幸せの価値観。
歳を取ると眠れなくなる!は、私には関係なかった話。
こんにちは。
今回は私の睡眠への執着について
お話してみたいと思います。
「歳を取ると、朝早く目が覚めてしまう」
「若い頃のように、泥のように眠ることができなくなった」
同世代が集まれば、健康診断の結果と同じくらい頻繁に交わされるのが、この「睡眠の質の低下」という話題です。
医学的には、加齢とともに睡眠ホルモンが減り、眠りが浅くなるのが「当たり前」とされています。
しかし、私はどうだろう?
その定説、私には全く
当てはまらなかったわけです。
50代になった今でも、
私は驚くほどよく眠れるのです。
眠れるというというよりは、睡眠への執着が他人と比べると凄いのだと思うのです。
世間が「活動的なシニア」を目指してウォーキングに励む中、私は布団の重みを感じながら、心の中で「ああ、幸せだ……」と呟いています。
そう、私はただの「グウタラ」なのです。
それも、筋金入りの。
今回は、私が一生をかけて?追い求めている、この「グウタラ睡眠」の美学についてお話ししたいと思います。
父が放った、あまりに鋭い「結婚予言」
私がどれほど眠ることを愛しているか。それを象徴する、20代の頃のほろ苦いエピソードがあります。
結婚を控えていた私に、父が贈ったアドバイスは、お祝いの言葉でも夫婦円満の秘訣でもありませんでした。父は真顔でこう言ったのです。
「お前は結婚には向いていないから、
やめておけ」
娘可愛さのあまり、ではない。
その理由はあまりにシンプルでした。
「世の中に、妻がずっと寝ていてもいいと言ってくれる男などいない」と。
父は、娘がどれほど睡眠を神聖視し、隙あらば布団に吸い込まれていく性質(要するにグウタラな本性)かを誰よりも理解していました。
当時の私は「そんなの、やってみなければわからないじゃん!」と反論し、勢いで結婚へと突き進みました。……が、結果は父の予言通り?
結局、私の睡眠への執着が原因ではなく、性格の不一致?価値観の違い?いや、あまりにも私自身が未熟だったわけですが、結婚生活は幕を閉じました。
(結婚→離婚などの話について、今後お話していく予定です😇)
今思えば、父は私を否定したのではなく、「お前のグウタラを包み込める男はこの世に絶滅しているぞ」という、究極の警告をしてくれていたのかもしれません😅
あくびの似顔絵と、若き日の葛藤
20代の頃、職場の同僚に似顔絵が得意な子がいました。「〇〇さんの絵を描いてあげる!」と手渡された紙を見て、私は苦笑い🙃
そこに描かれていたのは、大きな口を開けて「あくび」をしている私の姿だったからです。
「だって、〇〇さん、いつも眠そうだから」
笑いながら言われましたが、当時の私は(少し)真剣に悩みました。
今の職場だってそう。お昼寝を重視するためにランチは10分程度で済ませている。ちゃんと噛んで食べていない。一刻も早くお昼寝したいのだ。
「私は人よりやる気がないのだろうか?」「睡眠の質が悪くて、脳が病気なのだろうか?」と。
そもそも私は呼吸が浅い自覚がある。
酸素が足りていないような気もする。
あくびはそれが原因か?
巷にあふれる「短眠術」や「朝活」の本を読み漁ったこともあります。でも、どんなに工夫しても、結局たどり着く答えはいつも同じでした。
「だって、寝ている時間が一番幸せ」
悩むのをやめた瞬間、私は「質の良い睡眠」を追求するのをやめ、「ただただ、心地よくグウタラする時間」を自分に許すことにしたのです。
さんまさんにはなれないけれど、ギャップを楽しめばいいじゃないかの精神
世の中には、明石家さんまさんのように「自分が寝ている間に面白いことがあったら損をする!」と豪語し、常にエネルギーに満ち溢れている方々がいます。
初めてさんまさんのそのセリフを聞いた時、世の中にはこんな考え方の人がいるのか!と驚いたものです。
そんなバイタリティに溢れる人から見れば、休日に一歩も外に出ずに夢の世界を彷徨っている私は、人生の時間をドブに捨てているように見えるかもしれません(笑)
友人や家族も「せっかくの休みなんだから!」と心配して外に連れ出してくれます。
でも、この「たまに誘われる外出」が、実はグウタラな私にとっての隠れたスパイスになっています。
誘われるがまま重い腰を上げて外に出ると、眩しい太陽や賑やかな街並みに、まるで異世界に来たような新鮮なワクワクを感じます。
さんまさんのように毎日全力疾走はできませんが、たまの外出で「外界の面白さ」を摂取するのは、嫌いではありません。
そして、何よりの贅沢は、その外出の「後」にやってくるのです。
最高のご馳走は「疲れ切った後の布団」
目一杯歩き、話し、笑い、
心地よく疲れ切って帰宅する。
その瞬間の私の頭の中は、
もう一つのことでいっぱいです。
「さあ、最高の状態で、布団にダイブできるぞ……!」
疲れ果てて重くなった体を受け止めてくれる、あのシーツの冷たさと布団の重み。
一日活動した後の睡眠は、グウタラな私にとって最高のご馳走です。
この「外界とのギャップ」があるからこそ、
私の睡眠愛はさらに深まっていくのです。
50代、私は変わらず私らしく眠るという着地点
「歳を取ると眠れなくなる」という説が
医学的に正しいのだとしたら、
私の脳はまだ、心地よい眠りを欲する
「子供っぽさ」を残しているのかもしれません。
いい大人が、いやおばさんが
大きな声では言えませんが(笑)
50代になり、父の予言を通り過ぎ、
紆余曲折を経て独り身に戻った今。
私はようやく、誰に気兼ねすることなく
「ああ、今日も寝れる幸せよ」と
笑える自由を手に入れました。
8時間、あるいは10時間。
たっぷり眠って目覚めた時の、
あの「世界が新しく作り直されたような感覚」は、何物にも代えがたい贅沢です。
今日は急遽前夜に誘われて
初めての高尾山に行くことになったのですが。
いや、基本引きこもりの私にとって
前夜に誘われて困惑しかない😆
私にとっては非現実な世界へ。
山の後の至福な睡眠を妄想しながら
重い腰をあげて行ってくるとします⛰️🚶♀️
では、また。
皆さまも良い週末を🌱
