく見えても、体内では出血が続いていることがあり、激しい痛み
強い腫れ
歩けないほどの痛み


などを引き起こします。

大きな血腫は自然には治りにくく、手術で血液を取り除き、出血している血管を止める必要があります

4Lの大量出血とは
成人女性の血液量は約4~5Lです。
4Lの出血は、体内の血液の大部分を失うほどの重篤な状態で、「産科危機的出血」と呼ばれることがあります。この状態では、出血性ショック血圧低下意識障害心停止などの危険があり、一刻も早い治療が必要です。

全身麻酔手術とは
大量出血や深い裂傷では局所麻酔では対応できないため、全身麻酔で緊急手術が行われます。

手術では、裂傷部位の確認
血腫の除去
出血している血管の止血
傷を何層にも分けて縫合
などが行われます。

赤白20単位とは
「赤白20単位」とは、
一般的に赤血球製剤(赤)
新鮮凍結血漿(白)
を合わせて20単位輸血したことを指します。

赤血球は失われた血液を補い酸素を運ぶ役割を回復させ、
血漿は血液を固める凝固因子を補う役割があります。

4Lもの大量出血では、赤血球だけでなく血漿も同時に
大量輸血することが一般的で、必要に応じて血小板製剤も使用されます。

どれくらい重症なのか

膣壁裂傷による4Lの大量出血に対し、
血腫の手術と全身麻酔、さらに赤白20単位もの輸血が必要だった場合は、
命に関わるレベルの重症な産科救急であったと考えられます。

迅速な止血手術、輸血、集中治療によって救命されるケースも多くありますが、
回復には時間がかかることがあり、身体的な後遺症だけでなく、精神的なケアも大切になります。

chatGPTより

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